10. 不穏な動き
ロイドの執務室
チリンチリン
「お呼びでございますか」
黒髪に黒い瞳のスラリとした男が登場した。
「セバスチャン、例の件の報告を」
「エリナ様が王宮に泊まられて、ロイド様のご寵愛を受けているとの噂が広まってから、怪しげな動きをした貴族は3名」
「続けて」
「エドモンド・マクイーン、マクイーン侯爵の嫡男です。法律家を訪ねて、不動産に関する相談をしていますが、その時に『雑談』として王国法の王妃と側妃に関する質問をしています」
「物騒だな」
「こちらに詳しい会話記録を残しています」
「次に、アンソニー・エンゼル、エンゼル伯爵の嫡男で、タマラ・マクイーンの婚約者です。学園内で、同じクラスのエリナ様に近づいて何かと世話を焼いておりました」
「…殺すか」
「正式な婚約が整って以降は全くエリナ様に近寄らなくなったとの報告も受けています。ストッケル公爵の座が目的だったのでは」
「ということは、僕とエリナの噂を知らなかった?よくわからない…」
セバスチャンはジトリとした視線をロイドに投げた。
「殿下とハロルド様の熱愛の噂は根強くありますので」
壁際に立っていたハロルドが憮然と付け加える。
「そうですよ、殿下。エリナ様との関係はスケープゴートだと言い張るBL好き女子の勢いは根強いです」
「BL…」
ロイドは女子の想像力に驚愕した。
ところでセバスチャンは、青白い肌色に、整っているが印象に残りにくい顔つきをしている。
眼鏡をかけて髪型を変えた日には、ロイドですらすぐに見分けがつかないかもしれない。
しかし、薄い唇に浮かべる皮肉げな微笑は、時々ロイドをイラつかせるもので、絶対に見間違うことはない。
セバスチャンは今まさにその皮肉げな微笑を浮かべて、楽しげにロイドに報告を続けた。
「その関連で言いますと、学園のクラブである『高貴なお方とハロルドタソの恋を愛でる会』が、殿下の婚約後は『秘密の恋をこっそり支援しちゃう会』に名称変更しております」
「それもこれも、殿下が俺との噂を否定しなかったからで…!!!」
ハロルドは半泣きだ。
「とにかく、少なくともアンソニー・エンゼルに関しては、正式な婚約で怪しい動きを止めたんだな」
ロイドはハロルドの非難をかわしつつ議論を進めた。
「さようでございます」
「さて次ですが、殿下の妃候補であった子女の父親たちが情報集めに奔走しまして、その中でチェンバレン侯爵が怪しい動きをしております」
「続けて」
「チェンバレン侯爵家の執事がストッケル公爵領に数日間滞在しております。それだけなら他の貴族も情報集めとして行っていますが、この執事は公爵領に自生するアルカロイド系の植物を調べております」
アルカロイドは、アヘンやコカインなどの麻薬から、ストリキニーネなどの神経を麻痺させる毒薬の構成物となる。
ロイドは眉間に皺を寄せた。
「あの王国法に関連するのだろうか。王太子の婚約者に健康上問題があった場合、彼女を側妃として、別の正妃を立てることができる、という」
「今のところは何とも言えませんが、チェンバレン侯爵家は厳重な監視下に置いております」
「マクイーン侯爵家は?」
「あの家も当然監視下にあります。こちらが先ほど申し上げたエドモンド・マクイーンと法律家との会話記録です。法律家からの報告になります」
「その法律家はなぜこれを報告したんだ?」
「法律家には、もとより王国法に抵触する可能性のある動きを定期的に報告させています。今回はその一環として、報告時期を前倒しにして行った次第です」
「なるほど、では法律家自身はシロだと考えて良いな」
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報告書
エドモンド・マクイーンは、法律家のもとに不動産に関する相談に来た。
しかし法律家には、エドモンドが今回購入したい不動産に、実際に熱意があるようには見えなかった。
一通り法律的助言を終えたあと、エドモンドが唐突に口を開いた。
「いまロイド殿下と噂になっているエリナ・ストッケル公爵令嬢は私の先輩なんだ」
「さようでございますか」
「貴族たちは彼女が婚約者のうちに、毒を盛るなどして側妃の立場に追いやるようなことをするだろうか」
「それに関しては、70年前の事例があります。ただし、王太子の婚約者が健康を害したのが、毒が盛られたのが原因か、病気だったのかは歴史の謎でございます」
「側妃となったその女性はどうなったのだろう?あまり知られていないね」
「婚約者の座を辞退し、伯爵家へと嫁入りしたはずです」
「へぇ。婚約者を辞退することも可能なんだね」
「王太子の婚約者となると、基本的にはできかねます。しかし、この70年前の事例では辞退が許されたようです。特例と考えるべきでしょう」
エドモンドは気乗りしないように話しを切り上げて、法律家のもとを去った。
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「雑談とも言えるが、それがエドモンド・マクイーンというのが気になるな」
ロイドが報告書をデスクに置きながら言った。
「エリナ様の王妃教育は王妃様主導でなされますが、招聘講師の候補者にマクイーン侯爵夫人が挙がっております。却下しておきましょうか?」
「マクイーン侯爵夫人の件は一旦保留にしよう。まずはエドモンド・マクイーンだが、あいつは極度のシスコンだ」
「さようで」
「タマラの方から探るのがいいかもしれない」
「殿下がタマラ様とお話しされるのですか?」
セバスチャンは胡散臭そうにロイドを見た。