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新しい決まりごと



「私、二人に話したいことがあります!」

「ジュリ、」



思わず、といった様子で呼びかけようとしたシルヴィオの声を遮って、敢えて声高に宣言する。


「ブルーナ、ロベルト。私、実はこことは何もかもが違う世界から来たんです。」


来たというよりも連れてこられたような表現の方が正しい気がする、と思いつつ二人の顔を交互に見ると、どちらの瞳も同じようにまあるくなっていた。

シルヴィオの顔は、わざわざ見なくてもわかる気がしたので敢えて見ない。きっと難しい顔をしている。


「花姫様の伝承にはきっと詳細なんて書いて無かったと思うので、はっきり言うと私はなんでここに居るのかわからない状態です。右も左も、もちろん礼儀のひとつもわかりません!」

「……ジュリア、」

「でも、私の産まれた国では悪そうな人も良さそうな人も、特徴の違う人もたくさんいて、みんなが協力して毎日を一生懸命生きていました。立場や見方がちょっと違うだけで、良いことも悪いこともまるっと入れ替わってしまうので、みんなが出来るだけ等しく幸せであれるように、決められたルールがありました。それを破った人は、罰を受けなければなりません。」

「……罰、」


罰という言葉にブルーナがやっとのことで反応した。不安そうに揺れる瞳に、安心させるよう笑いかける。


「ブルーナ、あなたは罰を受けるべき人ではありません。罰は悪いことをしてしまった本人が受けて、反省をしなければダメなんです。」

「ですが、」

「ああそうだ、隣国の民は勿論、第一王子という立場に物申せる人がいない、という話でしたよね?王様も臥せっているし……」

「……ええ。」


静かに状況を見つめるロベルトと、居心地の悪そうな様子のブルーナを順番に見てから、最後にシルヴィオを見た。

目が合ったシルヴィオは、まったく先の読めない私の発言にすぐにでも頭を抱えたそうな雰囲気だった。

強く握り締められた拳からそれが伝わってくる。


「居るじゃないですか、ここに」


重たい空気を敢えて読まず、あっけらかんとそう言うと見つめられたシルヴィオが本気で困った様子で首を振った。


「な、いや私は……今はまだあくまで第二王子で、」

「違います」

「え」


それを更に首を振って否定すると、初めに出会った時にも聞いたシルヴィオの素の驚きの声が漏れる。


「まさか、」

「そのまさか!私です!」


シルヴィオの声に大きく頷いて、ぽんと自分の胸を叩いて見せる。それを見たシルヴィオは堪えきれなくなったのか、とうとう頭を抱えてしまった。


「だってほら、ブルーナ言ってたでしょう?」

「わ、わたくしですか!?」

「はい!なんでしたっけ……ええと、」

「ルナ、君は一体何を、」


ロベルトとブルーナが探るように見つめあうのを横目に、この国で積み上げた記憶の中を漁る。ええとええと。


「ああ、そうだ!たしかこの国での花姫様の存在は、王様に勝るか勝らないかくらいって!」


思い出せたことに両手を一つ叩いてパチンと音を鳴らすと、複雑な顔色を浮かべた三人の視線が一気にこちらを向いた。その視線が本当になんとも言えなくて、思わず苦笑いで視線を逸らす。


「……あれ?そう、言ってませんでした?はは、気のせいでしたか……」

「いえ、いえ。確かにそう申し上げましたが」

「……なるほど、確かに。」


ブルーナが口元に手をあてながら頷くと、シルヴィオが納得した様子で体の力を抜いて椅子の背にもたれ掛かる。

そんな中一人冷静に息を吐いたロベルトが、少しだけ身を乗り出した。


「ジュリア様。ブルーナが申し上げたことは事実でございますが……一体どうされるおつもりで?」

「よくぞ聞いてくれました、ロベルト!これからの移り変わる時代に沿って人が増える以上、ルールや決まりごとはきっと必要になると思います。現状に無いのなら、新しく作れば良いのです!」

「……そうすればイグニスの民にも目を光らせることが出来るな……。」

「その通りです!」


えっへん、と胸を張ると、一度天井を見上げたシルヴィオが、がしがしと荒っぽく頭をかいて姿勢を正した。サラサラの髪だからなのか、そんな事をしても荒れたままにならない、すごい。羨ましい。


