祝祭のその後
決まりごとの周知と婚約発表を無事終えて、ふう、と安堵の息を漏らしたのも束の間。
祝福のように鳴り響く鐘の音を背に、私はシルヴィオと二人で舞台を降りた。
ナターシャもアルヴェツィオも馬車に乗り込んですぐに城へ向けて出発したらしく、式典の途中で例の計画を実行しようとした者達も秘密裏に捕らえて国王夫妻の乗る馬車に続いている、と私たちを先導するレオが教えてくれた。
湧いた民衆の声を最後に纏めるのはフィルで、舞台からは式典の終わりを告げる声が聞こえる。
しかし、拡声する為のマイクに実況中継の出来る液晶とは、精霊の力とはなんとハイテクなのだろう。……逆を言えば、元いた世界の化学が魔法みたいなものなのかもしれないけれど。
一人でそんなことを考えている間に、レオが私たちを馬車に乗るよう促した。
シルヴィオに支えてもらって乗り込むと、中には既に一人の男性が座っていて。
「……ん?」
「やあ、私の花姫様」
銀の髪を揺らして笑うその人に、私は思わず首を傾げた。
たしかに、シルヴィオとよく似ているが、違う。違う人だ。
……何だろう、この軽い雰囲気への既視感は。
「お前のではない、私のだ」
「いやいや。私は謂わばお前の影武者なのだから間違いではないだろ?」
「間違っている。後にも先にもこれきりだ、このようなことは」
言いつつ私たちが座ったタイミングで戸が閉められ、すぐに馬車が動き出す。
「それで、どうだった」
「……ああ、予想通りだったとも。知らせの服と同じものを用意していて正解だったな。花姫の居場所はどこだと必死な形相で絡まれたが、衛兵と共に全てを捕らえておいたよ」
肩を竦めて笑うその人の言葉通り、まじまじと見るとお知らせに描いたフェイクの衣装と同じ服装をしている。
「……なんです?やはり私の方が良くなりました?」
私の視線を受けて、シルヴィオに似た男性が得意げに笑いながら銀の髪を梳き上げた。
「……ジャン、その辺にしておけ」
すっかり呆れた溜息を吐いたシルヴィオに、ジャンと呼ばれた男性が軽快に笑う。
……ジャン!?
ジャンってリーヴァの街で会ったあのチャラ男では、と二度見してしまった私に首を傾げて、ジャンが詠唱を唱えながら自分の髪をなぞった。
銀の髪が青い光と共にふわりと揺れて、元の薄い黄緑の髪へと戻っていく。
……初対面で変装をしたシルヴィオに似ているとは思ったが、まさか服装と髪色を変えたジャンがシルヴィオに似せるとは。
たしかに花嫁と花婿の列に並んだ時、王族席に銀の髪が見えたのには首を傾げたけれど。
「……さて、ご挨拶が遅れました。花姫様、私はリーヴァ領より本日の代替任務の為に参じた、ジャンマルコ・リーヴィアと申します。以後どうぞお見知り置きを」
言いながら胸元に手をあてる礼をして、ジャンが笑う。
……本当に手を取らないんだな、と改めて思いつつ、私は曖昧に笑って頷いた。
「え、ええ……わたくしは名をジュリアと申します。……よろしくお願いしますね……?」
ジュリア、という名の響きにジャンの肩が揺れて、その視線が私たちを一巡した。
「ところで、ジュリエッタ嬢は……本日どうされているのかな?」
その言葉で思わずギクリと揺れてしまった私の肩に、訝しんだ様子のジャンがゆっくりと首を傾げた。
「ジュリア様はご存知……ですよねえ?ジュリエッタという名で、シルヴィオのメイドをしている美しいシニョリーナなのですが」
「え……えと、それは」
なんと言ったものかと視線でシルヴィオに助け舟を求めると、それを察したシルヴィオが応えるように肩を竦めて見せた。
「なんだ、ジャン。気がついていなかったのか。」
ああ良かった、きっと上手いこと言ってくれるはずだ。と、私が安心したのも束の間。
「……どういう意味だい?」
「お前の目の前にいるその人こそがジュリエッタだ。」
事もなげにそう言ったシルヴィオに、一瞬で場の空気が凍る。
「なっ、シルヴィオ様!?」
私が慌てて声をかけると、すぐにジャンが座席に沈んでいく。
「そ、そうかそれで……どうりで美しかったわけだ……」
ブツブツとまたもや何かを呟いているのを横目に、シルヴィオに声を潜めて問う。
「よ、良かったのですか、言ってしまって」
「あのままでは私の気が済まないからな」
「……そ、それはもしかして」
「うん?」
「嫉妬、というやつですか」
「相違ない」
私の問いに、シルヴィオが間近でニッと笑う。
楽しげな笑顔での全肯定に何も言えなくなると、向かいに沈んだジャンが弱々しく言葉を漏らした。
「なるほど、これは勝ち目がない。……うう、シニョリーナの笑顔が見れただけ良しとしましょう……」
そうして乙女のように手を組んだジャンがようやっと座り直したところで、馬車の揺れが止まった。
「着いたか」
「……ああ、そうだ。シルヴィオ。捕らえた者達は王城の奥、アドリエンヌも手を出せない場所に移動させると言っていたよ」
「そうか、」
「ナターシャ様もアルヴェツィオ様も、今回ばかりは本気のようだ……シルヴィオ、折れるなよ。」
「言われずとも。」
ジャンがシルヴィオと頷き合って言葉を交わし、開かれた馬車から順に降りる。
衛兵によって移動させられていく男たちの中には、いつしかの四人の姿もあった。
「皆、イグニスの民みたいだ。数にして三十程でしょうか」
「……そんなに」
「無知とは恐ろしいものですね。きっとあの者達はかの国の内情も、しでかした罪も。ましてこの国が尊ぶ精霊の貴さも知らされていないのです。」
ジャンの言葉で私が思わず花石を握ったのと同時に、小さなシルヴィオの声が耳に届いた。
「……これからまた少し、忙しくなりそうだな」