イザベラ様はジャンルを決めたい
「アラン様。私達二人の人生が物語だとしたら、一体どんなジャンルになると思われますか?」
「イザベラはいつも唐突だね。そうだなあ……やはり君と出会い恋に落ちたのは、所謂『異世界』なのだから、異世界恋愛ではないかな」
「確かに私達がお付き合いするきっかけになったのは現実世界における中世ヨーロッパの世界観に酷似したナーロッパという世界でしたが、それからのデートは遊園地に映画館に水族館……全て現実世界ではありませんか?」
「そう言われればそうだね。僕は異世界の住人だけど、君は現実世界からやって来たわけだし。まさかある日突然二つの世界が繋がって自由に往来できるようになるなんて思わなかったけどね。それなら、二人で過ごした時間の多いほうに決めるというのはどうだろう?」
「まあ! アラン様は私達が愛を育んできたかけがえのない時間を、無味乾燥な数学的観点から捉えるべきだと仰るのですか!?」
「いやあ、そう責められると困るんだけど。じゃあ、敢えて恋愛ではなくファンタジーとして考えてみてはどうかな。あるいはヒューマンドラマという手もあるね。ハイファンタジーにするかローファンタジーにするかは悩ましいけれど」
「酷いですっ! 私達の関係に愛など必要ないと言うことですか! やはり本当は、あの頭の軽そうな男爵令嬢のことがお好きなのですね!?」
「議論が飛躍しすぎだよ……ルイズ嬢のことは誤解だと何度も言っただろう? とにかく、君を納得させるには異世界恋愛か現実恋愛の二択で決めるしかなさそうだな」
「いえ、先程の茶番は最終的なジャンルを決定する上での伏線のようなものなので、あまり気にしないでください」
「ここまで露骨に宣言された伏線なんて見たことがないよ!」
「アラン様の軽妙洒脱で切れ味の鋭いツッコミさえあれば、コメディー作品としても通用するかもしれませんが……そもそもコメディーというジャンルはハードルが高すぎると思われませんか?」
「そうかなあ? コメディーなんて作者も読者も一番気軽に触れることが出来るジャンルだと思うけれど。個人的には純文学のほうが高尚で素人には立ち入れないような厳かさを感じるよ」
「作者が自らの作品にコメディーというジャンルを設定する行為は、『そういえば面白い話があるんだけど』という極めて無謀な前置きをして相手を笑わせようとするようなものです!」
「そこまで言われると確かにコメディーを自称するのは躊躇してしまうね」
「つまらない作品を書いてしまったあかつきには、どこからともなく現れた関西人に耳の穴から指を突っ込まれて奥歯をガタガタ言わされてしまうリスクまであるのですよ!」
「関西人は、そんな恐ろしい拷問技術を持っているのか……」
「それに比べて純文学の定義というのは、大衆文学のように内容を重視するのではなく、文学性を重視したものであればよいというもの。つまり、中身がスポンジのようにスカスカな会話を繰り広げる私達の物語は最早、純文学と言っても過言ではないのです」
「すごく過言な気がするなあ」
「アクションというジャンルも不思議ですよね。世の中にアクションのない物語なんてほとんど存在しないでしょう。でも、そんなアクションと対になるようなジャンルが実は存在しているのですが、アラン様はお分かりになりますか?」
「何だろうなあ、それこそ純文学とか? というより何故クイズ形式なの?」
「推理小説にありがちな読者への挑戦状を突き付けるために決まっているではありませんか」
「歴史上でも断トツに中身のない挑戦状だね。そういえば歴史ジャンルだって屁理屈を捏ねれば全ての物語に歴史が存在すると言えなくもないけれど……」
「無駄口を叩かずにちゃんと考えて下さい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
_人人人人人人人人人_
> 読者への挑戦状 <
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「ヒントは、アクションしているように見えて、実際はアクションしていないジャンルです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「正解は……VRゲームでした!」
「ああ、ゲームの世界に入っている人間は動いていないってことか」
「その通りです。つまり世の中に存在している全ての物語は、アクションかVRゲームの二つに分類されるのです!」
「暴論ここに極まれりって感じだ」
「童話の定義も難しいですよね」
「そうだね。小さい子供でも理解できて楽しむことができる物語なのだろうけど、その境目の判断が難しそうだね。僕らの人生を童話扱いされるのは流石にちょっと恥ずかしいかな」
「まさか……恥ずかしくて子供に見せることが出来ないような行為を今から私となさるおつもりなのですか!?」
「君の斜め上にぶっ飛んだ発想が恐ろしいよ!」
「ホラーやパニックは、その点単純で分かりやすいですよね」
「他のジャンルに比べると、感覚的に分かりやすいかもね」
「血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血、闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇、汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗」
「急にどうしたの!? 怖いよイザベラ!!!」
「ホラーとパニックを端的に演出しようとしたのですが……」
「確かに底知れぬ狂気を感じたけど二度としないでね!」
「ジャンル決めてくチャンスに攻める♪
恋人との会話 タガなどもうないわ♪
紡ぎ唄うあなたへの気持ち すぐに伝うわ 奏で 恋の詩♪」
「気まぐれに、ほんの少しラップを口ずさんだからといって、詩ジャンルだと言い張るのは無理があるよ」
「果たしてそう言い切れますか? 例えば、ジャンルが明らかな作品に一文字付け加えたところで、ジャンルは変わりませんよね?」
「うん、まあ、そうだね」
「先程の溢れんばかりの愛が込められたラップは紛れもない詩ですよね?」
「確かに」
「ということは数学的帰納法により私達の物語は詩ジャンルだということが証明可能ではありませんか!」
「物語に数学的帰納法を使う時点で間違っていると思う」
「……さてと……もうそろそろ我が家へ到着する頃ですが、緊張は解れましたか?」
「君のおかげで大分リラックスできたよ。異世界だろうが現実世界だろうが、恋人の両親にご挨拶するというのが難関であることには変わりないね」
宇宙船が着陸したのと同時に、防護服に身を包んだ二人は手を繋ぎ、火星のコロニーで待つイザベラの両親のもとへ向かうのだった。