七色狭
しばらくしてバスがカーブをゆっくりと抜けると、視界に大きな湖が広がりその光景に思わず息を呑んだ。
山々の間を縫うように貯め込まれた水は人工的なダム湖とは思えないくらい雄大に広がっていて、静まり返った水面はなんでも飲み込んでしまう大穴のようにも見える。
虹という明るい響きとは裏腹に、その湖面からはどこか物悲しい雰囲気が漂っていた。
七色ダムの名称由来は不明だが、わたしにはどうしてもこの湖から虹色の輝きは感じ取れない。流れもなくまるでコールタールのように固まったかのような水面をじっと見つめていると、ぶるっと身震いがしてくる。
どれくらい深いんだろう? 落ちたら溺れちゃうかな。
『ほら、あそこにボートハウスがあるだろ? あそこからボートに乗って釣りに出るんだよ』
結弦が指差す先には、ちらほらとボートの姿が見えていた。
崖下では小型ボートにひとりで乗り込んだ男性が、湖面に釣糸を垂れている。
遠くには波を立てて走っているモーターボートも確認できたが、そちらもひとりだ。
こんなところにひとりぼっちで釣りに来るなんて、わたしには到底真似できない。水中から得体のしれない巨大生物が口を開けて飛び出してきて、水の中へと引きずり込まれそうだ。
なんだか、怖い……。
そんなことを想像していた矢先のことだった。
パアアアアン!
バスの巨大なクラクションがけたたましく数度鳴り響いて、体が大きく左右に振られた。
え? なに……?
キキイイイイイッ! ガシャアアンッ!
大きな音がして体中に衝撃が伝わると、内臓がふわっと宙に浮く感覚が襲う。窓からは空が額縁で切り取られたように、その青さを覗かせていた。
うそ……わたし……落ちてる?
瞬時に結弦の腕がわたしを包みこむ。
あっという間に天地は逆転し、わたしたちを乗せたバスはそのままダム湖へと転落した。
水面に激突した衝撃でバス前方の車体は歪み、辺りで窓ガラスが割れる音が響くと、津波のような水が勢いよく狭い車内に流れ込んでくる。
『うわあああん!』
後ろから聞こえてくる、恐怖に染まった子どもの叫び声。
『美輝っ!』と叫ぶ怜。
そこら中から響き渡るおぞましい悲鳴を聞きながら濁流がわたし達を飲み込むと、頭からはサーっと血の気が引いて意識が薄れ始めた。
遠くから、必死でなにかを叫ぶ結弦と怜の声が聞こえる。
かすかにいい香りがして、体がふわっと浮かびあがった。
苦しかったのはほんの一瞬。
死ぬんだな……と思った。
ぼやける視界の中、微かに七色の光が見えた。
そこで、わたしの意識は途切れた。