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悪役令嬢と呼ばれたので  作者: 銀月


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3/7

真実の愛(笑)

 どこからどう見ても、丹念に作り上げたハリボテだ。


 ――というのが、デオムルが見た問題の令嬢ララエの評価だった。


 シオウがどこまでそれをわかっているかはわからない。だが、あの大公継嗣であるハクロはまったく気付いていないのだろう。

 「理想の淑女とはこうあるもの」という、彼らのような男性貴族にとってたいへんに都合のいい状態だからと深く考えてもいないことは、ちょっと観察しただけですぐにわかったのだから。


 かといって何故、ア=トウカ上位家の姫であるシオウを敵に回してまでハクロに色仕掛けなんて企んだのか、そこは気になる。

 念のため裏をとったほうが良いだろう。

 もちろんシオウも調べているのだろうが、念のためにと、デオムルは簡単な手紙を書くと、この手の調査が得意な知人宛に依頼を出した。


 それから、この仕事を受けてすぐに召喚した使い魔――その見た目ゆえの通称は“小悪魔(インプ)”だが実際は悪魔(デヴィル)でもなんでもない精霊の一種――に、ララエの監視を命じた。

 この使い魔は姿を消せるうえに言葉も解するから、この手の役目にはうってつけなのだ。

 百戦錬磨の冒険者でもない子供相手なら、気付かれる心配もないだろう。


「――次は、衣服ね」


 デオムルなりに段取りを整えている間に、シオウの次の手が決まったらしい。あれこれと書き付けた紙を使用人のひとりに渡し、使いを命じている。


「シオウ様の“本気”って、つまりあの子を餌付けしようってことなんですか?」

「あら、そんなわけないでしょう」


 シオウはくすりと笑う。


「あのように言われて施されるなど、屈辱でしかないはずよ。わたくしを恨みこそすれ、犬猫のように餌付けされるなんてあり得ないわねね」

「はあ――シオウ様は、そう考えているんですか」


 傍らの侍女(アーヤ)に目をやれば、どこ吹く風と常のように平然と控えていた。デオムルの見る限りでは、ララエが恨みを抱いたようには見えなかったのだが。

 とりあえず、シオウなら、あんな形での施しは屈辱でしかないということで、シオウにとっての屈辱的な施しをこれからもしていこうということなのか。


 嫌がらせは事実にするが帝国法を犯すようなことはしない。

 シオウはたしかにそう宣言していたが、これ、嫌がらせなのだろうか?


「シオウ様がそう考えるなら、別にいいんですが」

「ずいぶんと含みのある言葉ね?」

「いえ、私が想像する“嫌がらせ”とは違うんだなと思っただけですよ」


 怪訝そうに目を細めるシオウを横に、デオムルは使い魔へと意識を集中する。

 あまりに離れ過ぎれば同調が切れてしまうけれど、同じ町の中程度であればいつでも感覚を繋げられるのも、使い魔のいいところだ。




 すぐに、使い魔の目を通してララエの姿が見えた。

 灯りを絞った薄暗い部屋の中で、ララエは部屋着に着替えてぼんやりと机に向かっている。机上に置いた文具箱をじっと見つめているようだ。

 小さく溜息を吐いて、真新しいペンを手に取ってその軸を指先でそっと撫でて……昼間、学内でハクロに媚びていた時とは、表情も雰囲気もまるで違う。


「――なんで、こんなもの」


 ペン軸を指先で撫でながら、ぽつりと独りごちる。


「不敬罪とか偽証罪とか、罪状なんていくらでも出てくるんだから、そういうのでさっさと排除しちゃえばいいのに」


 では、すべて自覚したうえで、わざと?

 昼間ほの見えた様子から、ただの浮かれたお花畑じゃなさそうだと感じたけれど、やはりそうではなかったらしい。

 デオムルはやや顔を引き締めて、さらに集中する。


「別に、どうだっていいのに、本当になんで? 仔犬がきゃんきゃん吠えてる程度にしか見えないとか、そういうことなの? そりゃ、上位家のお姫様からすれば、私なんて蟻んこみたいなものだけど」


 ララエはペンを置いて、インク壺も取り出した。


「だからって、こんな、餌でもくれてやろう、みたいに……」


 は、ともう一度溜息を吐いて、ララエは古いほうのノートを広げた。

 あまり質の良くない羊皮紙を綴じたノートには、細かい文字がびっしりと書かれている。平民向けに学院が貸与している教科書も広げると、ひとつだけ火を灯した蝋燭をそばに引き寄せて教科書の文面を指で追い、ノートの書き込みを増やしていく。

