17. 侯爵家の夜会
チリンチリン
「お呼びでしょうか」
ロイドの執務室にセバスチャンが現れた。
「エリナが王宮を経って2日目だ。チェンバレンとエドモンドに動きは?」
「エリナ様が王宮にいらっしゃらないことはまだ気づかれていないようです。エリナ様は、昨日・今日の学園を王妃教育の特別講義でお休みということにしており、明日は土日です。月曜のお休みで探りがでるかと」
「あと2-3日のうちに探れるだけ探りたいな」
「チェンバレン侯爵の方ですが、執事の縁者が植物学者にコンタクトを取っています。また、チェンバレン侯爵家の者が、エリナ様がご出席される夜会を探った形跡があります」
「夜会で飲み物や食べ物に何かを仕込むつもりなのか…王宮の侍女や召使を取り込むよりよっぽど簡単だしな」
「実際チェンバレン侯爵本人は、最近活発に夜会に出席しているようです。都合の良い会場を探っているのかもしれません。ちなみに本日チェンバレン侯爵家での夜会があります。殿下はだいぶ前に欠席のお返事をしてしまっておりますが」
「あの時はエリナとすぐに婚約できると考えてもいなかったから、チェンバレン侯爵に娘を売り込まれるだけだと思って欠席にしたんだったな…」
ロイドは顎に手をあてて考えた。
「招待状を持っている女性のパートナーとして出席できないだろうか…」
「殿下がですか?」
セバスチャンは胡散臭そうにロイドを見る?
「僕が、だけど、王太子としてではなく。変装して」
「無理ではないかと」
セバスチャンはロイドのキラキラの金髪と整いすぎたハンサムな顔、程よく筋肉のついたスラリとした肢体をチラリと見た。
特徴があり過ぎる。
「そこはセバスチャンの腕の見せどころじゃないか」
ロイドは微笑み、セバスチャンはため息した。
「エドモンド・マクイーンは?」
ロイドは議論を進めた。
「マクイーン殿は、エリナ様の好みに関する情報を集めております。また、見目麗しい俳優何人かと接触しました」
「エリナを籠絡させるつもりなのか?」
「恐らくは」
「籠絡しようとするだけなら無害とも言えるが、俳優を使って薬を盛らないとは言い切れない。引き続き厳しい監視下に置いておくように」
「かしこまりました」
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チェンバレン侯爵家夜会会場。
ロイドの変装はなかなか様になっていた。
髪は洗い流せる染材で焦茶色にして、前髪を作って額を隠した。
ちなみに普段はオールバックか七三分けで、ハンサムな顔をこれでもかと見せつけている。
黒縁眼鏡をかけ、コンシーラーでリップラインを薄くすることで、顔の印象を変えた。
ブレザーの背中に少し詰め物をして、猫背っぽく見せている。
招待状は王妃の妹であるローデシア公爵夫人のものを譲ってもらい、妹の夫の隣国に嫁いだ姉の息子であるペーター・フォン=ブルグ公爵家次男ということにした。
ちなみに今回の変装は本物のペーターに似せてつくった。
ペーターは生物学者で、普段は調査旅行で辺境にいるか研究室に篭っているので、あまり社交界に顔が知られていないのも都合が良かった。
ロイドは一人でチェンバレン侯爵に挨拶に来た。
王妃の妹と並んで出席して、顔の造りが似ていることに気づかれると困るので、彼女には欠席してもらった。
「ペーター・フォン=ブルグと申します。叔母であるローデシア公爵夫人が体調を崩し、ローデシア公爵家に滞在中の私が代理で参りました。隣国のフォン=ブルグ公爵の次男です」
チェンバレン侯爵は、小柄だが流行りのスーツをお洒落に着こなすなかなかスマートな中年男性だ。
「ようこそチェンバレン侯爵家へ。ローデシア公爵夫人の体調は深刻なのだろうか?」
侯爵の顔は本当に心配そうに見えた。
『コイツはなかなかの狸かもな…』
ロイドは心中で呟いた。
「いえ、ご心配なく。少し風邪を引いているようで、皆さまにご迷惑をおかけするのは申し訳ないと」
その時誰かがチェンバレン侯爵に話しかけ、ロイドは解放された。
ロイドは豪華な会場を見回した。
『ハァ。ここにエリナがいたら…』
ロイドはエリナの儚げな美貌を思い浮かべた。
ロイドの瞳の色である翡翠色の光沢のあるドレスを着せ、髪の色である金色のヘアアクセサリーであのシルバーブロンドをハーフアップにして…
『早く会いたい… チェンバレンをさっさと片づけなければ』
ロイドは会場に目を戻した。
*******
アンソニーもまたタマラと一緒に別の夜会に来ていた。
タマラが同級生たちと話し始めたため、アンソニーはフラフラとバルコニーに出た。
そのバルコニーからは、美しくライトアップされた庭園を望むことができた。
ところどころに置かれているベンチには、婚約者同士なのか、禁断の恋人たちなのか、仲睦まじく話す人影がたくさんあった。
気の利いたライトアップで、お互いの顔は巧みに見えないように工夫されていた。
しかし彼らが会場に戻るとき、会場の煌びやかな明かりがバッチリと彼らの顔にあたるので、アンソニーの場所からは誰がベンチにいたのか一目瞭然であった。
「へぇ、あの男爵とあの伯爵夫人ってソンナ関係なんだ」
アンソニーはニヤニヤと秘密を堪能した。
アンソニーが庭園を眺めていると、一つの影がベンチを離れた。もう一人はまだベンチに残っているようだ。
「おっと、これもまた秘密の恋かな?二人一緒にいるところを見られないようにするとは」
アンソニーが目を凝らしていると、タマラとよく似た容姿の男の顔が明かりに照らされた。
「え!エドモンド…?!あ…相手は…?」
アンソニーと同じベンチに座っていた人物は、たっぷり20分もの間隔を開けて会場に戻っていった。
「今のは…デーン伯爵?あの人は…」
四十がらみのデーン伯爵はつい最近兄から爵位をついだばかりであるが、その理由が領地で兄が麻薬を栽培したことであった。
「エドモンド…何やってんだ?」
アンソニーは心配になった。
オマエはマクイーン家の動向を、見たもの聞いたもの全てをセバスチャンに報告すること
アンソニーの頭にロイドの声がこだました。
「殿下はこのことを言ってたのか…?タマラが知ったら…」
アンソニーはタマラのことが心配になった。
ずっと慕っていた人が別の女性と婚約し、今度は弟が後ろ暗いことをしていたら…
「タマラ…」
アンソニーはグッと拳を握って、会場に戻ってタマラを探した。
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一方ロイドは、夜会会場に隣接された控室に来た。
招待客が酒に酔い、口が軽くなるのを待つことにしたのだ。
ロイドは控室をぐるりと眺めた。
2-3点の絵画が飾られているものの、ベッドとソファ、テーブルだけの比較的簡素な部屋だった。
『ベッドは何に使われるのやら…』
ロイドはベッドと距離を置き、そこから一番遠い壁にかけられている絵画を何気なく眺めた。
「これは…」
何かに気づいたロイドは、食い入るように絵画を観察した。