彼の瞳
扉がガラガラっと音を立てて閉まる扉。それと同時に病室が静かになる。
なんて話そう…
いつもお見舞いの時はベラベラと話せていたけど、こうして会うのも会話をするのは初めてだから緊張で手が震えている。大丈夫大丈夫と手を握りしめ自分に言い聞かせる
「あの、はじめまして。隣のクラスの有栖咲桜です。」
咄嗟にでたのはなんの面白みもない簡単な自己紹介。
その場で軽く頭を下げた
ベッドに上半身を少し起こしてもたれかかり横になっている成瀬くんは顔色がまだ悪かった。
胸までかけてあった布団をバサッと捲りあげて、強く打った頭はまだ痛むのか、痛たっ…と頭を押えながらゆっくりと左手で重心を支えて起き上がる成瀬くん
ふと成瀬くんの目を見た時、いつもは度の強い分厚いメガネからはハッキリと見えない長いまつ毛と変わった紺色の瞳が見えて一瞬ドキリとした。
「ちゃんと話すのは初めてだよね。わざわざ来てくれてありがとう有栖さん」
「全然!あの、頭の痛みは大丈夫…?」
「まだちょっとぶつけた痛みはあるけど、もうすっかりこうして話したり動いたりできるよ」
手を拳にして口元を隠しながら小さく笑うはあの噂の暗く黒魔術をかけそうという噂とは全くかけ離れて爽やかな好青年そんなイメージだった。
口元を隠していた手を避けて、それから真剣な眼差しでこちらを見る
「あの時は助けてくれてありがとうございます。」
深く深く頭を下げ、両手で布団をぎゅっときつく握りしめている。そこからは悔しさからか嫌悪感からなのか気持ちを読み取ることは出来なかった
「そんな、私。」
そこまで私は口を開いた時に、あの時ちゃんと助けられなかった事を鮮明に思い返す。黒木に反論した事によって余計に成瀬くんに怪我をさせてしまったのだから。私があの時先生を呼びに行けば、あの時口だけで反論せず黒木の手を無理やりにでも成瀬くんから引き剥がしていればこんな大きな怪我をせずに、危ない目に合わせずに済んだのに…
頭の中では黒木との光景が鮮明にはっきりと蘇り後悔だけが頭を渦巻く。
その時私の右目から一筋の涙が流れた。
「私は!あの時……。
あの時…ちゃんと成瀬くんを助けられなかった。冷静になって考えれば先生を呼ぶことも、黒木の手を無理やりにでも引き剥がす事も出来たのに怖くて、口だけでしかなにも出来なかった。」
悔しくて自分が嫌で涙が溢れてとまらない。制服の袖で拭いても拭いても止まらない涙を必死に止めようと押さえる。
「ねぇ、こっちに来てくれる?有栖さん。」
こっちこっちと手招きをする成瀬くんに戸惑いを隠せなくあまりの驚きで出ていた涙も止まっていった。早くと言わんばかりにまたも手招きをする彼の元になかなか進まない足をゆっくりと一歩一歩進めていく。
成瀬くんが手を伸ばせば届くくらいの距離になった時、成瀬くんは自分のかけていたメガネをゆっくり外し布団の上に置いた。
「な、成瀬くん?」
溢れる涙を止めようと目をゴシゴシと押さえていた私の右手をとり、ぶらりと下ろしていた左手も持ち上げる。
私の目をしっかり見る彼の瞳。さっきもあの一瞬で目を奪われた長いまつげとその彼の瞳はどこまでも穏やかで落ち着く紺色。でもどこか寂しさもあり、自信に満ち溢れた瞳に私はまたも飲み込まれていた。
「有栖さんのおかげだよ。あの時周りの人は誰一人として俺に手を差し伸べてはくれなかった。
誰一人として声を掛けてくれるものも居なかった。
でも有栖さんだけは止めに入ってくれたよね。俺はそれだけで救われたよ。ありがとう有栖さん」
そんな事言われるなんて思っていなかった私は止んでいた涙もまた溢れ出す。後悔しかなかったけれど成瀬くんの言葉で間違っていなかったんだ、これで良かったんだと気持ちがすごく楽になった。
私の両手を撫でながら大丈夫だよと声をかけてくれる成瀬くんの手はとても冷たかったけど心は凄く暖かくなった。
「ねぇ、有栖さん!」
「はい、成瀬くん?」
「このお守り持ってきてくれたんでしょ!守られてる感あって勇気づけられたよ」
「後そこの花」
成瀬くんは私の手を握ったまま目線を左側にある小さな白い棚の上の花瓶に目を向けた。
私も追うように花瓶を見る。
「この花有栖さんがいつも持ってきてくれてここに生けてくれたんでしょ?」
あぁ、知ってたんだ成瀬くん。
迷惑だったかな…
「あ、今迷惑だったかなって顔したでしょ。俺凄く嬉しかったよ。ありがとう」
「それに俺ガーベラ凄く好きだから目が覚めた時誰だろうこの花生けてくれたのって気になって看護師さんに聞いたんだ」
「成瀬くんガーベラ好きなんだ。ガーベラ選んで良かった」
花瓶を見ながら微笑む成瀬くんに惹かれた。
______
成瀬くんと病室で会った日から3日がたった。
そしてあの事件から約1週間半が経った今日私は学校に登校した。
いつものように校門を通り、いつものように下駄箱で上履きに履き替える。でもやっぱり私はいつものように行動しているだけでも人目につき更には指をさしてコソコソと話す者も沢山いる。
高校生の話題なんて次から次へと新しいものに変わっていき、それにみんなが食いつく。いい例を出せば“理科室の怪現象”だ。前までは学校全体で大きな噂になったが、そんな話題はもう終わり今は成瀬くんと私、そして黒木の事で校内は持ち切りだ。
次の話題が出るまでの我慢我慢。
そう自分に言い聞かせて生徒達からくぐり抜けて教室に向かう。階段を登るにつれて私が学校に来ていない間に私がいじめられていてクラスからハブられて…更には机が無かったり…なんて嫌な妄想で頭がいっぱいになる。
遂に教室につき深呼吸をして扉を開けて自分の席を見た。あぁ、良かった…あった自分の席。安堵の溜息をもらす。
その時ドタドタとした足音と共に背中にドスッと強い衝撃が走り私は寄ろけて教室の扉から教壇まで突き飛ばされた
「いったぁ〜………」
「「うわっアリスごめん!」」
久しぶりに聞いたこの声と私の呼び名。
後ろを振り返るとやり過ぎたといった
顔をした千葉凛と白石エミの姿があった
「痛いよふたりとも!」
「ごっめん!テンション上がっちゃって」
「私も同じく。ごめんねアリス」
「しょうがないなー。
あ!おはようエミ!凛!」
「「おはよう!アリスー!!」」
また私に突進して抱きついてくる2人
「やっぱり…痛い…」