短編 ゴリエルフ 〜寝ったきりの僕がフィジカルチートを貰ったが、転生先が魔法チートの代名詞だなんて聞いていない
別サイトのタイトルだけ募集した作品第二段!
僕は生まれた時から体が弱かった。外で少し歩いただけで意識が朦朧とするし、走った事なんて一度も無い。それは成長してからも同じで、何時からかベッドから起き上がる事さえ辛くなっていたんだ。
「矢っ張り良いよなあ……」
そんな僕の憧れは格闘選手やアクション俳優みたいな逞しい身体。アメコミで描かれるゴリラの擬人化みたいな肉体になるのが夢だ。興奮し過ぎると身体に障るからって少ししか観させては貰えないけれど、ボクシングのヘビー級世界王者を決める試合に目を輝かせる。つい興奮してパンチの真似をしていたら息が苦しくなったんだけれどね。
「何時か僕も……」
それは無理な願いだとは分かっている。生きるだけで精一杯の僕が過酷なトレーニングを行って筋骨隆々の肉体を得るだなんて神様の奇跡でも起こらなかったら有り得ない。あっ、神様といえば僕が好きな物のもう一つはアニメなんだけれど、女神によって地球から召喚された聖剣の使い手が主人公の”覇道の聖剣”が今晩新シリーズ開始だったよ。
原作は完結済みのラノベで、最終的に悪魔を率いる魔王を倒した主人公の竜斗が地球に戻ったらヒロイン達全員が女神の力で付いて来たってハーレムエンド。僕が好きなヒロインはエルフのお姫様で真面目枠のエリザベートで、その次に好きなキャラである大魔法使いのアルセウスが初登場するんだよね。
”もう此奴だけで良いんじゃないか”とか”公式チート爺さん”ってネット上で呼ばれる程の強キャラで、聖剣じゃないと滅ぼせない魔王を十代の時に封印したって実力者。衰えはしたけれど、その強さは健在で、街に向かって落ち始めた浮遊遺跡を魔法で受け止めた程……あれ?
「目眩が……」
興奮したのが悪かったのか調子が悪くなる。何時もの事なんだけれど、もう直ぐ決着が付きそうなのに。起きたら応援していたチャンピオンが防衛成功したのか確かめ…なくちゃ……。
「ああ、残念だがチャンピオンの負けだ。最後にカウンターを食らってノックアウトって結末さ」
「あれ? 此処は何処? って、僕が立ってるっ!?」
意識を取り戻した時、僕が居たのは真っ白な空間で、ベッドに寝ころばず立っていた。それに目の前には知らない人が……。
「早速だけれど君は死んだよ」
「え? もう死んだ……?」
他人からすればあっさりしていると思うんだろうけれど、生まれて始めて体が軽い上に何時死んでも不思議じゃない位に死に掛けて来た。四ヶ月に一回は緊急治療室に運ばれる程さ。だからかな? 僕の死生観は変なんだ。
「それで僕は三途の川にでも行くんですか?」
「いーや、そんな物は存在しないよ。おっと、名乗り忘れていたね。私は神だ。それで今回のパターン内容がそうなっているから君には説明をしよう。私の実験の為に異世界に転生してくれ。拒否権は存在しない」
「はあ……」
何とも一方的な物言いだけれど、神様ならそんな物なのだろうな。でも転生かあ。ずっとベッドの上だけで本やテレビでしか世間を知らない僕がどうすれば良いんだろう?
その事を聞いてみようと思ったんだけれど、神様……目の前にいるのに男女なのか若いのか年寄りなのか声の質さえ分からない、は口を開く。
「次の実験があるから手早く済まそう。君が行くのは”覇道の聖剣”の世界であり、オマケとして今回はフィジカルチートをあげよう。ああ、その代わり原作に関する知識は一定条件を満たさない限り戻らない」
「え? その条件ってのは……?」
神様に質問している最中に僕の意識は途絶え始める。あれ? もしかして教えて貰えない?