 教科書は年の終わりに必ず学院に返却しなければならない。だから、なるべく多くを手元に残すため、ノートにまとめているのだろう。

 ララエは相当に真面目な学生らしい――昼間、ハクロにくっ付いてただ甘やかされて遊んでいる姿からは、想像もできないが。




「それにしても、人間というのはあまり夜目が利かないんじゃなかったか」


 悪魔混じりや妖精族は、多少暗くても、人間よりずっと明るく見えるから、あんな蝋燭一本でも昼間とほぼ変わらずに文字を読むことも可能だ。

 でも、人間があの灯りだけで教科書を読んだり細かい文字を書いたりしていたら、目を損ねるのではないか。


「デオムル、急に何を?」


 煌々と灯ったこの部屋の光源は、魔法の光を利用した豪華な照明だ。

 広い部屋の隅々までを、昼とほぼ変わらない明るさで照らしている。


「いや、学院寮というのはずいぶん暗いんだなと思いまして。あれでは、平民の学生は自室で本を読むのもなかなか難しいだろうなと」

「あら……」


 もちろん、蝋燭やランプ用の油の支給はあるだろう。だが、最低限だ。

 平民なら、普通は日没後はすぐに休んで夜明けから行動を始めるが、勉強熱心な学生なら、どうにかして灯りを調達して、夜も勉強したいと考えるものだろう。


「“混沌より生まれし魔力にデオムルが命じる。光をここに”」


 すっと立てた人差し指の先に、小さな光の玉が生まれる。

 こんな初歩の、見習いの魔法使いにも使える魔法で作った小さな光でも、あの学院寮のひと部屋程度なら数時間は楽に照らせる。

 だけど、これを魔道具に落とし込んで魔法使いでも魔術師でもない者に使えるようにするには、たちまち何十枚、下手すれば何百枚という金貨が必要になるのだ。

 魔道具を作るにはそれだけ特別な素材や儀式、手間も必要なためだが、魔法や魔術、そして魔道具が金持ちや貴族のためのものになっている理由でもある。


「つまり、あの娘はあの狭い穴蔵のようなところに住んでいるということね」

「それは言い過ぎだと思いますが……」


 指先で光の玉をつつきながら、デオムルは苦笑する。

 当然のように、こんな広い部屋で使用人たちに傅かれて生活しているシオウは、学院寮の中なんて見たこともないのだろう。


「てっきり、もうハクロ様に囲われているのだとばかり思っていたわ」

「それは、ララエ嬢自身が固辞しているようですね」


 夕刻、共に公城へと言うハクロに、ララエは婚約もまだなのにそれは、と必死に抵抗して寮に戻っていたのだ。

 驚いた、とシオウが眉を上げる。

 畳んだままの扇子を口元にあてて、じっと考え込む。


「あの子にしてみれば渡りに船の申し出でしょうに……何故なのかしら」

「ハクロ様に囲われてしまえば、勉強をする暇がなくなるからでしょうね」

「別に構わないのではなくて?」

「ララエ嬢は、意外に勉強熱心なようですよ」

「そう――」


 たしかに、言われてみれば、ララエの成績は悪くない。いや、悪くないどころか、上位クラスにいられるくらいには成績がいい。

 シオウには及ばないものの、ハクロのやや下、上位クラスの中でいつも中の下くらいの位置にいる。


 ふと、気になった。

 シオウが常に上位から三番以内にいるように、ララエは常にハクロより若干下程度の位置にいる。毎回図ったように、そこから上にも下にも動かない。



 * * *



「シオウ、この書類にサインをしろ」

「あら、ハクロ様。いったい何にサインをしろと?」


 バシッと広げた羊皮紙は、どこから見ても正当な書式に則り作成されているものだった。書面の一部に切れ込みを入れ、丁寧に蝋を垂らして公爵家の印章まで押した、複製不可の立派な公的書類である。


「“婚約撤回の同意書”……まあ、ハクロ様ったら。

 おおかた、この書面にわたくしのサインがもらえたら婚約を無かったことにして構わないとでも、公爵閣下に言われたのかしら?」

「うるさい! 早くサインをしろ! この俺が、破棄ではなく撤回にしてやろうと言うのだ。お前はさっさとサインをすればいい」


 ハクロの後ろでは、心持ち青褪めたララエが震えながら視線を彷徨わせていた。さすがにこの事態に動揺したのか、態度を取り繕うこともできないらしい。

 周囲の学生たちも、いったいどうなるのかと、固唾を呑んで見守っている。


「そうね……条件次第では、サインしないこともありませんわ」

「条件だと?」

「ええ」


 胡乱げに見返されて、扇子を広げたシオウはうふふと笑う。


「“真実の愛”って、わたくし、未だに見たことがないのです」

「なんだと? それは、俺とララエの間に……」

「だって、目に見えないのですもの」


 にいっと目を細めるシオウに、ハクロはぐっと言葉に詰まる。


「だ、だが、たしかに俺とララエには……」

「ですから、わたくしは考えました。

 見えないなりに、ハクロ様とララエ様がおふたりの間にあるという“真実の愛”の存在を示してくださるなら、認めても良いかもしれないと」

「それなら――」

「なので、おふたりには、愛と情熱の女神の神殿で、三日をお過ごしになっていただきたいの。三日を無事に過ごし、愛の女神の御許でおふたりが真に愛し合っているのだと証明してくださったなら……その書類にサインいたしましょう」


 いったいどんな無理難題をと身構えていたハクロはふっと息を吐いて、「なんだ、そんなことか」と笑い出す。


「それで俺とララエの愛が証明できるなら、いくらでも乗ってやろうじゃないか」

「は、ハクロ様……」


 蒼白になったララエには気付かず、ハクロは笑いながらララエの腕を取る。


「ララエ、何も心配することはない。

 俺たちの間には、“真実の愛”があるのだからな!」


 ハクロはそのままララエを引きずるようにして立ち去っていく。

 呆れた顔でその背をチラリと確認したハクロの侍従は、シオウにぺこりと一礼するとその後を追いかけた。



【どうでもいい公式文書への印章の押し方】

1.羊皮紙に十字に切れ込みを入れて表側に折り、空いた穴には裏側に別な紙を貼ります。

2.折端を巻き込むようにたっぷりの蝋を垂らします

3.その蝋にしっかりと印章を押します。


こうして押すと、紙を巻き込んで蝋が固まるので、羊皮紙の表面削って印章ごと蝋を引っぺがし、他の書類に貼りつけて悪用、なんてことができなくなるんですよ

昔、博物館で「なるほどー!」と感心したことがあるのです

その博物館で展示していたのは、町同士で締結した条約かなんかの書類でした

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