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夢に近い場所



「さ。行きましょうか」



フィルが扉に手をかざすと、すぐにその全体が青い光を帯びた。


「みんな、アタシの服を掴んで頂戴」


促されるまま順番にフィルの着ているローブを掴めば、瞬間的にぐにゃりと世界が歪む。


以前と同じようにふわりと体が浮く感覚がして、その一瞬後には穏やかな風が吹き込む日本庭園が広がっていた。


「……こ、これはなんと素晴らしい……」


辺りを見回してその都度感嘆の息を漏らすジャンに、フィルがなんとも得意げに笑った。


「そうでしょお?アタシが花姫サマのお話を聞いて再現した特注品よ。……位置はちょっと面白いところに作っちゃったけど」

「位置?」

「そ。……此処はね、現実よりも少し夢に近い場所なの。ほら、扉を潜る時に体が浮く感覚があったでしょ?」


覚えのある言葉に私たちが頷くと、その場でくるりと一回転したフィルが青空に両手をかざした。


「だから、こんなことも出来ちゃうのよ!」


そう言ってフィルが大きく手を振ると、たちまち青空に白い雲が集まって、それはどんどん厚くなっていく。

そうしてぎゅっとフィルの手が握られるのと同時に、白い粒がふわりふわりと舞い降りてくるのが見えた。


「……雪!?」

「ユキ?ネーヴェのことをユキというのか?」

「あ、はい私の産まれた国では……あ。」


シルヴィオに問われて何気なく返してしまった言葉に気付いて、慌てて口をふさぐ。


恐る恐る、ゆっくりとジャンを振り返ると、ジャンは凪いだ日本庭園の様子と宙を舞う粉雪に夢中のようで。

子供のようにキラキラと輝いた目と、純日本という空間で見るみんなの装いがミスマッチしていて、その様子が急にとてもおかしくなった。


そのまま笑いに任せて揺れる私を、庭に立つフィルがひどく懐かしいものを見るような目で見ていた。


「フィル?」


首を傾げてその名を呼ぶと、ぱっと視線が逸らされる。


「……さて、と。いけないいけない、目的の保管庫はこっちよ。」


まるで思い出したかのようにそう言ったフィルが、私たちを先導して木で出来た階段を上がり、そのまま外廊下を進んでいく。


草や木の香りに包まれた辺りはしんと静まって、宙を舞う雪が音まで吸い込んでしまったようだった。


「綺麗……」


木の柵越しに見る庭園の景色はまた綺麗で、うっすらと積もり始めた雪が桜の花びらと混在していく。

冬と春の季節の色が混じった光景は、知らず知らず溜息を吐いてしまう程に美しい。


「……まさかフィルが、花の精霊様が天候まで操る事が出来るとは……」


先を進むフィルが、ジャンの独り言に笑いながらわずかにこちらを振り向いた。


「うふふ。マルチャン、アタシが天候を操れるのなんて此処だけよ。花姫サマと一緒に作ったこの場所でだけ。……まさしく夢のようでしょう?」

「本当に。……此処は、私の知るフィレーネ王国とはまるで世界が違います」


ジャンの感想に肩を竦めて笑って、ふとその金の目が私を見た気がした。


「夢は夢でありながら世界を繋ぐもの。……想いがあれば何処へだって行けるし、何だって出来るわ。」


私がその真意を問おうとして口を開くより早く、前を進むフィルの歩みが止まった。


「……此処よ。アタシも長らく来ていなかったけれど、花姫チャン。アナタなら花姫サマの全てがわかるはずよ」


少し寂しげにそう言って、フィルが障子張りの引き戸に手をかけた。


すぐに取っ手が青く光り、すっと滑らかに開く。

同じく青い光が点々と灯って、いくつもの棚が並んだ書庫を照らし出した。


「これはまたすごい……ところで、此処へは何を探しに来たんだい?」


横からひょっこりと覗き込んだジャンが、書庫の中を見回して何度か瞬きをした。


「……それは」


問われて初めて、私は理由を懸命に考えた。


私が何も知らぬままこことは違う異世界から来たことや、気が付けば花姫様として扱われていたこと。……でも、実は花姫としての血が繋がっていて。


私の遠いおばあちゃんである初代花姫様が、どんな人だったのかを知りたくて。


それに、世界を行き来したというおばあちゃんだからこそ、元の世界へ帰る方法や手がかりがこの場所になら残されているかもしれないということ。


……なんて、一体何から何まで説明すれば良いのやら。


シルヴィオやフィルとのやり取りを見るに、きっとジャンも信用して良い人なのだと思う。思うけれど。


何と言葉にするべきかと迷いながら、それでも口を開こうとした私を見て、その瞳を金色に揺らめかせたジャンが一人で頷いた。


「驚いた。……そういうことだったんだね」

「……ジャン。十何年振りかの悪い癖が出ているぞ」


はあ、と呆れた様子で溜息を吐くシルヴィオに指摘されて、はっとして瞳を元の色に戻したジャンが肩を落とす。


「あ。しまった、つい。……これではエドアルドのように嫌われてしまう」


……あ。そうか、金の瞳ってことは。


私が思い至って指先で自分の唇を覆うと、すぐにジャンがその場で跪いた。


「申し訳ございません、花姫ジュリア様。その御心の内を聞かせていただきました。私などの詫びでは足りないとは思いますが、……代わりに、私で出来る全てで尽くさせていただきます」



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