「いや、教えよう。その条件は……君が一番好きなヒロインを抱く事だ。勿論彼女は裸であり、無理矢理抱いた場合じゃない。喜べ、それが可能な様にしてあげるよ。それが今回のパターンだからね」
だ、抱く!? それも裸って事は……その。それと思ったんだけれど、パターンとか実験って事はもしかして……。
「うん? ああ、君は私が殺した。更に言うならパターン別のデータの為に病弱にしたのも私だ。良かったな。母親は君を丈夫に産めなかった事を気に病んでいたが、本当に気にする必要が無かったんだ。全ては神の意志の影響なんだからさ」
………え? 驚きが過ぎて怒りすら湧いてこない。全部、神様の意思? そん…な……。
「さーて、次はレベル十億ってチートを与えるパターンか。どうなるか楽しみだ。どんな終わりか分かっていても実際に見ると楽しいからな」
「こ、此処は……」
再び目を覚ました時、僕はベッドに寝転がっていた。映画で目にするような部屋で機械の類は一つも存在しない。自分の手を見れば小さくて、起き上がって鏡を見れば小さな男の子の姿が映っているんだけれど日本人じゃない。
「これが僕の新しい体なのか」
起き上がって喋っても息苦しさは感じないし、試しに飛び跳ねても胸が苦しくなる事も無い。……あれ? ちょっと記憶が変だ。あの神様が言っていたのはこの事なのか。
熱に浮かされている時みたいに思い出せない事がある。前世の事とこの身体の持ち主の持っていた記憶はあって、この世界がラノベの世界だったというのは分かるんだけれど、その内容は全く分からない。どうやればそれが解除されるのかも思い出せなかった。
「まあ、良いや。……明日が楽しみだなあ」
今は夜中で小さな身体は睡眠を欲しがっている。豪華な天蓋付きのベッドに寝転がり、明日からの事に胸を弾ませる。消化に良い食べ物以外を食べて、生まれて初めて外を走り回って、ああ、部屋の隅に革製のボールがあるから遊んでみたい。
ああ、楽しみだなあ……。
あの神様が何かしてくれたのか両親と会えない事への悲しさは不思議と感じない。じゃないと先に死んだ事や散々世話を掛けた事を申し訳無く思って泣いてしまっただろう。
「この世界ならきっと僕が憧れたゴリマッチョに……」
明日から待つ新しい人生の日々に興奮して眠れないかと思ったけれど、小さな身体の持つ睡眠欲には抗えず僕は眠りに付いた。
「さて、鍛えるにしてもどうしようか……」
僕の転生先はなんと貴族だった! だから一人で外になんて出して貰えないけれど庭が広いから走り回るのには十分だ。前の僕なら歩いただけで目眩がしたのに朝ご飯を沢山食べてから走り回って今はお昼前なのに全然疲れない。これが フィジカルチートって奴の力だね。
じゃあ、どうやって鍛えるかだけれど、この世界には魔法があって、この身体は元々魔法の才能が凄い。だからトレーニングの道具が無いのをどうやって補うかというと、魔法で何とかすれば良いんだよ!
「重力を僕の周りだけ強くしたり、大きな岩を出して引いて走ったり、ダンベルは岩で作れば良いや。あっ、小さい内は筋肉よりも基礎体力の方が良いのかな?」
取り敢えず新しい両親に武術を習いたいって頼んでみよう。ちゃんとした先生に身体の鍛え方を習うんだ!
「武術を? 冗談だろう?」
「変な事を言うわね。それよりも魔法を頑張りなさい」
うーん、なまじ魔法の才能があるから身体より魔法を優先させたがっているぞ。……仕方無い。こっそり自己流でやってみるか。それで強くなったらもう一度頼んでみよう。
それから僕の鍛錬の日々が始まった。貴族の子供っていっても小さいからか暇な時間が多くって、あとは世話係が居るんだけれど、遊びながらとか目を盗んでとか兎に角必死で体を鍛え、筋肉はそれに応えてくれた。
「こ、この化け物がっ!」
そして時は流れて十年後、僕の屋敷の庭は酷い有様になっていた。燃え盛る炎によって庭木が燃えて、そこら中が穴だらけ。被害の度合いから言えば穴の方が九割以上。結構な数の木が根元からなぎ倒されていて、それは僕の仕業だ。
でも、それには理由がある。それは僕に片手で締め上げられ、もがきながら至近距離で爆炎を放った悪魔を倒す為なんだから。因みに僕は無傷。今や身長は二メートルを超え、手足は鋼のような筋肉で膨れ上がっている。だから爆炎を受けても平気なんだ。僕の筋肉は最強って事だね。
「化け物……か。それはお互い様だろう?」
……それはそうと化け物ってのは否定出来ない。だって僕は両親に愛情を注がれて育ったからだ。魔法よりも体を鍛えるのを優先させる子供を変な目で見ず、最初は反対していたのに今じゃ武術の先生を探してくれた。
だから本当に自分が化け物だって自覚させられる。だってさ、この身体に宿り両親の愛情を注がれて育つはずだった精神を塗りつぶして僕が居るんだから。これじゃあ悪霊に憑依されて操られるのと変わりないよね。
