精霊の書庫
「申し訳ございません、花姫ジュリア様。その御心の内を聞かせていただきました。私などの詫びでは足りないとは思いますが、……代わりに、私で出来る全てで尽くさせていただきます」
跪くジャンを見守る形で、フィルとシルヴィオが口を噤む。
しんと静まっていることには変わりないけれど、庭を染めた白い雪はもう降り止んだようだった。
……人の心を聞くって、便利だけど不便だなあ。おかげで話をまとめる手間は省けたけれど。
私はそう思いながら、静かに唇を開いた。
「ジャンマルコ様。まずは、ありがとうございます」
「……へ?」
にこりと笑ってそう言うと、ジャンがたちまち紫色の目を丸くさせた。
「その力のおかげでお話をする手間が省けました。……それに、思っていることがわたくしの全てではございませんから、そのように謝られる必要も無いですよ」
意外そうに私を見て、それからジャンが困ったように眉を寄せた。
「……し、しかしそれでは」
「ええ。ただ、許しもなく心を聞かれたことは良くは思いません。」
「そう、ですよね……花姫様の仰る通りで」
「けれど」
「……はい、」
「あの広間でわたくしを助けてくださったことはそれ以上に嬉しいことでした。……何か、良くないことがあったのでしょう?」
暗にアイリーンとの握手を止めた事を指すと、いつも軽快な調子のジャンが珍しく言い淀んだ。
「それ、は……」
「大丈夫、わたくしが知らないものを無理には聞きませんよ。」
「……ジュリア様」
「貴方の力があってこそ、それはきっと未然に防がれたのです。……貴方の、ジャンマルコ様の力に助けられた事実がある以上、わたくしに貴方を責める権利などはございません」
私が笑いながらそう言うと、跪いたままのジャンの目が少し潤んだ気がした。
その光景を見て黙ったまま話を聞いていたシルヴィオが、不意に溜息を一つ吐いて書庫の中へと足を踏み入れた。
「ジュリア様がそう仰るならこの件はもう終わりだな。……この場所全てを探すのは時間との勝負になる」
「そうねえ。どこにどんな情報があるか、アタシでも把握しきれていないもの」
シルヴィオに続いて書庫に入ったフィルが適当な本を手に取りながらそう口にすると、ふとこちらを見て笑った。
「花姫チャン。マルチャンのことちゃんと許してあげないと、そこから動けないんじゃない?」
「え?」
言われてジャンを見ると、その体勢は変わらず跪いたままで。少しばかり気まずそうに私を見た。
「精霊の目を持つ子は、人よりも精霊に近いから……特に、花姫チャンには弱いのよ。それに加えて、全てで尽くすだなんて宣言して跪いちゃったからねえ。」
許しや答えを受けなくちゃ立ち上がれないわよ、きっと。と付け足してなんとも面白そうにフィルが笑う。
「そう、だったのですね。そんな思いを持って跪いてくれていたとは……あ、じゃあ名前もちゃんと呼ばない方が良いってことですよね!?」
私が慌ててそう問えば、フィルが応えるように頷いてくれた。
「……ジャン、様。貴方を許しましょう」
一つ咳払いをして、向き直ったジャンに辿々しくそう言うと、ふっと体から力の抜けたジャンがようやく立ち上がった。
「ありがとうございます、花姫様……」
しゅんとして少し恥ずかしそうにするジャンに思わず笑いが込み上げて、私の悪戯心がちょっぴり顔を出した。
「ああでも……」
わざとらしく呟いたその言葉にはジャンの肩が揺れて、やや緊張した面持ちでこちらを見る。
「……やっぱり、勝手に心を聞かれるのはちょっと嫌でした。だから、その分だけ資料を探すのをお手伝いいただけますか?」
これはお願いですと笑って付け足すと、私を見るジャンが目を見張って、それから何度も頷いてくれた。
「ではよろしくお願いします。……シルヴィオ様も、フィルも」
「ああ。」
「ええ。手分けして探しましょ」
先に書庫に入ったシルヴィオとフィルに声をかけて、私とジャンも足を踏み入れた。
それぞれの棚で分かれて、並んだ本や紙の束に目を通しながら見つけた情報を言葉として交わす。
古くより記された歴史や文章が音になる光景は、なんだかとても懐かしく思えて。……まるで小学校の国語の授業みたいだな、と少しおかしくなった。
手に取る本はみんな埃まみれかと思いきや、新品同様で汚れ一つない。さすが魔法世界、とその技術に感心していると、ふと手書きの文字で記された手記のようなものが目に留まった。
「……これは」
紐でまとめられた本のようなものをぱらりと捲ると、そこにはいくつもの和歌が記されていて。
それがおばあちゃんの、小野小町としての名を知らしめた和歌だと気付くのにそう時間はかからなかった。
「すごい、こんなに……」
夢中で紙を捲っていくとその最後の紙には何故か和歌ではなく、ただ一言だけが書き記されていた。
「咲きほこる花の名は……?」
……どういう意味だろう、これ。たしかに、和歌には花という言葉が使われるのはよく見るけれど。
首を傾げながら本を閉じると、裏表紙にあたる場所にも何かが書いてあった。
それはどう見ても日本語では無いようで、どれだけ見つめても私には読むことが出来なかった。
……もしかしたらフィルなら、読めるかな。
「フィル、」
顔を上げてくるりと辺りを見回すと、フィルの姿はすぐに見つかった。
「なあに、花姫チャン」
「この文字、読める?」
その本を持ってフィルに近寄ると、私が指し示した文字を見たフィルがひどく動揺した様子で目を見開いた。
「……どうして、そんな……」