その難癖、事実にしてさしあげましょう
この東方帝国ファレイストの“玄武の都”は学術都市である。
“玄武の都”を領都とする北方大公領は昔から学問が盛んだ。
遡ること十数代。時の皇帝より勅命を受けた北方大公――つまりこの地を治めるフゥ=クグム大公家の当主が、学問と魔術の発展に力を入れたためだ。
それから数百年かけて、“玄武の都”は、帝国魔術学院をはじめとする帝国の名だたる学術機関がひしめく学術都市として発展した。
北の果ての永久凍土からの冷気を遮る北方山脈の魔物と埋もれた遺跡を目当てに集まる冒険者の拠点ともなっているため、研究の題材にも事欠かない――という、環境もあるだろうが。
よって、この“玄武の都”で学び、優秀な成績を修めることは、帝国貴族にとってもステータス以上の実績と看做されている。
貴族の子女、特に嫡子であるならこの地で学んで当然とも言われていた。
「琥珀色の角にやたら長い赤髪の悪魔混じり……お前が魔法使いのデオムルね」
「そうですが」
「わたくしはシオウ・ア=トウカ」
その“玄武の都”の魔術師協会から「仕事を紹介する」と呼び出されて来てみれば、どこから見ても貴族の令嬢の、やたらと身なりのいい娘が自分を待っていた。
よく手入れがされて複雑な形に結い上げられた蜂蜜色の髪も、美しく整えられ色を付けた指先の爪も、労働なんて欠片も携わったことがないと示している。
仕事内容は、その令嬢、シオウの手伝い兼護衛のようなもの――という説明だった。提示された金額も悪くない。
魔術師協会は、魔法使いだろうと何だろうと魔法学や錬金術について学びたい者たちに広く門戸を開けており、きちんと会費を納めて一定の成果を上げさえすれば、会員の身元の保証やら仕事の斡旋やらと何かを便宜を図ってくれる。
だから、血筋と才能で理論もなく魔法を使う“魔法使い”であるデオムルも、この魔術師協会に所属しているのだ。
けれど。
「“悪魔混じり”は気に入らないのでしたら、ここでそう仰ってくれても構いませんが」
「まさか。わたくしの求める条件どおりであると、とても満足しているわ」
上から下まで不躾なくらいに見つめられたデオムルは、わずかに眉を上げた。
この“玄武の都”には冒険者も多い。
さまざまな種族が集まっているから、“悪魔混じり”だって珍しくはない。
それでも“悪魔混じり”という種族の持つ血筋ゆえに、どこに行っても歓迎されるとは言いがたいのだ。
「条件、ですか」
「ええ。わたくし、これから“悪役”として名を馳せるつもりですの。悪役には悪役に相応しい部下が必要でしょう? 悪魔混じりで魔法使いであるお前なら、これ以上ない適任だわ」
「はあ……」
いったいなんと答えればよいのかわからず、デオムルは思わずシオウの後ろに控えていた侍女とおぼしき女性に目をやった。
――が、ただにこりと微笑み返されただけで終わる。
「悪役はいいですが、帝国法に触れる行為を強制されるのであれば、引き受け兼ねますが」
「まあ、わたくしを侮らないで。不法行為などしてしまえば家名に傷を付けることになるではないの」
「はあ」
家名に傷を付けない悪役? とデオムルは内心首を傾げる。そもそも悪事を働くからこそ、“悪役”という呼称があるのではないのか。
魔法使いで悪魔混じりの自分を生贄の山羊に、好き放題するというわけでもないのか。
「では、私はどのような仕事をすれば……」
「もちろん、わたくしの悪事の手伝いよ。魔法があれば、ずいぶんと捗るはずなの。お前、どのような魔法を使えるの?」
「それなりにいろいろですが……不法行為ではない悪事とは、いったい?」
「そうね。まずは説明すべきだったわね」
* * *
シオウ・ア=トウカは、ア=トウカ上位家の令嬢であり、フゥ=クゥム大公家の嫡男であるハクロの婚約者である。
ハクロは、婚約当初こそおとなしく穏やかな、まるで人形のようにきれいな男の子で、毒にも薬にもならない……などと言われていたはずが、ここ数年、成人が近くなった頃から様子が変わり、今や立派な……
「クソタラシ野郎になったのです」
「お嬢様、下々の言葉は使わないようにと、奥様から厳命されてございます」
「ほかにちょうどいい形容のしようがないのだもの」
