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未来の為に



「其方ら親子とアイリーンに、一日の猶予を与えよう。明日、もう一度この場に集まってくれ。……その時に答えを聞こう」



アルヴェツィオの言葉でアドリエンヌとエドアルド、そしてアイリーンが広間から下がるよう促され、人払いの合図で最終的にナターシャと、それから私とシルヴィオだけが残された。


すぐにフィレーネレーヴが広間に施され、アルヴェツィオの咳払いと共に柱の影からいつものフィルが顔を出した。


「フィル、聞いていたな」

「ええ、勿論。……面白いことになったわねぇ」

「何が面白いものか」


肩を竦めて笑うフィルにアルヴェツィオが溜息を吐いて、そんな二人の関係性をナターシャが意外そうに見つめた。


「……我が妻ナターシャ、そして我が息子シルヴィオよ。私は改めて、お前たちに伝えねばならぬことがある」


改まってそう言うアルヴェツィオに、むしろ居住まいを正したのは私の方だった。


……たしかに家族で話せとは言ったけど、まさか私がこの場に居ることになろうとは。


「どのようなことでございましょう」


そう言ってゆるりと首を傾げたナターシャの手を取って、アルヴェツィオが不意に頭を下げた。


「まずは、すまなかった。王妃として一人で闘わせてしまったこと。……そして、臥せる私の言葉足らずでお前たちに苦労をかけた」

「父上、」

「貴方、顔を上げてくださいませ」


すかさずナターシャに肩を支えられ、やや困ったような顔をしたアルヴェツィオが顔を上げた。


「……謝罪など、望んではいないのです。並みならぬ苦労など、貴方と婚姻を結んだその時から覚悟していたことなのですから」

「ナターシャ……」

「シルヴィオともよく話し合いました。……シルヴィオは、わたくし達も気付かぬ間に立派に育ってくれていましたよ。ジュリア様に促されるまで、気付けなかった事が申し訳なくなってしまうくらい」


言いながら、ナターシャが私とシルヴィオの二人を見て柔らかく笑った。

横目でそっとシルヴィオの顔を伺うと、その表情が少し嬉しそうに緩む。


「シルヴィオが謝罪を述べるわたくしに、同じことを言ったのですよ。悪いことをしていないのに謝る必要は無い、と」

「……シルヴィオが、」

「ええ」


ふふ、と笑うナターシャと何気なく視線が合って、私は応えの代わりに笑って見せた。


「……ですから、アルヴェツィオ様も謝る必要は」

「いいや。……私は王として、父として悪いことをしたのだ。ずっと、……皆に隠してきたことがある」


言いつつ首を振って、アルヴェツィオがナターシャとシルヴィオとを交互に見る。


「私は精霊の目を持って、近い未来のことを視続けてきた。隣国イグニスとの会談の折、私はヴァルデマールの城で精霊避けの呪いを受けたのだ。ここまではもう知っていようが、……その時に知ったことが、いくつかあってな。」


アルヴェツィオの口から、ヴァルデマールが精霊の血を利用して生き永らえていることと、アドリエンヌとの関係性が話される。

……そして、エドアルドが正しくは誰の子であるかということも。


「……すまなかった。アドリエンヌがお前たちに酷い働きをしていることを知りながら、私はお前たちを真の意味で助けられなかった」


力無く紡がれる言葉に、シルヴィオの手がぐっと握りしめられる。


「父上は……兄上を、エドアルドをどうするおつもりだったのですか」

「……私は、時を待ってヴァルデマール王を玉座から退け、エドアルドをイグニス国の王に据えたいと思っていた。」


まっすぐにシルヴィオの目を見て話すアルヴェツィオが、言いながらほんの少しだけ視線を逸らした。


「王として、父として。息子達への教育は十分に施してきたつもりだが。……予想外はアドリエンヌであった。権力への並みならぬ執着と、産まれた子を蔑ろにする態度。最初は私の目測通りシルヴィオを弟として接していたエドアルドも、……いつしかその目を曇らせてしまった」


アルヴェツィオがそう言って目を伏せるのと同時に、広間に少しの静寂が訪れた。

やがて、ナターシャが口を開いた。


「どうしてアドリエンヌ様は、あのように強い執着をお持ちなのでしょう。」

「……さて。当初からアドリエンヌの記憶には見えない部分が多くあった。まるで呪いでも受けたような……」

「っ父上!アドリエンヌのことは良いのです、一つ、……一つだけ聞かせてください」


静かに交わされるアルヴェツィオとナターシャとの会話に、堪らずシルヴィオが声をあげた。

その様子を少しだけ意外そうに見て、すぐにアルヴェツィオが頷く。


「ああ、勿論だとも」

「父上は、……一度として、母上以外を想ったことはないのですね?」


絞り出すようなシルヴィオの声に、アルヴェツィオが目を細めてふっと表情を緩めた。


「無論だ。私が愛する女性は、誓って今にも後にもナターシャ唯一人だけだ。」


そうしてアルヴェツィオがナターシャの手を取って、そっと口付ける。


「本当に苦労をかけた。すまなかったね。……そして、ありがとう。ナターシャ」

「……まあ。アルヴェツィオ様ったら……」


アルヴェツィオと手を取り合ったナターシャの頰がほのかに赤く染まって、少しの甘い雰囲気に見ているこちらの方が恥ずかしくなってしまった。


目を逸らしがてらシルヴィオを見ると、その顔は強張っているようにも見えた。なにかを、迷っているような。


「……ではもし、もしも母上を失ってしまったら、父上はどうされますか」


思わず溢れたというようなその問いに、私は無意識に目を見開いてしまう。

……だって、その問いは。


「失うという定義がわからないが……。私ならば、ナターシャの愛したもの全てを大事にするであろうな。誠心誠意大事にして、そうしていくつもの土産話を用意して待つのだ。想い合ってさえいれば、私はいつの世でも再び巡り会えると信じている。……決して、どこかの王のようにはなるまいよ」


愛おしそうにナターシャの手を撫でて、その手をそっと離したアルヴェツィオが目を細めて笑う。


「シルヴィオもそうであろう?」

「……私は、……いえ、これは父上に話すことではありませんでしたね。出過ぎたことを言って申し訳ありませんでした」

「いいや。シルヴィオ、お前の口から聞けて良かった。……ジュリア様にもお叱りを受けたのだ」

「……ジュリア様に?」


みんなの視線が一度に私に集まって、さっと私の顔を青ざめさせる。

……え!?私、王様になんか、そんな、怒ったりとかしちゃったっけ!?


内心であわあわと慌てる私を見て、アルヴェツィオがふっと目を細めた。


「家族と、きちんと話せとな。」


ああ、言った。言ったな、そんなこと。

……どうして未だにこの場に私がいるのかはわからないけれど。


「そして今日は、その為に話をしたのだ。今までの謝罪と、感謝と。……これからの皆の未来の為に」



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