「だけどさ、同じ化け物同士なら……僕の方が圧倒的に強い。だから弱者のお前は敗れるんだ!」
「ま、待て!」
首を掴んだ手を離し拳を振り上げた瞬間、悪魔は慌てるけれど容赦なく顔面に叩き付け、そのまま地面と挟み込むように振り抜いた。衝撃に耐えられなかった大地は砕け巨大なクレーターが出現し、余波で起きた風が炎を掻き消す。深い穴の底、全身の骨を砕かれても瀕死の状態で悪魔は生きていた。
「矢っ張り伝説の通り聖剣でなかったら殺せないのか。だけれど残念だったね。僕は魔法もそれなりに出来る。暫く封印してやるさ」
僕は化け物だ。だったら人を守れる化け物になろう。貰い物の力も、鍛え上げた肉体も、多分その為にあるのだから。
魔王の手下が暴れているって噂を耳にした時から力を溜め続けたペンダントに何とか悪魔を封印出来た。多分幹部クラスだった此奴の心と肉体を限界まで痛めつけたから何とかなったけれど、此奴以上に強いのか魔王って。
「周りの被害を気にせず戦う余裕は無さそうだ。拳を振るった余波でどれだけ壊れるのやら。……人の居ない遠くにぶん投げるしかないのか」
それよりも屋敷も(僕の攻撃の余波で)少し壊れちゃったし、一番綺麗な礼服が無事だと良いんだけれど。エルフの姫様の誕生パーティーに呼ばれているのにさ。
「……ちょっと緊張して来た。ちょっと距離が近いからな、姫様って」
体は鍛えても女の子は苦手な僕だった。……うん、女の子の扱いも筋肉で解決可能なら良かったのに。
この時の僕は知らなかった。今回の一件が切っ掛けとなって失った記憶が蘇るだなんて。
「……思い出したぞ」
相変わらず太いままの腕を暖かい湯船に浸けた状態で呟く。そうだ、全部思い出した。今、儂はj神が言った通り裸のエリザベートを抱いている最中だ。
「どうでちゅか~。エリザベートちゃんはお風呂好きでちゅからね~」
「キャッキャ!」
あの戦いから更に長い年月が流れ、老人となった儂は可愛い初孫のエリザベートをお風呂に入れている真っ最中だった。優しく抱いて赤ん坊の肌でも平気な温度のお湯に浸けてやる。
うん、本当に裸のエリザベートちゃんを抱いているな、儂! 祖父だから何一つ問題無しじゃ!
「うふふ。こうして見ていると魔王を倒した英雄とは思えませんね、アルセウス」
「英雄などと呼んでくれぬな。儂は只のアルセウスで十分だ。ちと英雄の名は重い」
そう、儂って公式チート爺さんに転生してたんじゃ。あと、あの時の悪魔は魔王じゃった。部下を率いていたし偉そうだから幹部だとは思ったが、名乗る隙を見計らって殴ってたからな。人の話は聞け? 相手は悪魔で襲撃者だから別じゃろうて。
儂に笑いかけるのは、あの魔王封印の功績で結婚したエルフの元女王。今は息子に王座を譲って悠々と隠居中。うむ、儂も可愛い孫娘の相手をしながらのんびりとしたいのじゃが……魔王の部下が魔王を復活させようとするからなあ。
魔王の封印と共に消えた悪魔達じゃが原作開始頃には復活し、封印を解こうとする。海底深くの祠に封印したペンダントを安置してるのは原作通りじゃが、復活まで原作通りに進むと思った方が良いじゃろう。
確か儂って原作では旅に出ていて、エリザベートちゃんは魔王討伐の為に城を抜け出したのじゃったな。
確か初登場シーンではメインヒロインの神子(人気投票ヒロイン六人中四位)と共に街中で幹部に襲われピンチになり、諦めずに戦おうとしたら加勢をするんじゃったな。
『未熟ながらその意気は良し! 私が手を貸してやろう!』
最初は勇気に感心し、未熟さに呆れながらも心引かれて行って……。
「良し。魔王復活したら片っ端から幹部倒して回ろう」
完全復活前に幹部全員叩きのめせば良いだろう。伝説とは違って幹部は死にづらいだけで聖剣無くても殺せるし。
「何を急に言っているのですか、落ち着きなさい。本当に頭の仲間で筋肉になりましたの?」
「酷くないか?」
ううっ、嫁さんが酷い。ちょっと魔法で解決するべき時に手っ取り早い筋肉での解決するって選択肢しただけなのに……。
「本当に魔王が復活したなら魔王も忘れずにもう一度倒しなさい。貴方なら日帰りでやってのけるでしょうに。ほら、そんな事よりもエリザベートの方に集中する。落としたら……貴方の命が落ちますよ?」
おっと、そうじゃった。今は可愛い孫娘の方が優先じゃな。可愛い可愛い可愛いエリザベートちゃんのお風呂の方が魔王よりも……。
「……のう。仮に聖剣の使い手が現れたとして、複数の女に色目を使う奴で、その中にエリザベートちゃんが居たらどうする?」
「その様な男に惚れさせないのが最前ですが、聖剣使いでなければ魔王を完全に滅せられないのなら貴方が聖剣を持ったその男を武器にして戦えば良いだけでしょう。……また無駄話をしましたし、罰として明日から暫くは私が貴方の分もエリザベートのお風呂の世話をしますからね」
……おのれ主人公! 逆恨みだが、この恨み晴らさずに居られるか!