「――はあ」
すかさず注意する侍女に、シオウはかすかに眉を顰める。
クソタラシ、ということは、つまり、身分と顔がいいことを傘に手当たり次第ということなのか。
大公家……と考えて、デオムルもつい眉を顰めてしまう。
大公とは皇帝よりこの北方に関する自治権を与えられた家の当主だ。北方だけに限れば、王にも等しい存在である。
その大公の嫡男がそこら中に種を撒き散らしているなら、さすがに問題だろう。
「別に、誑してコマすだけならよろしいのよ。庶子が何人いようと、わたくしが管理してみせますから」
「お嬢様、下々の言葉はお使いになりませんよう――」
「でもね、“真実の愛”とか寝言を言い出すのは無しなの。
“真実の愛”ゆえにわたくしでないその女を公妃にするだなんて、とうとう頭の中身が沸いたかと思ったわ」
「はあ――そんなこと、私に話してしまっていいんですか?」
「いいのよ。お前は今からわたくしの手下三号なのですもの」
「三号、ですか」
じゃあ一号と二号はとシオウの背後に控えた侍女と護衛のふたりに目を向けると、それぞれが微妙な笑顔を浮かべていた。
「ララエ・ナ=ケイというのが“真実の愛”の相手なのですって。
ナ=ケイ下位家のような吹けば飛ぶような末端の貴族が、わたくしのア=トウカ上位家に楯突いてどうするつもりなのかしらね。いっそ後腐れのないよう、家ごと無かったことにしたほうがよいのではとも考えたのだけど、それではおもしろくないのよ」
「おもしろくない、とは?」
“目につく反抗的な下々のもの”を潰すなんて、上位の貴族からすれば少々面倒なだけで当然のことだろう。
けれど、おもしろくないからそれはしない、というシオウが、デオムルはおもしろそうだと興味が湧いた。
「わたくしを、まるで“悪役”だと言うの。巷で流行っている、ロマンスを描いた物語で、主人公を邪魔する悪役のようだと。
しかも、このわたくしが、彼女の私物を壊しただの何だのと、子供の悪戯にしてもどうかと思うような言い掛かりをつけて、ですわ。
――わたくし、ブチキレるかと思いました」
「お嬢様、言葉にご注意くださいませ」
「たしかに……貴族の嫌がらせにしては、お粗末以下というか……」
上位の貴族が本気で「嫌がらせ」をやろうと思ったら、こんな子供騙しでは済まないはずだ。そもそも、足が付く形でそんなつまらないことをするなんて、矜持が許さないんじゃないだろうか。
貴族でないデオムルだって、本気で相手を追い落とそうと思ったら、もっと確実でえげつない手段を取るだろう。
「少し調べただけで、ララエだけが言い張る狂言だとわかる程度のものでした。
けれどハクロ様はララエの言葉を鵜呑みにして調べもしていないのです。前からボンクラの薄ら馬鹿だとは思っておりましたが、事ここに極まれりでしょう」
「お嬢様、言葉を――」
「これでも、ハクロ様が不出来でも、わたくしや周囲の者が支えればと考えておりましたが、今となってはその気も失せました。
ですから、わたくしの本気の“嫌がらせ”というのはどういうものかを、思い知らせてあげようかと」
「はあ」
扇子で口元を隠し、シオウはフフフと含み笑いをする。
この一連の流れでどうしてそんな結論に達するのか、デオムルにはよくわからない。貴族というのは、往々にして、庶民には意味不明な考え方や行動をするものだから……と、自分をむりやり納得させる。
「あー……けれど、そのハクロ様は大公閣下の嫡男で、シオウ様は帝国法に触れるような不法行為は行わないのですよね」
「ええ」
「では、具体的にどんな嫌がらせをするつもりです?」
「その時々によるわ。必要に応じてわたくしが指示するから、お前はそのとおりになさい」
「――はあ。では、ひとつだけ気になっているので教えていただきたいのですが、シオウ様はどこでそんな言葉を覚えたんですか?」
「あら、そんなこと」
シオウはにっこりと艶やかに微笑んだ。
「学院には平民の子女もいるのよ。彼らの言葉を聞ける耳と頭があれば、この程度を覚えるくらい、難しくありませんわ」
「――そうでしたか、なるほど」
それは覚えなくてもいいことなんじゃないかと侍女にそっと目をやると、やるせなさそうな顔で眉を寄せていた。





