知らないオニ
あれは、私が小学生の時です。
学校の裏手には、奥行きが1㎞以上ある森がありました。
電車の線路もわざわざその森を迂回するように敷かれており、子供ながら広い森だと思った気がします。
そんなモノもあって、その森は当時の男子達の遊び場になっていました。
上級生専用の秘密基地もありましたね。
先生達はあまり深く入らないように、と言っていた気はしますが、正直ハッキリと覚えていません。
単に私が忘れているだけかもしれませんし、当時の話なので、その辺りは緩かったのかもしれません。
取り敢えず、柵のような仕切りは無かった気がします。
ある日。
大昼休憩(一時間半くらいあるボーナス休憩)という、遊んで下さいと言わんばかりの時間。
私は友達と一緒に色々遊んだ後、最後にかくれんぼをしました。
学校の中に隠れるのは禁止、だった気がします。
皆が思い思いに隠れ場所を探す中、私は森の近くに隠れる事にしました。
友達の何人かも森の中に隠れるつもりでしたが、固まっていては全員見つかるので、すぐにバラバラになりました。
良い隠れ場所はないか、と森の中を進んでいった気がします。
そうして暫くして、ポツンと立っている小さなお地蔵さんを見つけました。
周りは木と草だけで、本当に一人だけで立っている古い地蔵です。
当時の私は、お地蔵さんはお参りするモノ、という認識があったので不思議に思いました。
道もなく、木ばかりの場所で何をしているんだろう。
手を合わせた方が良いのかと思いましたが、かくれんぼの途中だったので止めました。
そろそろオニが探す時間だと思い、取りあえずお地蔵さんの近くにあった茂みに隠れましたね。
それからは無言。
物音を立てずに、ジッと茂みの中で隠れ続けました。
オニ役の友達の気配を、耳を澄ませて探った覚えがあります。
ですが誰かが来る気配はありませんでした。
時間が経っても、足音一つ聞こえません。
どれだけ待っても、どれだけ経っても、変わらないまま。
もう大昼休憩終わっているんじゃないか。
少し不安になってしまい、戻ろうかと思った時でした。
「み~つけた」
不意にそんな声が聞こえました。
もしかして、見つかったのか。
と思い、私は茂みから出そうになった所で、思い止まりました。
理由は単純。
引っ掛けの可能性があったからです。
当時、私達のかくれんぼでは、見つけられないオニが奥の手として、見つけたフリをする事がありました。
そうして見つかったと思い、出て来た相手を見つける。
まぁ、禁じ手ですね。
なので、面と向かって言われない限りは出ない。
友達間で、そんな取り決めを交わしていたのです。
ま~た、やってるな。
そんな事を思いながら、ほくそ笑んだ私は茂みから出ませんでした。
「み~つけた」
するともう一度だけ、同じ声が聞こえました。
勿論、出ません。
本当に見つけたというなら、面と向かって来れば良い。
私は頑なな意志で、その場から離れませんでした。
ですが、そこで気付きました。
何かがおかしい。
何かが違っている、と。
そして今、かくれんぼに参加している友達と、聞こえて来た声を比べます。
今の声、誰?
「お~い! もう休憩終わるよ!」
正確には覚えていませんが、かくれんぼは終わり、という友達の声が遠くから聞こえてきました。
直後、私は直ぐに茂みから飛び出して、声の方向へと戻りました。
地蔵の方も一切振り返らず、僅かに焦っていた記憶があります。
その後は、何もありません。
微かに見えた学校を頼りに友達と合流し、そのまま授業からのホームルームで一日を終えました。
ただ少し気になって、後から友達に聞いたのですが。
あの時のかくれんぼで、途中参加したオニはいない。
引っ掛けはしていないし、お地蔵さんなんて森で見たことはない。
という返答ばかりでした。
ちなみにあの時、かくれんぼで見つけられなかったのは、私だけだったそうです。
森の中に消えたのかと思った、と友達からは笑いながら言われましたが、正直あまり笑えませんでした。
ついでに、母にも聞いてみました。
学校の森でお地蔵さんを見た。
でも誰も見たことがない、という感じの事を言った気がします。
母はこれと言って、確かな返答はしませんでした。
ただ、罰当たりな事はしない方が良い。
とだけ忠告されたのを覚えています。
あれから謝りに行こうと、チャンスを窺って森の中に入ったことはありました。
ですが何度行っても、目的の地蔵は見つかりませんでした。
どうやってあの場所に辿り着いたのか、それも覚えていません。
そしてその後すぐに、父の仕事の都合で引っ越してしまったので、結局あの森での出来事は記憶の中だけに残っています。
今更調べたのですが、地蔵にも種類があるようです。
地域によっては霊が集まり易いモノもあるらしく、特に一つだけポツンとあるような地蔵には注意した方が良いとか。
手を合わせると、慈悲の心に惹かれて霊が憑りつくのだと。
迷信かもしれませんが、有り得ない話ではないのでしょう。
あの時の声は誰だったのか。
もし声に誘われて茂みから出ていたら、どうなっていたのか。
もし手を合わせていたら、何が起きていたのか。
と、たらればの話は此処までにしますか。
触らぬ神に祟りなしとも言います。
お地蔵さまはとても有難い存在なのですが、こういったケースの場合は素通りした方が良いのかもしれません。
何事も、程々に、という事ですかね。
お互い気をつけましょう。
それでは、また。
どこかで。