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確かな約束



「っ……私は、あなたを失うことが恐ろしい……」



嗚咽の隙間から絞り出された声は、聞くだけで痛くて、苦しいほどに切ない。


けれども、その涙で私は確信した。


幼い頃に夢見た、素敵な王子様との幸せな結婚。

そして、可愛くて綺麗な、お花みたいなお姫様になること。

それはただの夢物語でも、幼い時分に想像した夢なんかでもなかったのだと。


いや、夢は夢だけど夢じゃないっていうか、……考えるとややこしいな!?


ぐるぐると考えながらシルヴィオの背を撫でていると、次第に嗚咽が落ち着いていく。


「……ジュリ。私は確かに、あなたと共にいればどんな困難も恐ろしくはないと思ったのだ。……だからこそ。あなたを失った時、かのヴァルデマール王と同じ道を辿ってしまうのではと、……恐ろしくなった。」


落ち着いて少し体を離したシルヴィオが、私をまっすぐに見る。

細められた瞳から溢れて、つう、と頰を伝っていく涙を指先でそっと拭う。


「ジュリ……」


ゆっくりと瞬きをしたシルヴィオに、その手をぎゅっと握られた。


「だが同時に、あなたを無事家族の元に返したいというのも、……本当、なんだ」

「……シルヴィオ」

「……しかし、あなたを知れば知るほど、……こうして触れれば触れるほど。惜しくて堪らなくなる」


そう言うシルヴィオの手が、不意に私の髪を束ねる紐を解いた。

綺麗に纏まっていた髪が、するりと解けて肩に落ちる。


「あなたがあなたでなければ、と出会ってから幾度考えたか。……あなたがあなたでなければ、こんなにも、」


言いかけたシルヴィオが言葉を切って、私の体を優しく解放した。

そのまま潤んだ瞳で私を見つめて、片手で掬った黒髪にそっと口付ける。


「……こんなにも、愛おしいとは思わなかっただろうけれど」


かっと熱くなる私の頰が、今ならまだどうにか誤魔化せると囁く内心にトドメを刺した。


……ああ、だめだ。

初めに出会った時も、……きっと幼い頃の夢でも。

最初っからずっと。私はシルヴィオの、この美しい青の瞳に弱いのだ。


拝啓、お母さんお父さん。

変わらず元気にしていますか。

私はどうやら、この歳にして初めて人様に恋をしたようです。

ところで、彼は異世界の王子様なんですが、許してくれますか?


……なんて、聞けるかーい!

内心で内心にツッコミをかます私を他所に、シルヴィオがふと顔を覆った。


「い、今……私は何を……」

「何って、その……私を失うのが恐ろしいとか愛おしいとか」

「……そう、そうだな。そうだ。忘れてくれ。」


そう言って私から顔を背けて、ふらりとベッドへ向かうシルヴィオの手を咄嗟に掴んで止める。


なんにも保証は無いし、先のことがわからない以上、確かな約束なんて出来ないけれど。


それでも、いつだって勇気を出して側に居てくれたシルヴィオの為に、私が出来ることは全部、したい。……なんて、思ってしまった。


今の私に出来る約束なんて、本当にちっぽけなものだ。

……でも、今、言わなくちゃ。


この際お母さんとお父さんのことはひとまず思考の隅に追いやって、私は意を決して唇を開いた。


「忘れない、忘れないよ。絶対」

「……っな、」

「シルヴィオの笑顔も、優しさも。……この手のぬくもりも、全部」


青い瞳をまっすぐ見つめて、ありったけの言葉で想いをぶつける。

ぶつけられたシルヴィオの耳が、どんどん赤くなるのも構わずに。


「もしもヴァルデマールのようになってしまったらって貴方は言ったけど、……人は、忘れない限りずっと。その人は大事に生き続けるの。……だから、私、どこにいてもシルヴィオのことは忘れない」


そうすれば貴方がヴァルデマールになることは無いでしょ?と付け足したところで、突然体ごと振り返ったシルヴィオが、温かな両手でするりと私の両頬を捉えた。


「……ジュリ、私は……」


私を見つめる青い目が、熱を持って細められる。……こ、これこそキス、されるやつだ!?


やっとのことで恋心というものを自覚した身には、それは想像するだけで刺激が強すぎた。


「っへ、……あの、私、何か変なこと言いました?」


ドキリと跳ねる心臓を誤魔化すように曖昧に笑ってそう言うと、そのまま目を伏せたシルヴィオが小さく笑った。


「……いや。ありがとう、ジュリ」


そう言ったシルヴィオが、私の額に優しい口付けを落として離れた。


「やはり、あなたがあなたで良かった」


……キ、キスされるかと思った!

いやすでにファーストキッスは事故みたいにしちゃってるんですけど、いやでもあれは事故であって……キス、なのか?


思わずシルヴィオの唇が触れたところを押さえて悶々としていると、それを見たシルヴィオがなんとも楽しそうに笑った。


「ジュリ、今日はあのおまじないはしてくれないのか?」


そうしてからかうように自分の頰を指し示したシルヴィオに、私は赤くなる頰を隠して首を振った。


「もう、しません!」


からかうシルヴィオの世話をさっさと済ませ、おやすみの挨拶をした私は早々に従者用の部屋へと移った。

いつもの自室に比べればずっと狭いが、ワンルームで暮らしていた頃を思えばこれでも十分すぎるほどに広い。


……本当にもう、この期に及んで頰にキスだなんて。恋をしてる自覚がやっと出来たばかりなのに、そんな破廉恥な意味を持ったことを誰がするものか。


頭の中でそんなことを呟きつつ一通りの就寝準備を終えて、城から持ってきていた数枚のフィレーネ紙を折り紙に見立てて箱を作る。


……ん?待てよ。頰に、キス?


たしか、……たしか国中に配布した婚約のお知らせの絵って、王子様が花姫様の頰にキスしているところじゃ……なかったっけ……?


ここへきて理解出来た事実と、すっかり抜けていた後悔に心が悲鳴をあげる。

……誰か教えてくれても良かったじゃない!?


込み上げる恥ずかしさと、私の声にしたくとも声にならない叫びと共に、その夜は更けていった。



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