月曜日に出会した女は、わからない。
食事を終えて、喫茶店を後にしようとするとちょうど同じタイミングで奈良坂も立ち上がった。
行動が被ったのが気に食わなかったのか彼女は俺を冷たく一瞥すると、ふいっとそっぽを向いた。
そこまで嫌うことはないだろう、と思ったが思い出してみれば彼女は誰に対してもこうなのだ。
仕方ないと思いながら、伝票を持ってレジまで行き店員に会計を頼む。
「六九〇円になります」
「げぇ……たけぇ……」
学食でいただくよりも三百円ほど高い値段を提示され、その高さに少し驚きながらも財布から野口さんを出して代金を支払う。
お釣りを受け取って、店を出ようとするとレジまでなんとなく一緒だった奈良坂と目が合った。
「……ちょっと、待っていなさい」
「はい?」
奈良坂からの聞き慣れないセリフに思わず立ち止まって彼女の顔をまじまじと見ると、冷たい顔をさらに無愛想にしてこちらを睨む。
「いいから」
有無を言わさぬ強い口調でそう言われて、「あっ、ハイ」と返事になっていない返事をすると、彼女は本当になんでもないように会計を済ませた。
「……行くわよ。講義、一緒でしょう?」
「お、ああ……そうだな」
嫌われているのではなかったか。とそう思うが、確かに彼女はさっき俺のことを大嫌いと言ったわけだし、嫌われていることに間違いはない。
それに、俺が以前彼女に言い放った言葉を思えば嫌われていて当然……なのだが。
「ちょっと、隣で変な顔をしないでくれるかしら」
「うるへー考え事してんだよ。あと、この顔は元からだ」
言うと心底意地の悪い顔をして、奈良坂はこたえる。
「そう。ずいぶんと醜悪でいやらしい顔をしているのね。幻滅したわ」
「幻滅する前にお前は俺のこと嫌いなんだろうが」
あと、どの辺がいやらしいのか直したいのではっきり教えてほしい。切実に。
「……言葉の表面しか受け取れない人間って苦労しそうよね」
「なんだよ突然」
「別に」
今の発言は脈絡がなさすぎるだろと思うが、彼女の言うことも一理ある。表面上の言葉しか読みとれないというのは確かにコミュニケーションにおいてマイナスだ。
でもどうして奈良坂は突然そんなことを言ったんだ。分からん。
「……ほんと、つくづく馬鹿ね」
「喧嘩売ってんの?」
いい加減怒るぞ、というつもりでそう言うと奈良坂は呆れたようにため息をついた。
「違う。今のは自分に対して、あなたに対してじゃないわ。自意識過剰……いえ、それとも馬鹿だという自覚があるのかしら」
捲し立てるようにそういう奈良坂に、若干気圧される。というか、よく歩きながらそんな矢継ぎ早に言葉が出てくるものだ。
いや、それより何より。
「つーか何にムキになってんだお前」
「ッ!」
カッと目を見開いて、奈良坂がこちらを見る。
その表情は彼女にしては酷く不格好で心なしか顔が赤くなっていた。俺はというと、言ってすぐさま余計なことを言ったということに気がついたが、謝ろうとした時にはすでに奈良坂が言葉を発していた。
「あなたのそういう、無神経なところが嫌いなのよ」
言うと奈良坂は顔をそっぽに向けた。
「ごめんなさい」
バツが悪そうに奈良坂はそう呟くと、足早に俺から離れていく。それを俺は少し呆然としながら見送ってから、あることに気がついた。
「……講義同じなのに、どうすんだよ」
毎度のことではあるが、彼女と揉める時はタイミングが悪るすぎる。
当分、顔は合わせないように学食を利用するのはやめよう。あと、なんか気まずいから今日の講義もさぼろう。うん。それがいい。
「ま、あとはなるようになるさ」
自分に言い聞かせるように呟いて、その場を離れる。
しかしどうして、奈良坂はあんなにムキになったのだろうか。奈良坂社って女は本当に分からないことだらけだ。