「ではどのような決まりごとを作るか、だな」

「そうですね、まずはしてはいけないこと、悪いことの定義とその罰じゃないですか?」

「先程ジュリア様が仰っていたものですね……少々お待ちを。」


そう言いながらロベルトが立ち上がり、部屋の端にある家具の引き出しから紙の束を抱えて戻ってきた。

少しくすんだ色をしているが、紙には何も書かれていない、白紙のようだった。


「決まりごとを作るのであれば、こちらに書いて子細を決めて参りましょう。」


テーブルの上に広げられた紙の他に、青い液体の入ったインク瓶とガラスのペンが並べられていく。

それと同時にブルーナがお茶を淹れ直してくれた。

温かい香りに惹かれて一口飲んでみると、香りは同じなのに不思議とロベルトが淹れてくれたお茶よりもほんの少しだけ甘い。


「おいしい……同じお茶でも少し違いますね」

「……わかりますか、やはり花姫様は愛されているようですね」


愛されてる?誰に、と微笑むロベルトへ問う前に、難しそうな顔をしたシルヴィオが指先でトントンと紙の束を叩く。

ずっと考え込んでいたのか、シルヴィオの口からゆっくりと言葉が並べられていく。


「隣人を利とせず、貶めず、わかちあうこと。違いを尊重し、皆で助け合うこと。如何なる身分の者においても、隣人を尊敬する心を忘れてはならない。……これを破った者には、……いったいどんな罰が良いのだろう」

「そうですねえ……罪だけを罰して、人を憎まない為には……」


うーん、と首を傾げて頭の中で単語のパズルを組み立ててみる。罪、罪悪感、汚点、汚れ、綺麗にする、反省する。お、これだ!綺麗になったらスッキリサッパリ!


「お掃除だ!」

「掃除……でございますか」


勢いよく飛び出た私の言葉を受けて、紙に記していくロベルトの動きが止まる。


「はい!掃除ってこう、綺麗にしていく過程で頭も整理できるし……何より、みんなスッキリするじゃないですか!罪を背負った人は、その相手の家とかみんなで使う場所の、普段はしないような掃除をしてもらうってどうでしょう?」

「……ふむ。」


シルヴィオが思案するように首を傾げたので、浮かんだ掃除案をもう少し売り込んでみる。


「もちろん悪いことの度合いによって、掃除する場所も規模も違うとなれば、よりげんなりしませんか?反省する期間もそれだけ長くなっちゃうんですよ」


頭の中に浮かぶイメージは、学校の校舎での居残り掃除だ。その後にやりたいことがあればあるほど、ひどく憂鬱な時間だった。

げんなりして見せていると、ブルーナがひとつ笑って口を開いた。


「一使用人として意見させていただくと、普段から仕事として行なっていることなので複雑な心境ではございますが……たしかに、掃除をして心を落ち着けるというのは理解出来る気がいたしますわ」

「そうでしょう、ブルーナ!しかも罰となれば必要以上にみんなにその姿を見られちゃうんですよ……頑張れよーなんて言われちゃったりして……」


思い出す感覚の居た堪れなさに思わず眉を寄せると、シルヴィオがからかうように笑う。


「……まるで実体験のようだな」

「ええそれはもう……あ、いえ、別に悪いことをしたわけじゃ無いんですよ!」

「出会ってすぐから突拍子も無い事を言う口だからな、別に今更驚くことでは」

「もう!違うんです、シルヴィオ様!」


むうっと頰を膨らませて抗議するも当のシルヴィオはあどけなく笑っていて、横を見ればつられたようにロベルトもブルーナも笑っていた。

なんだかあまりにも穏やかな空間で、ふすっと気が抜けて私も一緒に笑う。


「……だが、決まりごとに記すにはなんだか格好がつかない気もするな」

「うーん、やっぱりここは広ーく意味を持ってお仕置きですかね?お仕置きを執行する!みたいな!」

「オシオキ……ふむ。たしかに、異様な感じがして良いかもしれないな」

「い、異様って」

「私も問題無いかと。」


言いながら、ロベルトがさらりと書いた紙を見せてくれた。


意外にも書かれている言葉は日本語で、私にも普通に読める。こんな異文化バリバリの国なのに。不思議が過ぎる。やっぱりここは私の夢なのかもしれない。


そういえば、この夢の世界で目が覚めてからというもの、言葉で不自由はしていないなと今更ながらの驚き半分に読んでいるせいか、中々読み終わらない。

ええと、今どこ読んだっけ?


ただただ紙を見つめる私の横で、ブルーナが決まりごとと記された文章を読み上げていく。


「隣人を利とせず、貶めず、わかちあうこと。違いを尊重し、皆で助け合うこと。如何なる身分の者においても、隣人を尊敬する心を忘れてはならない。これを破った者には、オシオキを執行するものとする。この決まりごとを破った者がいた場合、直ちに衛兵へ報告すること。」



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