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始まりの金曜日は、終わりを探してる。

 泣きじゃくるふみかを風呂場へ、濡れた彼女を抱きとめたせいでびしゃびしゃになった服を洗濯機へと放り込んでから台所へと向かう。

 彼女の為に珈琲でも淹れ直そうかと思い、中身のない薬缶に水を入れ火にかける。

 お湯を沸かしている間に何か他に出来る事はないか、と一度ぐるりと部屋を見渡してから天井を見上げてうんうん考えていると昨日唐揚げの仕込みをしていたことを思い出す。


「やっといて正解だったな」


 思わずそんな呟きを漏らしながら、冷蔵庫の中から円形のタッパーを一つ取り出した。

 タッパーの蓋を開けて、さらにその中の鶏ももがタレに漬けてある袋を破いておく。それから、フライパンにサラダ油をたっぷりと注いで薬缶の横に置いて火をつける。

 続けて、真新しい小さなプラスチック袋に薄力粉をスプーンに三杯ほど入れてそこにタッパー側の袋から鶏ももを取り出し、数回に分けて中に入れてよく粉をまぶす。そして、フライパンの中の油が適温になったことを確認するとその鶏ももを油の中に入れる。

 そうこうしている間に薬缶が音を立てるので、揚げている間にドリップポットに移しておく。個人的に沸いた直後に淹れるよりも、少し冷ましたぐらいが好みだ。唐揚げが揚がらないうちにサラダも作ってしまいたいので、一先ずそちらに着手しよう。

 サラダと言っても千切りキャベツと、薄めに切った紫玉葱の簡単なものなのでちょっともしないで完成させるとそれを四角い皿に盛りつけた。

 次に、サラダを作っているうちに十分な揚げ具合になった唐揚げを鉄アレイに紙を敷いたものの上にあげていく。それを丸皿によそって、サラダと一緒にこのワンルームの中心にあるちゃぶ台に置いたら、再び台所に戻った。


「お風呂あがったー」


 ちょうどそのタイミングでふみかからそう声がかかる。

 


「髪は?」

「乾かした―!」

「了解」


 ベストタイミングだったなと一人満足しながら、珈琲を淹れ始める。

 お湯を注ぎ僅かな音を立ててドリッパーから薄黒い雫が落ち始めた頃、ふみかは台所へと顔を出した。


「良い香り。珈琲淹れてくれてるんだ」


 嬉しそうに笑いながら彼女は言う。


「まあな。冷えてるときには温かい飲み物と、食い物がいいだろ。唐揚げも出来てるから先に座って食っとけ」


 ふみかは少し驚いた顔をして、ちゃぶ台を見るとあからさまに笑顔を輝かせてこちらへ振り返った。


「ビールはッ!?」

「……冷蔵庫。一缶だけな」

「やりいッ!」


 言うや否や、彼女は冷蔵庫からビールを二缶取ってちゃぶ台へと一つを自分の前、もう一つをその体面に置いたことから俺が飲むことも考えてくれたのだろう。流石は気だけは利く女。これで持ち前の捻くれとおっさん臭さが治ればいくらか寄ってくる男も変わるだろうに。

 そんな事を考えている間に珈琲が淹れ終わる。


「珈琲はどうするんだ」

「飲む―! 持ってきて! ミルク多めで!」

「はいはい」


 言われた通り彼女の分はミルクとそれから砂糖もたっぷりと入れて良く溶かして、持って行ってやる。

 カップを目の前に置くと、彼女はそれを手に取ってふうふうと冷ましてからぐいっと一気に煽った。およそ珈琲を飲む飲み方ではないが、まあいいだろう。先に食っていろと言ったのに、酒にも手を付けず待っていてくれたのだし落ち込んできたであろう彼女を揶揄う気は流石に起きなかった。


「で、今日はどうしたんだ」


 ぷはあ、と音付きで彼女が珈琲を飲み干したタイミングで俺は彼女の事情に踏み込むことにした。

 というか、今日はというからにはもちろん以前も似たようなことがあるからもう踏み込むも何もないのだが。


「……さっき言った通り。ふられたの」


 若干ふて腐れながら彼女は缶を開けてそっぽを向きながら一気に煽ると、唐揚げを頬張り「うまッー!」と声をあげる。


「フラれたのは別にどうでもいいんだけどよ」

「良くないから! そこ重要ッ!」

「いやいや。フッたフラれたなんて何処にでもある話だから…… 大事なのはどう言う状況でフラれたのかだろ」


 そう言って事のあらましを話すように促せば、彼女は納得いかなそうながらも素直に口を開いた。


「浮気されてて、その、それぐらいなら二つ前の彼氏もそうだったし、その時は感情的に別れちゃったから今度は冷静に話して決めようと思ったんだけど、浮気相手の方がいいとか言われて、それで、別れた……」

「……ああ、そう」


 馬鹿なやつだなあと思いながら相槌を打ちつつ唐揚げを口に入れる。口の中に広がる肉汁に我ながら絶妙な揚げ加減だと一人満足していると、彼女むっとする。


「あっ、今馬鹿なやつだと思ったでしょ!」


 何故ばれたのか。


「確かに私は馬鹿だけどさ、男を見る目もないし。でもこんな時ぐらいもうちょっと慰めてくれてもいいじゃん……」


 訂正。やっぱり何一つバレちゃいなかったらしい。

 確かに馬鹿なやつだなあ、とは思ったがそれはふみかのことではない。


「あのな、俺が馬鹿だと思ったのはお前じゃなくて相手だ。相手」


 ため息が出る。

 全くどうして俺がこんなことをと思わないわけではない。フラれた女なんて、それもこんな面倒臭い女なんて慰めるだけ無駄だと知っているのに。どうせ勝手に開き直って、前を向いて歩き始めることなんで分かり切っているのに。何を思ったところで今更何かを変えることなんて出来ないのに。


「お前みたいないい奴そうそういねえって。友達の俺が保証するよ。確かに男を見る目はアレだがそのうちなんとかなるだろ。多分」


 気持ちではどう思おうと、割り切ろうと強がる思いが口先から走る。


「また何かあっても聞いてやるから、次に切り替えていけよ。そんな奴のことで悩むなとは言わんが、ほどほどにしとけ」


 言い切ると彼女は少しぽかんとしたような顔をして、それからにっこり微笑んで言った。


「おう。私も次に向かうから悠馬もちゃんと、良い娘見つけなよ!」


 その言葉に、内心で俺はお前がいいんだけどと思う。でもそれは口には出せない。出したらきっとこの関係は終わってしまうから。


「まあ、気が向いたらな」


 そう言ってはぐらかすと、ふみかは「つまんねーやつ」と言ってビールを呷った。

 つまんねーやつ。そう言われて傷つかないわけではないが、今はそれでもいいと思う。

 いつかこの想いに決着がつく日が来る。少なくとも、その時までは。

僕は結ばれない恋もまた愛おしいと思っています。皆さんはどうですか? 思いますよね?

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