親しげな二人
「……端的に言えば、彼女は花姫様ではありません」
ジャンの言葉でみんなが一様に口を閉ざす中、フィルが一人微笑んだ。
「そりゃそうよねぇ。あの鐘の音は間違いなく、ルヴィチャンと花姫チャンに向けての祝福の音だったもの」
「ええ、その通りで。……問題は、偽りの花姫であると知っているのがアイリーン嬢とアドリエンヌ様だけってことでしょうかね」
ジャンがなんでもない事のようにそう言うと、アルヴェツィオが怖い顔で問う。
「……なに?息子は何も知らぬと?」
「はい。エドアルドの心は何も知らず、ただ、花姫がもう一人居ることを純粋に信じておりました」
「ふむ。……そうであったか」
そう呟いて、アルヴェツィオが再び天井を仰ぐ。
婚約のお知らせの一件といい、捕らわれた精霊の話といい、件の計画を担っているはずのエドアルドには知らされていないことが多過ぎる気がする。
もしかすると、あのエドアルドは最初から誰かに操られているのだろうか。
……だとしても、はいそうですかとあの態度を許すつもりは無いけれど。
「とすると、偽りの花姫の正体は」
「シルヴィオ。私は今それを話すつもりは無いよ。」
「……何故だ、ジャン」
「そんなに怖い顔をするなよ。……彼女は罪悪感を持ってる、きちんとしたご令嬢だよ。」
「ならば何故、」
「だからこそさ。……だからこそ、アルヴェツィオ様。私は明日の彼女の答えを聞いてみたいのです」
勿論、彼女の返答次第ではきちんと正体を暴くと約束いたします。と付け足して、ジャンが深々と礼をした。
「……わかった。此度の功労者の願いは、しかと聞き入れようとも」
アルヴェツィオがゆっくりと頷いて、ジャンに顔を上げさせる。
小さく謝意を伝えるジャンのその表情は、どこか憂いを帯びているようにも見えた。
「しかし、イグニスが戦の準備をしているという話ももう少し深く調べねばな。……海の向こうのこととなると、祝祭のおかげで情報も薄い。フィル、モンターニャ領のアリーチャにも連絡を頼む」
「ええ、勿論。」
「わたくしも、この数日で何か変わった事が無かったか、弟に連絡をしておきます。……ジャン、貴方はもうしばらくこちらに残ってくれるかしら」
玉座近くの三人が頷き合う中で、ナターシャがふとジャンに笑いかけた。
そうして笑いかけられたジャンが、ふっと先程までの憂いを消して笑った。
「お美しい伯母様の頼みとあらば」
「ふふ。ありがとう、ジャン」
そっか、ナターシャの弟がリーヴァ領領主のイルミナートで、その息子のジャンがナターシャの甥にあたるのは当然か。
……ということは、ジャンもまたシルヴィオやエドアルドの幼い頃を知っているのだろうか。
「ではひとまず、この場を解散するとしよう。各々状況を整理して……明日、またこの場で会おう」
アルヴェツィオの一声でフィレーネレーヴが解除され、シルヴィオとジャンと共に部屋を後にする。
「……で、どうしてフィルも付いてくるんだ?父上から連絡を任されていただろう」
「やだぁ、ルヴィチャンこわ〜い!連絡なんてちょちょいのちょいだし、花姫チャンとゆっくりお話出来る時間なんて久しぶりなのにぃ」
「……フィルは相変わらずですねえ」
「うふ。マルチャンもそういえば久しぶりだったわね。……さて、冗談は置いといて。花姫チャン、この後時間を貰えるかしら」
微笑んで問うフィルに少し考えて、この後の予定が何も無いことを頭の中で確かめる。
私が一つ頷くと、フィルが満足気に笑った。
「そう、良かった。じゃ、アタシの部屋に行きましょ」
「っな、フィル!?」
広間の廊下の奥を指して踵を返したフィルに、シルヴィオが慌てて振り返った。
「やだ、ルヴィチャンも行くでしょ?……したじゃない、約束。」
「約束?」
すかさず首を傾げたのはジャンで、フィルが愉快そうに肩を竦めた。
「そ。祝祭が終わったらアタシの保管庫を案内するって。……花姫サマのこと、知りたいんでしょ?」
「……そうならそうと、初めに言ってくれ」
「やっだ〜!も〜!ルヴィチャンったら何を早とちりしたのかしら!」
ほほほ、とわざとらしく笑いながら歩き出したフィルを、私の手を引いたシルヴィオが追いかける。
その足取りに少しの怒りが滲んでいるように思えて、私は思わず笑ってしまったのだった。
「ちょ、あの、私もお邪魔しても良いのかい!?」
後ろの方で、一人廊下に取り残されたジャンの声が聞こえる。
少し振り返ったフィルが、ひらりと手を振ってそれに答えた。
「マルチャンもおいでなさいよ。」
「……しかし、フィル」
「ルヴィチャン、保管庫で情報を探すなら人出は多い方が良いでしょ?」
それでも渋る様子のシルヴィオを駄目押すように、今度は私に向かってフィルがウインクを投げた。
「それに、アタシ以上にちっちゃな頃から仲の良いマルチャンが来たら、ルヴィチャンの可愛い頃の話もついでに聞けちゃうわよ」
「是非。ジャンマルコ様も、是非一緒に」
溜息を吐くシルヴィオを他所に二つ返事で頷いて、それから振り返ってジャンの名を呼ぶ。
と、目の合ったジャンが、呆けたように私を見た。
「ジャンマルコ様?」
「……シニョリーナはどうして、シルヴィオの婚約者なのだろうね」
その小さな呟きが私の耳に届くことは無く、すぐに少しの駆け足と共にジャンが追い付いた。
「一度名乗っただけなのに、麗しい唇からその名を呼んでいただけたことは何よりの幸せ」
「うるさいぞ、ジャン」
「なんだい、シルヴィオ。ひょっとして嫉妬かい?リータから初対面で名乗らなかったというような話を聞いたぞ」
「……な、それはだな」
軽口でやり取りされる親しげな二人の会話がおかしくて、小さく肩を揺らしている間に、あっという間にフィルの離れへ繋がる扉へとたどり着いた。
「さ。行きましょうか」