そして十数年後、悪魔に騙された神官によって封印が緩み各地に悪魔が出現し始めた。かつて魔王を倒した英雄も一人しか居なくては守れる範囲は限られる。故に女神は最後の手段として異世界より聖剣を使う勇者を召喚したのだ。
勇者の名は竜斗。神子であるナナリを案内役として世界を救う旅に出たのだが、ふとした事から始まった口論で別々に行動していた時、ナナリの前に魔王軍の幹部であるデュランダルが現れる。漆黒の騎士鎧を身に纏い四本の大剣を操る悪魔によって命を落とそうとしていたナナリを救ったのは二度と会わないと言った竜斗だった。
「ア、アンタ、どうして……」
「知るか! 女の子のピンチに知らん振り出来なかっただけだろ!」
幾ら聖剣に選ばれ力を得たとしても戦いとは無縁の生活を送っていた竜斗の足は震え、それでも果敢に立ち向かう。それを目にした美しく気高いエルフの姫騎士が助っ人になり、最終的に覚醒した聖剣の力によってデュランダルを退ける。
「対悪党用不意打ち蹴り!」
……筈だったのだが、怯える竜斗の姿を嘲笑う言葉を吐くよりも前に横から蹴りを食らったデュランダルは悲鳴を上げる暇も無く遙か向こうの山に飛んで行った。
「……は?」
「おうおう、結構飛んだようじゃな。ありゃ完全に死んどるわい」
「お祖父様っ! 一緒に来て下さるのは嬉しいですが、あまり目立つと父上の追っ手に見つかるとあれ程!」
呆然とする竜斗の目に飛び込んで来たのは凛々しい顔立ちをした金髪碧眼のエルフの少女……そして、それを塗りつぶす程に印象的な大柄で筋骨隆々、まるでゴリラの擬人化みたいな老人だった。
「ア、アルセウス!?」
「知ってるのか、ナナリ?」
「当たり前じゃない! 英雄アルセウス! 数十年前にエルフの国に侵攻してきた魔王軍を素手で壊滅させ、魔王を打ち倒した最強のエルフよ! その拳は大地を砕き、手刀は天を切り裂くとまで言われているんだから!」
「それってエルフの話だよな? 戦闘民族の話じゃ無いよな!?」
突如横から危機を救ったゴリマッチョの存在にナナリは驚き、竜斗は色々な理由で混乱する。だが、こんなのはほんの序章に過ぎなかった。
「俺達に同行してくれるのか。助かる」
「おい、仲間だが私は構わんが、お祖父様には敬語を忘れるな。貴様の故郷では年上に敬語を使わないのか」
「まあ、待て、エリザベート。儂は構わん。……可愛い孫娘に不埒な真似をしたら魔王にしたのと同じ事をするが」
「殺気っ!?」
ちょっと出会いが変わったから好感度が違ったり。因みにアルセウスがエリザベートの家出を止めなかったのは孫娘との旅をついでに楽しむ為らしい。
「遺跡が動いているっ!? 浮遊するぞ!」
「ふんっ!」
「っと思ったらアルセウスさんが素手で壊したっ!」
こんな風に原作のイベントの殆どを力業で何とかした。尚、それで不足する竜斗の経験不足だが……。
「さて、そろそろ初級入門編の最後に移行しよう」
「ま、未だ入門編だったのか……」
「り、竜斗、頑張って!」
「逃げるのか、ナナリ!? お前も道連れだぞっ!」
「は~な~せ~! って、胸掴んでんじゃないわよ、スケベ!」
こんな風に濃厚な修行があったので何とかなった。
そして……。
「魔王様が封印解除を拒絶している?」
「”あんなのが何時現れるか分からない世界なんか行けるか! 封印解いたら私がお前達を滅ぼす!”だそうです」
「えぇ……」