15. 公爵令嬢は決意する
元婚約者と会って話したいが、彼は恋人と隣国に行ってしまった。
学園や王妃教育に出席しなければならないエリナが、すぐに実行できるわけではない。
「ハァ」
王宮に帰宅したエリナは、王妃教育の授業に出ていた。
先日の「セールスポイント」レポートに同意した王妃は、エリナを福祉部門の新たな広告塔とすることにした。
したがってエリナが最優先に学ぶことは国内の福祉に関してで、その後諸外国の文化・歴史・政治を学ぶ。
並行して、所作やマナー、外国語等を公爵令嬢から王妃レベルに底上げする勉強を行う。
本日の授業も、福祉に関するものであった。
エリナは、学ぶこと自体は楽しんでいた。
福祉に関しては知らないことも多く、授業を受けさせてもらえることに感謝していた。
しかし問題は、授業後に必ずレポートの宿題が出ることであった。
その日学習したことに関して、「あなたはどのように貢献できるか」というものである。
エリナは、このレポートには毎回苦戦していた。
王太子妃ひいては王妃となることに対して、強い意志を持っていないエリナには、表層的なことしか書けなかったのだ。
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コンコン
エリナがレポートに苦戦していると、廊下側のドアがノックされた。
訪れたのは王妃であった。
「これまでのレポートを拝読したわ」
「ありがとうございます」
「私、あなたにはまだ勉強する準備ができていない気がするの。レポートからは全く意欲を感じないわ」
エリナは思わず俯いた。
恥ずかしい、申し訳ないという気持ちと、そりゃそうだろうという相反する気持ちとが顔に出てしまうかもしれないからだ。
「一度婚約を仮として、あなたの気持ちの整理をつけた方がいいんじゃないかしら?」
エリナは、王妃が意地悪で言っているわけではないことを十分に承知していた。
王太子妃や王妃というのは、生半可な気持ちで引き受けて良い立場ではないのだ。
「私は…」
エリナが口を開きかけたとき、ロイドの部屋側のドアが開いた。
「待って、その必要はない」
ロイドはいつも通りキラキラの微笑を浮かべていた。
「それはあなたが決めることではないわ、ロイド」
王妃が嗜める。
ロイドは微笑を崩さなかった。
「いや、王妃教育はいずれにせよ1ヶ月間中断しなければならない。その間にエリナが気持ちの整理をすればよいよ」
「1ヶ月間中断?」
ロイドはエリナと王妃の目を見て正直に話した。
「エリナが僕の婚約者となったことに関して、何人かの貴族に怪しい動きがあるんだ。具体的には、エドモンド・マクイーンとチェンバレン侯爵だ」
「チェンバレン侯爵?」
エリナは真っ青になった。
ロイドはエリナを気遣うように肩を抱いた。
「君は心配しなくていい。だがセキュリティの観点から、君は1ヶ月間身を隠してくれないか。そのあいだに、僕は不穏な動きを一掃する」
エリナが呆然としているあいだ、ロイドと王妃が会話を進め、エリナは翌朝ハロルドとエリナの信頼のおける侍女一人とともに王家の別荘にひっそりと移されることになった。
その夜、エリナはずっとぼんやりとしていた。
ロイドは居た堪れなくなって色々と世話を焼いたが、エリナの顔色はずっと優れなかった。
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朝のエリナは、決意に満ち溢れた顔をしていた。
心配していたロイドは、少しホッとした。
「ロイド様、私はこの1ヶ月間で、きっちりと気持ちに整理をつけて、心を強くして改めて真摯に王妃教育に励みます」
ロイドは顔を綻ばせた。
「エリナ、ありがとう。苦労をかけてごめんね。必ず不穏な動きは全て一掃するから」
ロイドはエリナをギュッと抱きしめ、名残惜しそうに離した。
「ロイド様、すぐにまたお会いできることを信じております」
「それでは、命に代えてでもエリナ様をお守りいたします」
ハロルドが言い、3人は王宮を出発した。
馬車に揺られるエリナは真っ直ぐに前を向いていた。
私はやはり、あの方に会わなければならない。
あの方に会って、しっかりとこれを乗り越えて、自信を持ってロイド様の隣に立ちたい…
「私はあなたに会い行くわ、私の元婚約者…チェンバレン侯爵家次男のデヴィッド様」