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夢のおまじない



「……いっちょ、やってみますか」



手の込んだものは時間を要してしまうけれど、火の通りやすそうな野菜と一緒に麺も煮込んでしまえば一瞬だ。

いざ、一人暮らしで鍛えた時短レシピを役立てる時!


そう意気込んで、手頃な鍋をコンロのような場所へ置く。置いて、私は少しの間固まってしまった。


「……火、火ってどうやって点けるんだろう」


頭に浮かぶのは、木を集めて摩擦を起こし燃えやすい葉に種火を移すようなものだったけど、きっともっと簡単な方法があるはずだ。


ブルーナやロベルトが蝋燭に火を灯す時、どうしていたっけ。……蝋燭の火、火。

そこでふっと浮かんだのは、登場と共に青い炎を灯したフィルの姿だった。


……もしや料理も、フィレーネレーヴで、いける?


まじまじと自分の手のひらを眺めて、駄目元で花石を握り込む。

想像するのは、弱くも強くもない、程よいコンロの火だ。


「ファイアー!」


勢いよくそう言ってみると、花石から放たれた青い光が炎に変わって、私の想像そのままにコンロのような場所で揺らめいた。


「で、できた……」


なにこれなにこれ、私今とんでもなく魔法使いっぽいね!?

思わず喜びに舞いそうになったのも束の間、置かれた鍋がじりじりと熱されていく音がする。


「いけないいけない、早くしないと!」


頭の中で料理の工程を思い出しつつ水瓶から水を移し、お湯を沸かす。

と同時に、初めて見る大きな野菜を木製のタライの中で簡単に洗い、ごついナイフを包丁に見立てて木の板の上で切ってみる。


「……ん?あれ?」


私がいくら刃先をぐいぐいと押し付けても、手法を変えて引き切ろうとしてみても、大きな野菜はビクともしない。


「おかしいな……」


ナイフの研ぎ味が悪いのかとじっと観察してみると、手元の部分に小さな花石が埋まっているのが見えた。


指先でその花石をなぞってみると、それはすぐにじんわりと青く光った。

次第にその光がナイフの刃へと広がって、やがて刀身全体がうっすら青に染まる。


「か……かっこいい……」


私、こういうのゲームで見たことある、見たことあるよ!?

絶対かっこいい詠唱と一緒に武器に力を宿す、みたいなやつだ!


興奮する内心を抑えきれず、少し震える手で野菜に向かってナイフを構えた。

添えた手でしっかりと野菜を押さえて、青い刃で切ってみる。


すると先程まであった抵抗が嘘のように、ストンと野菜が切れた。

青い刃を滑らせるだけで、ほとんど力入らずで切ることが出来る。


私はどんどん楽しくなって、次々に野菜を切った。

そうして一口大に切った野菜達とマカロニのような乾麺を沸騰した鍋に入れて蓋をする。


「これでよし、と」


ふぅ、と息を吐いてナイフを見ると、もうその刀身の色は元に戻っていた。

ひょっとすると、ナイフに手が触れている間だけ切れ味が良くなるのだろうか。


それにしても一家に一柄欲しいくらい本当に良い切れ味だったなあと思いつつ鼻唄混じりで使ったものを洗って片付けていると、不意に部屋の扉が叩かれた。


「ジュリエッタ。私だ、……シルヴィオだが、入っても大丈夫か?」


煮えていく野菜の良い香りにルンルン気分で返事をすると、部屋の扉を開いたシルヴィオは不思議そうに首を傾げていた。


「お帰りなさいませ、シルヴィオ様」

「ただいま戻った。待たせたな、ジュリ……エッタ……」


そのまま部屋へと入り、後ろ手に扉を閉めたシルヴィオがキッチンに立つ私を凝視して、そして固まった。


「ジュリ、何を」

「何って、料理ですよ」


なんとも間抜けな顔をして問うシルヴィオに肩を竦めて笑いながら、鍋の中身を大きなスプーンでかき混ぜ、少しの塩で味を整える。


貴族界隈でいうと、雇用や経済を回すという意味でやはり自分では料理は中々しないものなのだろうなと理解は出来るが、元々の私はただの一般人だし、それに加えて今はただの一メイドだ。

たった今、この行為にそんなに問題は無いはずと考えている私と同じように、シルヴィオもまた葛藤しているようだった。


「それ、は、見ればわかるが……わかるがしかし……」


わからない、と小さく呟いたシルヴィオが、困り果てた様子で頭を抱えた。


その姿を横目に見つつ、小皿に取ったスープの味を確かめる。

いくつかの野菜とトマトのような野菜を特別多めに入れてはみたが、予想以上に深い味のするミネストローネになった。

一緒に入れたマカロニもいい感じの茹で加減だ。


空腹に沁みるあたたかさに、思わず緩んでしまう頰そのままにシルヴィオに笑いかける。


「よし、ちゃんと美味しく出来ました!よろしければシルヴィオ様も一緒に食べられませんか?」


ぱちぱちと瞬きをして、それから少し視線を逸らしたシルヴィオがわざと作ったような難しい顔で頷いた。


「折角だ、いただこう。」


その言葉に嬉しくなった私は、覚えたばかりの打ち消し詠唱でコンロの火を消し、木の器に盛ったミネストローネをシルヴィオの元へ運んだ。


テーブルを挟んで、食べながらシルヴィオが口にするのを待つ。

しばらくして、一口ぱくりと口に入れたシルヴィオが、途端に目を見開いた。


「……どう、でしょう?」


個人的には始終美味しく感じるけれど、果たしてそれが王子様の口に合うかは別だ。

恐る恐る問えば、シルヴィオが見る見る顔を綻ばせた。


「美味しい。……なんとあたたかく、優しい味なのだ。あなたに料理の才もあるとは……」


シルヴィオが行儀よく、それでも夢中で食べながら褒めてくれるのが心地よくて、私は思わずその感覚の懐かしさに目を細めた。


「これもお母さんが教えてくれたんです。……夢の、おまじないと同じように」


そっと付け足した言葉で、ミネストローネを食べ終えようとしたシルヴィオの動きが止まった。


「……今、なんと」


意を決して、馬車の中で出来なかった幼い夢の話をしようと私が口を開くと、そのタイミングで突然、勢いよく扉が開かれた。


「ちょいと失礼するよ!やけに強い香りがそこら中にしてるんだけど、これは一体……おや。もう体調は大丈夫かい、ジュリエッタ?」



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