月曜日に出会した奴は、嫌な女
ふみかがうちに来てから三日が経った月曜日の昼。うちにあったらアルコール類を信じられないぐらいの勢いで飲んでいった彼女は翌日、二日酔いになりながらも昼には帰宅して行った。大した連絡もないし、恐らく上手いこと持ち直したのだと思う。
こういう時あいつのタフネスを少し見習いたくなる。
俺はというと、今日も今日とて朝から講義があったので大学に来ていたので昼食にために学食にやってきていたのだがどうも今日はいつにも増して盛況のようで、座れる場所が見当たらない。
仕方がないので、空いているとは言い難いが席が空いている食堂の近くにある喫茶店に入って相席させてもらうことにしたのだが……
「……なんであなたがここにいるのよ」
その先客はどうやら、こちらを歓迎どころか冷たい声でそう聞いてきた。
ギロリとこちらを睨めつける鋭い視線を感じてため息が出る。その様子を見て、目の前に座る茶髪の女はさらに視線をキツくした。
「いや、学食が混んでたんだよ。俺だって好きでここで飯食おうってわけじゃない」
「そ、じゃあ店に失礼だから出て行ったら?」
その言葉に押し黙る。
そういう意味じゃないと分かっていて揚げ足を取るのだからこの女はタチが悪い。
「いや、今日はここで食うよ。じゃなきゃとても飯が食えそうにない」
「そんなに食堂の方混んでるの?」
「この喫茶店でお前と相席しないといけない程度には混んでるな」
訝しむような表情を向けてくる彼女にそう返すと「それもそうね」と言って、彼女はティーカップを傾ける。
「ま、それでも私なら神崎くんとは相席しようなんて思わないけれど」
「さいでございますか」
彼女は側に置いていた本を手に取ると、俺から目を逸らすようにその本を読み始めた。
別にそんな事はどうでもいいし、俺はそこまでお前を嫌っていないのだが、と思ったが口には出さない。出したところでまた嫌味を言われるだけなら言う必要もない。
彼女にここまで嫌われる理由には心当たりはないのだが、仕方がないのでさっさと注文してさっさと食って出ていくことにしよう。そう思いざっとメニューを見ると近くの店員に声をかけてアイスコーヒーとオムライスを注文する。
メニューを元の場所に置いて、手持ち無沙汰になった俺は少し気になってチラッと今目の前の女が読んでいる本のタイトルを見て、少し驚いた。
「なあ、奈良坂」
「……何かしら」
突き放すような雰囲気で返事する彼女に、また少しため息が出そうになるがグッと堪えた。
「いや、お前。宮沢賢治嫌いって言ってたような気がするんだけど」
「……ええ、嫌いよ」
じゃあなんで、今更彼の童話集なんて読んでいるのだろう。と思ったが、聞いて怒られでもしたら叶わないと思い「そうか」とだけ返事した。会話を終えて俺も持ってきていた小説を開くと次は彼女が不思議そうな顔でこちらを見た。
「……あなたこそ、藤村嫌いなんじゃなかったかしら」
「ああ、文章も人間性もこの上なく嫌いだ」
「じゃあなんで今更その作品を読んでるのかしら。旅にでも出るつもり?」
俺が聞かなかったことを聞いた上に、わざわざ切れ味の鋭い嫌味を惜しげもなくぶつけてくるのはなんなんだ。別にいいだろ。そういう気分なんだよ。ムカつくので、少し意趣返しをしてやろう。
「は、そういうお前はなんだ。いつも一人でいるところなんかまるでよだかだよな」
「あら宮沢賢治が好きでも知らないのかしら。よだかは最後に星になるのよ」
「死んでからだけどな」
してやったりと思うが、俺のその言葉に対して彼女は本を閉じて紅茶で口を潤してからさらりと応じた。
「死んでからだとしても、いつまでも消えない星になれたのなら素敵でしょう?」
そう言われると返事の言葉が出てこない。
「……お前、本当に嫌いなんだよな?」
負け惜しみのようにそう言うと、彼女はキツイ表情を和らげて見惚れてしまいそうなぐらい綺麗に微笑みながら言った。
「ええ、大嫌い。あなたと同じぐらいね」
そのままなんでもないように本を開き直した奈良坂に「そうかよ」とだけ返す。何故かは知らないが、彼女には一生勝てる気がしないのでこれ以上続けても無駄だ。
彼女を言い負かすことを諦めて、一時の感情で言い返したことを後悔しながら本を読んでドリンクとオムライスが来るのを待った。
ほどなくしてオムライスよりも少し早く持って来られたアイスコーヒーからは、どうしようもない敗北の味がした。