祝祭のはじまり
ふと、目が覚めた。
見知らぬ天井の木目が明るく色付いて、開いた窓からは暖かな風に乗って花の香りが運ばれてくる。
心地よく私を包む温かさと柔らかな感触に眠たい目を擦って身じろぐと、私のすぐ目の前には何故か伏せられた銀色の睫毛があった。
「……え!?」
はっと目を見開いてその睫毛から離れると、私の肩からかけられていたらしいマントがずり落ちた。
「なっ……」
窓から差し込む朝陽に照らされた緑の髪がさらりと揺れて、伏せられた睫毛が薄く開く。
髪の隙間から青い瞳が覗いて、それが私を見てゆっくりと細められた。
「やっと起きたか」
「あ、あ……ええ、と……」
状況がまったくもって理解できず、ひとまずこの距離がとてつもなく恥ずかしくなった私は勢い任せに起き上がろうとした。が。
「っと危ない、……落ちるぞ」
がくりと視界が傾くのを、寸前で抱き留められる。
シルヴィオの良い匂いに包まれて、余計に頭が混乱した。
「おはよう、ジュリ」
「お、おはよ……ってこ、この状況は一体……!?」
ぐるぐるする思考と共にゆっくりと起き上がると、同じように起き上がったシルヴィオがぐっと伸びをした。
そして、やや不機嫌そうにシルヴィオの眉が寄せられる。
「……何も覚えていないのか」
「え、ええと……」
言われた私はそこでやっと、頭の中の記憶を探る。
確か昨日はご飯の後に美味しい葡萄ジュースを飲んで、窓から見える景色もまた綺麗で、それで。
「シルヴィオ様が私を心配そうにしてて……ん?」
いくら記憶を探っても、どうしてこんな状態になったのか、前後の記憶が、ない。
ひたすら首を傾げる私に、シルヴィオが一つ溜息を吐いた。
「まず一つ。ジュリが飲んだのは葡萄ジュースではなく、フィレーネ王国の名産であるヴィーノという酒だ。」
「お酒!?た、たしかにヴィーノという名前は本で読みました……ということは私、酔っ払って……?」
「ああ、明日の準備をしようと離れたところでジュリの様子がおかしくなったので、私が近寄ったところをがっしりと捕らえられてしまってな。……それでこの有様だ」
そう言って肩を竦めるシルヴィオに、私の頰が熱くなる。よもや私がシルヴィオを抱き枕にしていたとは。
「す、すみません……美味しすぎて……まさかお酒とは思わず、とんだ失態を」
しゅんとして謝る私に、シルヴィオがふっと笑った。
「人前での酒は厳禁だな。……だが、私には毒になりそうなほど愛らしかったぞ。体調は悪くないか?」
「は、え?はい、体調は、大丈夫……です」
「そうか。それならば良かった。」
愛らしい?愛らしいって、どういう?と更に混乱する私を置いて、不意に立ち上がったシルヴィオが窓の外を見た。
「……急ぎ、身支度をしよう。そろそろ皆が来る頃合いだ」
シルヴィオの掛け声で、私たちは慌ててそれぞれにお風呂を済ませ、着替えがあることも鑑みて簡単な身支度を整えた。
女主人が朝食を運ぶのと一緒にご家族が到着されましたよと告げると、そのすぐ後ろで短い緑色のベールとマントを羽織ったブルーナが顔を出した。
「ご機嫌よう。ジュリエッタ。よく眠れたかしら?」
おほほ、と笑うブルーナの後ろには少し緊張した様子のリータとロベルトも立っていて、三人の服装は普段のお仕着せとは打って変わって、パーティに赴くような服装をしている。ワンポイントに時季の色である緑が添えられていて、とても華やかだ。
「ええ。ご機嫌よう、お母様。お姉様も、お父様も。」
私がにこりと微笑むと、三人が部屋へと入って、代わりに女主人が扉を閉めて出て行った。
「……さ、朝食を済ませたら準備ですよ」
ブルーナに促され、朝食を手早く済ませる。近場にあった道具でブルーナが淹れてくれたほんのりと甘いお茶が、たった二日離れただけなのにひどく懐かしく感じた。
シルヴィオはロベルトを、私はブルーナとリータを連れて、結局使う事のなかった寝室に移る。
「やはり、少々手入れが甘いですわね」
ぽつりと小さく呟いたブルーナに内心で謝りつつ、ふんだんに花をあしらった緑色のドレスへと着替えを終えて、髪を梳いてもらう。
