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もう一人の花姫



「……これからまた少し、忙しくなりそうだな」



その言葉通り、祝祭が無事に終わった祝いをするでもなく。

それからの数日は捕らえた人達との話し合いに追われる日々だった。


……といっても、大した成果は無く。


多くの人が何も知らされず、この計画が上手くいけば自分たちの暮らしが楽になるというようなことばかりを口にした。


中にはこの計画にかこつけてフィレーネ王国に移住がしたかったと言い出すものまで現れる始末で、黒幕を辿るのには難があり過ぎた。


いつしかの四人からも聞いた話や噂ばかりで情報という情報も得られず、話し合う内容も次第に尽きてきた頃。


その招集はほんとうに突然だった。


「……エドアルド……様が、どうしてまた、みんなを集めるというのでしょう」

「どういうことでしょうねえ」

「……ジャンは何故まだこの城にいるのだ?」

「その言い方は少々酷いんじゃないかい。……いやあ、街に帰ったら出会いも限られてしまうだろ?ここならより一層広い出会いが……」

「わかった、もう良い」


ブルーナを先導として、私とシルヴィオ、そしてジャンとロベルトの五人で玉座のある広間へと向かっていく。


以前アルヴェツィオに会った時は臥せっていたこともあって自室だったし、玉座というものを目にするのはこれが初めてだ。


少しドキドキしながら、毛足の長い絨毯の上で大きな扉が開くのを待つ。


……こんなの、それこそゲームとか映画とかでした見たことないよ!


ゆっくりと開かれた扉の先では、足元と同じ絨毯が部屋の真ん中にまっすぐ敷かれて、そのずっと先に玉座に座るアルヴェツィオとナターシャの姿があった。

その姿は圧巻で、まさしく国を統べる者といった威厳が感じられる。


一つだけ席が空いていて、そこに居るべきアドリエンヌの姿が無いことが気にかかるが。


それにしてもこの一週間ちょっとでだいぶ回復出来たのだろう、真ん中に座るアルヴェツィオの顔色はあの時よりずっと良さそうだった。


「……皆、よくぞ集まってくれた。」

「父上!」


私たちが礼をしたのを見て、ゆっくりと頷いた王に否を唱えたのは、他でもないエドアルドだ。


「私は第二王子とその妃となる者だけを呼んで欲しいと言ったはずですが」

「私が、私の判断で皆を呼んだのだ。……エドアルド、何か問題があるのか」

「い、……いいえ、問題などは」

「では良かろう。此度の招集は何だと言うのだ」


私たちと同じく、玉座を少し見上げる位置からエドアルドが声をあげる。


「……紹介したい人があるのです」

「ほう?」


そうしてちらりとこちらを見たエドアルドが、なんとも人の悪い笑顔を浮かべた。


「母上!どうぞこちらへ!」


訝しむ私たちを横目にエドアルドがそう叫ぶと、先程私たちの入ってきた扉が再び大きく開かれた。

少しそちらを振り返れば、やたらと得意げに笑うアドリエンヌと、その後ろに目深にベールを被った女性がゆっくりと歩いてくるのが見える。


「……アドリエンヌ」

「ええ、アルヴェツィオ様。お体はもうよろしいので?」

「ああ」

「それは何よりのこと。」

「……して、その者は」


アルヴェツィオに静かに問われたアドリエンヌが、一瞬こちらを見て、それから小さく鼻を鳴らした。


「貴方方のほうがよくご存知かとは思いますけれど」

「というと?」


からかうようにわざとらしく肩を竦めたジャンを、一度睨み付けるだけで黙らせて、アドリエンヌがベールを被った女性に向き直る。


「……この方こそ、フィレーネ王国に古くより伝わる伝承の姫君。真の花姫様でございます」


……真の、花姫様?


衛兵達を巻き込んで一瞬にしてざわつく場を、アルヴェツィオが手振りだけで制した。


「花姫様は花が導いて舟が運び、辿り着いたその時には到来の鐘が鳴るという伝承だが。……彼女がそうだとでも言うのか?」

「ええ。……それは祝祭の折。アルヴェツィオ様とナターシャ様が帰られた後で、彼女が船に乗っていたところを、わたくし達が保護いたしましたの。たしかに、鐘も鳴っていたはずですわ」


