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始まりの金曜日と、失恋の話

 ざんざんと降りしきる雨。時間は夕方で雲が濃いということもあってすっかりと暗く、雨は昼間から降り続けているというのにその勢いを止める気配はない。むしろ雨足は強くなっているような気がする。

 幸い今日は大学以外で出掛ける用事もなく、その大学の講義も休講が出たため早く帰宅することが出来たから洗濯物が少し濡れたぐらいで被害らしい被害もない。雨そのものは嫌いというよりむしろ好きだし、一人暮らしだとサボりがちな家事も早いうちに終わらせることが出来たから結果オーライだ。

 こういう日は終わらせることをさっさと終わらせて珈琲を淹れて、ゆっくり本を読むに限る。時間は有限だからこそ、くつろげるときに全力でくつろがなくてはならないのだ。今日は金曜日だし、誰に憚る必要もなくゆっくりできるという寸法だ。


 しかしながら得てして厄介事というのはこういう時にこそやってくるものである。


 ぴんぽんと心地良くも、気怠さを感じさせる音が部屋に響く。

 通販を頼むことはほとんどしないし、スマホをみても誰から連絡が来ているわけでもない。大学の最寄り駅から徒歩一分圏内だからとちょくちょく我が家に上がり込む友人たちは大抵事前に連絡をくれるので少なくとも彼らではないだろう。


 というか、俺に連絡をしないでこの家に来るほど豪胆というか無神経な人間は一人しか思い当たらない。

 間違いなく彼女であろう。


「はあ……」


 思わずため息を吐くがあまり長い事待たせて不機嫌になられても困る。


「はい。どちら様でしょうか」


 ドアフォンを手に取りそう言うと、すぐに返事が聞こえた。


「……開けて」

「ひッ」


 一体どこから発声すればそんなに低い声が出せるのだという程、ともすればこの世のものとは思えないほどにおぞましい声音が聞こえたものだから思わず小さく悲鳴をあげる。


「早く」


 そんな俺の様子を知ってか知らずか同じ調子で彼女が急かす調子でそういうものだから、慌てて玄関へと向かう。

 少しつっかえながら焦り気味に扉を開く。

 しっかりと扉を開け切るとより鮮明な雨音とその香りが部屋の中に充満する。その確かな雨の気配はそれだけであったなら俺の焦りとか、得体の知れない怯えとかそんなマイナスの感情を僅かながらでも癒してくれるはずだった。それだけであったなら、そうだったろう。

 しかし、ドアを開けてすぐ目の前に現れた存在に俺は怯え以上の恐怖を感じざるを得なかった。

 

 雨に濡れた墨のように黒く綺麗な髪をだらりと垂らし、淡い色の可愛らしいワンピースを着た小柄の女性。


 俺はすぐさま開けてしまったことを後悔して後ずさりした。

 これは……ひょっとしなくても夢ではないか。こんなよくわからないものが我が家に訊ねてくるなんてそんなこと現実にあるわけがない。そうだ。きっとこれは夢なのだ。

 そう思い至り、そっとドアを閉めようとしたその瞬間。仮称貞子はするりとまるでそれが当然であるかのように我が家に侵入し、そして……



 吠えた。


「うわあああああああ! ねえッ! 聞いて! 聞いてよ悠馬! 振られた! また振られたの!」


 そしてその吠えた勢いのままドアを閉めている最中の俺にその濡れた体でガバリと抱き着き、ぐずりはじめる。


「わたしの何がダメだったのかなあ! あんなに! あんなに尽くしたのに! こんなに可愛いのに!!」


 現実逃避の甲斐なく嫌という程これが現実であるのだと思い知らされたのである。

 その嘆きに色々と言いたいことはあった。

 まず第一にびしょ濡れのまま抱き着くなとか、そもそも傘さしてこいとかまあ色々だ。

 だがしかしそれはいい。それは後で冷静になれば彼女自身ちゃんと自覚して、恥ずかしくなって、死にたくなるはずなのであえて何か言うまでもない。

 ただ一つ言うことがあるとするなら、それは。


「……なあ、ふみか。近所迷惑だから静かにしてくれないか」


 ただただ、それだけである。

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