その心地良さに目をつぶっていると、編み込んでまとめ上げられた髪の仕上げに、長いベールが被せられた。
……あれ?今日は花を飾らないのかな、たしかこの国では新しい花嫁と花姫様だけが花を飾るはずなのに。
不思議に思いながら目を開けると、うっとりした様子の二人に元の部屋へと促される。
リータが開けてくれた扉を出ると、綺麗に撫で付けた髪と同じ、緑色のタキシードに身を包んだシルヴィオが嬉しそうに笑って立っていた。
「……綺麗だな」
「ルヴィ、こそ」
シルヴィオのいつもと違う髪型がこちらを見るのがなんとなく恥ずかしくて、はにかんだ笑顔で答える。
「二人とも、本当によく似合っているね」
「ええ、本当に。……リータ?」
ロベルトとブルーナが寄り添って笑い、ブルーナに声をかけられたリータが持ってきていた荷物からたくさんの花を取り出した。
「さ、ジュ……ジュリエッタ、こちらに」
緊張しながらも、花を持ったリータが私をシルヴィオの隣に立つように促した。
「ええ、……お姉様」
ふふ、と笑って従うと、リータがぐっと唇を噛み締めた。心なしか、その目が潤んでいる気がする。
「花嫁が頭に飾る花は、家族が贈るもの。……どうか、新しい門出を迎える二人に、良い花の導きがあるように」
そう言うブルーナが、リータから受け取った花を私の頭に飾っていく。リータもそれを手伝って、緑色のベールが次々に彩られた。
「……ジュリエッタ、幸せになるのですよ」
目を潤ませて柔らかく微笑むブルーナが、笑うお母さんの姿と重なって、私の目元も自然と潤んでいく。……もし、お母さんがこの場にいたら、同じことを言ってくれるだろうか。
「さ、次はあなたから花婿に」
そうして小さな花束が手渡され、シルヴィオの胸元に差し込むよう指示をされる。
「花嫁から花婿へ、この先の道を共に行く覚悟の花束を。……花の導きと共に、笑顔の花が咲く家庭となるように」
ロベルトがそう言いながら頷いて、優しく微笑んだ。その笑顔が本当の父のようで。……お父さんがここに居たら、同じように笑ってくれるだろうか。
潤む視界の中で花束を手に持って、シルヴィオへ向き直る。
ひどく幸せそうな青い瞳が、緑に彩られた私を映した。
もっとも、なんとも不思議なことに誓いはもうすでにしているし、この期に及んで言うべきことが見つからず。
「……よろしく、お願いします」
私は言いながらそっと微笑んで、シルヴィオの胸元に花束を差し入れた。
その途中で引っかかりを感じて中を見ると、そこには私の贈った手帳が入っていて。
込み上げる嬉しさで、私はふと思い出す。
「そうだ、わたくしからも贈り物があるのです!」
「ジュリエッタ!?」
突然くるりと向きを変えた私の横目で、側に立つみんなが驚いた顔をしている。
なんというかこの顔ももう見慣れたなあ、と笑いながら、寝室の荷物から四つの箱を取り出して戻る。
フィレーネ紙で作った箱を順番に一つずつ渡し、私はみんなの反応を待つ。
「こ、この素敵な箱は」
「箱?……箱は折り紙というのですけれど、っていえ、そうではなく、箱の中を開けてくださいませ!」
私に促されてやっと箱を開けたみんなが、途端にぱっと顔を明るくした。
「フィレーネ紙と同じ要領で染めたハンカチです。ルヴィ、お母様、お父様、お姉様。日頃の感謝を伝えたくて、用意しましたの。……喜んでいただけました?」
私が問うより早く、みんなが嬉しそうに頷きあう。
……これで少し、私の感謝は伝えられただろうか。
この世界に来て一月、本当に色々なことがあったけれど。
見知らぬ世界でもこうしてやってこれたのは、みんなが助けてくれたからこそだ。……だから、私は。
今日の祝祭を何としても成功させなければ。
一人でそう意気込む私の手を、隣に立つシルヴィオが優しく握った。
「……では、行こうか。ジュリエッタ」
温かなシルヴィオの体温がそのまま私に寄り添うようで、それが何よりも心強かった。
涙ぐむ三人に見送られ、私たちは祝祭への一歩を踏み出す。
……いよいよ、祝祭のはじまりだ。




