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女海賊



「ちょいと失礼するよ!やけに強い香りがそこら中にしてるんだけど、これは一体……おや。もう体調は大丈夫かい、ジュリエッタ?」



私が驚きに扉を振り返るとそこにはやや険しい顔をしたアリーチャが立っていて、体調を気遣ってくれたことに頷いて見せれば彼女は少し安堵したように微笑んだ。


「そうかい、それなら良かった。ところでこの香りは……まさか、料理をしたのかい?」


スン、と鼻を鳴らしながら訝しむ様子のアリーチャが、警戒するような動きで鍋の中身を確認した。


「なあんだ、ミネストローネじゃないか。コホン、……これはジュリエッタ、貴女が?」


鍋の中身を見てひどく安心した様子のアリーチャが、一つ咳払いをして貴族らしく居住まいを正す。


「は、はい!勝手に調理場を使わせていただいて、」

「ああいや、それはいいんだ。」


手を振って私の謝罪を止めたアリーチャが、少し気まずそうに頰をかいた。


「それは、というと……他に何か問題があったのでしょうか?」

「ああ……山で採れる特殊な野菜達はね、そう簡単に切らせはしないし、少し調理法を間違えただけで、一瞬にして強い香りを放つ劇薬に変わってしまうんだ。それを初見でこうしてきちんと仕上げるだなんて、大したもんだよ。」


どこかで習ったのかい?と笑うアリーチャに、私は曖昧に笑って誤魔化した。


いや、正確には誤魔化したというより、運が良かったことに感謝せざるを得ないというか。

だってどうりで普通の刃ではビクともしなかったわけだし、一歩間違えれば劇薬だなんて、偶然でもちゃんと調理できて良かった……。


私がそう思いながら一人胸を撫で下ろしていると、開け放たれた扉の外からニコラウスが心配そうに覗き込んでいるのが見えた。


「だ、大丈夫かアリーチャ……」

「ああ、大丈夫だよニコル。ちょうどいい、

ジュリエッタがお前に聞きたいことがあるそうだよ」

「……俺に?」


きょとんと目を丸めたニコラウスに頷くと、その顔がなんとも嬉しそうに笑った。


「なんでも聞いてくれ!ここは王子様の前だし、場所を移すか?」

「いいや、むしろいいんだよ。……ここで。ねえ、そうでしょう、シルヴィオ様?」


意味ありげに笑うアリーチャに、シルヴィオが一つ頷いた。


「ああ。ジュリエッタもその方が話しやすいだろう?」


そう問われた私が頷くと、嬉しそうなニコラウスが部屋へ入ってゆっくりと扉が閉められる。


フィレーネレーヴを施すシルヴィオを横目にさっと食事を片付けて、それから四人分のお茶を淹れようとした私にニコラウスが近寄ってきた。


「良ければ、俺が茶を淹れよう。イグニスのお茶にも、美味いものがあるんだ」


ガタイの良さに反して人懐っこく笑うニコラウスに、どうしたものかと一瞬悩むと、すぐにアリーチャが声をあげた。


「ニコルのお茶はお茶って感じがしないけれど、苦味が不得意で無いなら美味しい飲み物だよ。」


苦い飲み物でぱっと思い浮かぶのは、抹茶や珈琲といった類のものだけれど、紅茶が主流のフィレーネ王国ではまだ目にした事がない。

異世界の、それも異国のお茶とは一体どんなものなのかという好奇心でお願いしてみることにした。


「では、よろしくお願いいたします」

「任せておけ!」


豪快に笑ってお茶の用意をするニコラウスを眺めながら、促されるままシルヴィオの隣に腰かけた。


「……それで、聞きたいことっていうのは?」


向かいに座っていたアリーチャが、ドレスの袖も構わず腕を組みながら首を傾げた。


そのあまりの貴族らしくなさに、私は思わず目を丸めてしまう。

初めからあった違和感も手伝って、つるりと私の口を滑らせた。


「あの、アリーチャ様はどうしてそんなに女海賊っぽいのでしょう?この地の領主ということは産まれてからほとんどこの山間で過ごされているんですよね?それに、ニコラウス様とはどうやって出会われ……た……」

「ジュリエッタ」


呆れたシルヴィオの声が止めるより早く、聞きたいことを次々に並べ立ててしまったことに気付いて、ハッと口を噤む。


しかしその全てを聞いたアリーチャは、ただ楽しげに金色の瞳を細めていた。


……ん?金色の瞳?


その既視感にアリーチャと目を合わせると、お茶を持ってきたニコラウスが再び豪快に笑った。


「はっはっは、女海賊とは言い得て妙だな」

「ニコラウス様、ありがとうございます。……その、言い得て妙、というのは」


目の前に置かれたお茶にお礼を言って、そのまま向かいに座るニコラウスを見る。


「アリーチャは美しい人だろう?そして、俺の心を奪った美しい精霊だ。」

「精霊……」


そうか、この既視感は。

言われてみればフィルとレオの瞳も金色だったし、精霊の目の力を使ったアルヴェツィオの瞳もまた、金色だった。


「なんでも、この国が出来る前は船を創り出していくつもの海を旅していたらしいからな。」


な、言い得て妙、だろ?と笑うニコラウスの言葉に、私は何度も瞬きを繰り返した。


考えることは色々あるけれど、ニコラウスの言葉通り、この国ができる前から船を造って旅をしていたのだとしたら。

……それはつまり。


「……フィルと、同い年……?」



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