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夜空へ虹の架け橋を  作者: 寶井かもめ
第一章 夏の雨
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錆びた空から降る涙

 ―― 二〇二九年 八月二十七日 月曜日 ――


 低い雲が空を覆い、立ち並ぶオフィスビルのグレーがさらに無機質に染められた午後。会議室へと呼ばれたわたしは、今までとは比べ物にならないほど盛大に怒鳴られていた。相手はもちろんパワハラで有名な課長だ。


「どんな見積もり出してんだ! しかも俺にノーチェックで客に渡すとか、どういうつもりなんだよ!」


「申し訳ありません!」


 今回ばかりはわたしのミスだ。机に叩きつけられたわたしの見積もり書は、会社の利益どころか大赤字の数字が記載されている。その安価な見積もりに食いついた依頼主は、既にその予算でイベントを立案し、会場まで抑えてしまっていた。


 しかしなにを言っても否定しかしないこいつのチェックを通していると、先方に掲示された期日までに見積もりが仕上がらないのも事実だ。その煩わしさを避けたくて、わたしは無断でその見積もり書を先方に送っていた。


「今更どうしようもねえし、お前謝罪して責任取ってこい!」


「わたしが……ひとりでですか?」


「そうだ! わたし、神谷琴音が全部悪いんです、すいませんでした! って土下座でもなんでもしてこいよ! 馬鹿野郎!」


 いつものように大雑把で滅茶苦茶な指示を受け、言われた通りすぐに依頼主がいる会社への道を急ぐ。

 歩きだして五分ほどすると、頭上を黒い雲が覆い始めた。天気予報は毎朝チェックしているけれど、今日は晴れマークしかなかったはずだ。なのに間もなくして空がゴロゴロとうなったと同時に、大粒の雨が一斉にアスファルトを叩き始めた。


 今日はついてない。どうして悪いことって重なるんだろう。


 ため息を落として外れた天気予報を恨めしく思いながら、傘を出そうとカバンに手を入れる。

 けれど、傘がない。いつもカバンに入れているはずなのに、なぜだろうと考えてすぐに思い当たった。この前傘を忘れた同僚に貸したままだ。


 咄嗟にカバンで頭を隠し屋根のある場所を求めて走り始めたが、近年の異常気象を象徴するかのような真夏の激しいゲリラ豪雨に敵うはずもない。すぐにわたしは頭からバケツの水を被ったくらいずぶ濡れになっていた。


 こんな恰好でお客さんのとこに行くわけにはいかないし、どうしよう!? でもこのまま会社に戻ったらまた怒られるだろうし。あぁ、もうどうすればいいの!?


 どうしようもない状況に、焦りばかりが募る。


 もういやだ……。


 走る足は徐々にその速度を緩めていく。


 なんで、わたしが、こんな……。


 大雨の中、ついにわたしの足はそれ以上前に出なくなってしまった。


 わたしの、わたしのせいかもしれないけど……。


 様々な思考が脳内を一瞬で駆け巡っていくのと同時に、感情のタガが外れた。


 あぁ、もう知るか! 元はと言えば、なにを言っても怒るか否定しかしない課長が悪いんじゃない! そもそもなんで部下のミスに対して上司は謝りに行かないの? わたしがひとりで行ってどうなるの? なんにも解決しないじゃない! そうか、きっとあいつはこうしてわたしを虐めてるだけなんだ!

 こんな会社、もういやだ! こんな人生、もういやだ!


 雨に紛れた涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


 水溜まりに映り込んだわたしの姿を激しい雨が歪めて、まるで今の醜い感情が映し出されているみたいだ。

 人も町もなにもかもが、雨と涙で水彩画のように滲んでいる。目の前のキャンバスには無数の雫だけが描かれていて、息が詰まる人混みも、今だけは見えない。


 大雨に打たれ、泣きながらふらふらと歩き続ける。気がつくと結弦が入院している病院の近くまで来ていた。


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