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モンターニャの街



「次が最後の街なんだが、領主の夫がイグニスの者だから聞けることも多い筈だ。宿泊をする予定でいるので、よく話を聞いてみるといい。……ただ、ジャンのように婚約話を持ちかけられても、決して乗るなよ。」



……ん?コンヤクバナシ?

あのチャラ男とそんな大事な話してたっけ?


思わず首を傾げた私に、難しい顔のままのシルヴィオが溜息を吐き出した。


「やはり気付いていなかったか。この国では手を取り合うというのは本来、家族や親しい者同士でのみ交わされる愛情表現なのだ。……初対面の挨拶で手を取ることは早々無い。あるとすれば、余程余裕のない一目惚れか求婚の時くらいだ」

「え?……でも、シルヴィオ様は初めに私の手を取りませんでしたっけ……?」


私が思ったことをそのまま口に出すと、恥ずかしさなのか気まずさなのか、シルヴィオが珍しく口ごもった。


「それは、その……」

「その、なんです?」


家族や親しい者にする愛情表現で、初対面でそれをする時は一目惚れか求婚の時だと言うけれど、あの時は特別求婚もされなかった気がする。……その後は別として。


「……笑わないか?」

「はい……?」


私から目を逸らしたシルヴィオが、日に照らされた綺麗な山々が流れていくのを眺めて、やがて重たそうに唇を開く。


「夢を、見たのだ」

「……夢、ですか?」

「ああ。幼い頃から数度見る夢で、幼い私はいつももう一人の母にいじめられたと泣いていて……それを不思議な力で晴らしてくれた少女と結婚の約束をする、夢で……」


思い出すように目を伏せ、辿々しく話すシルヴィオを見て私は思わず黙り込んでしまった。

だって、その夢は。


「その少女とあなたが、一目で重なって見えたのだ。……そうして、気がついた時にはもう、あなたの手を取ってしまっていた」

「……それって」

「い、いやあなたが最初に否定したように夢は夢だともちろんわかっているし、花姫様と添い遂げると決めていたから……その、勢いであなたに求婚をした訳ではなく、だな」

「あ、いえ、そこを疑っている訳ではなく……」


……あの夢は、あの時に見た私だけの夢ではなく、シルヴィオが幼い頃から見ていた夢でもある。それはつまり、私も幼い頃に見ていた、夢ってこと……?

もし、そうだとしたら。……それは果たして本当に、夢、なのだろうか。


考えるほどこんがらがっていく思考の外で、不意に馬車の揺れが止まった。


「……着いたか」


外の景色を見て、シルヴィオが少し身を寄せて声を潜める。


「とにかく、だ。ジュリエッタ。祝祭の前は良い機会だからと縁談が増える。……特に領主には気をつけろ、少々強引な女性だからな。」


まるで経験談のように眉を寄せて語ったシルヴィオに頷いて、私たちは馬車の外へと降りた。


強い日射しに反してひんやりと澄んだ空気が心地よく、煉瓦造りの街並みを囲む山々はとても美しい。

遠目に見える大きな水の流れは、リーヴァの街へ続いている川だろうか。


そうして仕事に向かうシルヴィオの後を付いていると、すぐにあちらこちらに飾られた花々の良い香りで満たされる。

リーヴァの街では水の匂いの方が強かったけれど、この街では草木や花の匂いがよく感じられた。


「おや、来たかい。シルヴィオ様、ようこそモンターニャの街へ」

「お久しぶりです、早速ですが……」


複数の書類を持ったピンク色の髪の女性と、シルヴィオが仕事の話をするのを眺めていると、遠くから一人の男性が走ってくるのが見えた。


「おーい、おおーい!アリーチャー!」

「なんだいなんだい、ニコル、そんなに息切らせて」


アリーチャと呼ばれた女性が、走って来たガタイの良い男性を呆れたように見た。ひんやりした空気の中でも汗だくで、相当な距離を走ってきたのがわかる。


私が黙ってすっとハンカチを差し出すと、意外そうに目を丸めた金髪の男性が、不意に豪快に笑った。


「ありがとう!」

「……あら、まあ。よく出来たお嬢さんですこと。それで、どうしたっていうんだい?」

「いや、今日は王子様が泊まるって言ってただろう!?もてなしに山へ狩りに行こうと思ったんだが、どれだけの人数分必要なのか聞いていなかったからな!俺はそれを聞きに来た!」


勢いよく笑う男性に、アリーチャが溜息を吐き出した。


「……申し訳ございません、シルヴィオ様。このようにお見苦しいところをお見せしまして」

「む!?まさかこの方が!?」

「そうだよニコル、わかったらきっちり謝らないか」


アリーチャにバーン、と背を叩かれて、ニコルと呼ばれた男性がさっと身形と姿勢を正した。


「シルヴィオ様、大変失礼をいたしました。私はイグニスの地より参じ、モンターニャ領領主、アリーチャ・モンターニアと婚姻を結んだニコラウスと申します。以後どうかお見知り置きを」


そうして丁寧に一礼をした姿に、私は思わず呆気に取られてしまった。

先程まではその言葉通り、山の猟師ともいうべき豪快さだったのに、今の振る舞いはどう見たって貴族のそれだ。


たしかに私の読んだ本では、山に囲まれたモンターニャの地では身近な人との絆を第一として、身分差や振る舞いも気にせず、民と領主との距離も近いとは書いてあったけれど。

けれどまさか、この人がイグニスの人だとは。


「ニコラウス。歓迎、痛み入る。」


少しの談笑を終えて、私たちの人数を確認したニコラウスが去ると話題は再び祝祭の話へと戻った。


しばらくして全ての確認を終えたらしいアリーチャが、不意に私を見た。


「……ところでお嬢さん、お名前は?」


本当であれば、付き従っている人間の名前など敢えて聞くことは滅多に無いはずなのだけれど、彼女の視線は間違いなく私を捉えている。


「はい、わたくしはジュリエッタと申します」


そう言って一礼をした私に微笑んだアリーチャが、笑顔のままで問いかける。


「そう、ジュリエッタ。良い名前だね。貴女、良い人はいるのかい?」


突然の問いに何と答えるべきなのかと固まってしまったところで、シルヴィオがすっと私の視界に割り込んでくれた。


「アリーチャ様、彼女は仕事中ですのでそういったお話は」

「おや、仕事ならもう終わったでしょう?後はもうわたくしの屋敷に移動するだけだもの。ねえシルヴィオ様、何か問題があって?」


そこを退けと言わんばかりの強気な笑顔には、さすがのシルヴィオでも少したじろいだようだった。

……うう、空気が重い。


二人の、笑顔での睨み合いという状況を打破すべく、私はシルヴィオを庇うように一歩踏み出した。


「アリーチャ様。お言葉を返すようではございますが、わたくしはシルヴィオ様のメイドでございます。わたくしのお仕事には決して終わりなどございません」


私がそう言えば、アリーチャが面白そうに口元を歪めた。なんだろう、貴族らしい綺麗な髪に綺麗な顔なんだけど、その振る舞いがどことなく海賊っぽい。……山なのに。


はて、山なのに海賊っぽいとは?と、一人頭を悩ませる私を置いて、場の空気がふっと緩んだ。


「……まあ、いいさ。ひとまず今は、仕事中なんだものね。シルヴィオ様が眠られた後にでも女同士でたっぷり話すとしよう」



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