……たしかに、たしかに私たちが舞台を降りるその時に鐘が鳴っていたのを覚えている。


私がこの世界に来た時に鳴っていたのと、同じ……。


突然足元を掬われるような感覚に、私は思わず胸を押さえた。

同じ時代に、二人の花姫が呼ばれることはあり得るのだろうか。……だとすれば、シルヴィオは。


私がシルヴィオの顔を見るより早く、アドリエンヌが口を開く。


「……さあさ、花姫様。ご挨拶を」


アドリエンヌがそう促すと、ベールを被った女性がゆっくりと一歩前に出た。

そうして、とてもゆったりとした手付きでベールをめくり上げる。


少しくすんだような黒い髪が顔を出して、そんな彼女が、にこりと可憐に微笑む。


「初めてお目にかかります。……わたくしは、名をアイリーンと申します。」


アイリーンと名乗った彼女が完璧な淑女の礼をして、それを見た全員が一様に口を閉ざした。


花姫が花姫として在る証拠は、花が導くこととと、舟が運ぶこと。

そして到来の鐘が高らかに鳴ることと、それからおばあちゃんの血を継ぐ黒い目と黒い髪であること……。


……ひょっとすると彼女もまた、私と同じ世界から来たのだろうか。


花姫という存在をただ焦がれ続けたシルヴィオは、もう一人の花姫として、また完璧な淑女として振る舞う彼女を、……どう、思うのだろう。


ぎゅっと花石を握って状況を見ていると、アイリーンと名乗った彼女が、不意にゆったりとこちらへ向かってくるのがわかった。


「この世界にはもう一人花姫様がいらっしゃると伺いましたが、それはもしかして貴女……」

「初めまして、アイリーン様。」


にこりと笑って手を差し出そうとした彼女の視線を遮るように、滑らかに滑り込んだのは、意外にもジャンだった。


「私はジャンと申します。麗しい姫君、アイリーン様にはもう心に決めた人はおいでで?」

「……どういう、意味でしょう?」


小さく肩が揺れたアイリーンに、ジャンが胸に手をあてる礼をして見せた。


「いえ。花姫様は王族と手を取り合って、この国にいくつもの花を咲かせる伝承ですので。……もしや、エドアルド様と?」


じっと覗き見るジャンの目からさっと視線を逸らしたアイリーンを、アドリエンヌが庇う。


「無礼な。王族でもないお前が口を出すなど、身分をわきまえなさい」

「これは失礼をいたしました。アイリーン様が手に握られているものが何なのか、……気になってしまったもので。」


そう言ってふっと笑うジャンに、目を見開いたアドリエンヌが口をパクパクさせた。


「な、何を言うのです」

「手を取り合うのは、いずれ夫婦となる者か従者のみ。まして求婚でも無ければ、お互いに触れ合うことなど無いのがこの国の決まりでしょう?……ああ、アイリーン様は未だご存知ありませんでしたか?」

「……え、ええ。申し訳ございませんわ。わたくし、ただ、もう一人の花姫様と仲良くしたかっただけで……」

「そうでしたか。ではくれぐれもお手を触れ合わぬように、お願いいたします」


笑顔で釘を刺すところが、なんともシルヴィオにそっくりで。

……内容はちょっと、どの口が言うのかという感じではあるけれど。


私はほんの少し関心してジャンの横顔を眺めた。


……あれ?


ふと過ぎった違和感に首を傾げつつ、挨拶を交わそうとした私たちをアルヴェツィオの一声が止めた。


「そこまで」


はっとして全員が玉座を見ると、目を細めたアルヴェツィオが、エドアルドをまっすぐに見つめていた。


「花姫様が二人となると、伝承上初めての事態となる。シルヴィオは先に参った花姫様を娶ると決めたが……エドアルドは、どう考えているのだ」

「……わ、私ですか」

「ああ、そうだ。私はお前に聞いている」


私のすぐ隣で、喉を鳴らす音がした。

見上げると、シルヴィオが意外そうに目を見開いているのがわかった。


……そうか、そうだった。精霊の目の力を失うまで、王様が人の意見をわざわざ聞き出すなんてこと、無かったんだよね。


ということはおそらく。エドアルドとシルヴィオが実の兄弟でないことを、この場にいるほとんどの人が未だ知らないということだろう。


「隣国イグニスで精霊が捕らえられていることを知っているか」

「……は……?」

「私は、花姫様と共に偉大な精霊達を救うことを誓った。……真の花姫と申すそこの者と、第一王子であるお前はどうする」


静かに問うアルヴェツィオの言に、明らかに動揺したのはアドリエンヌとエドアルド、そして真の花姫と指されたアイリーンだった。


「それ、は……どういう……」

「な、何を仰いますかアルヴェツィオ様。隣国で精霊が捕らえられているなどと」

「アドリエンヌ、其方が一番よく知っているはずであろう。やけに親しいヴァルデマールだけでなく、其方の父がしていたことも、な」

「……っ!」

「母上……?」


ざわつく広間に疲れの混じった溜息を吐いて、アルヴェツィオが強く言い放つ。


「其方ら親子とアイリーンに、一日の猶予を与えよう。明日、もう一度この場に集まってくれ。……その時に答えを聞こう」



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