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初めてのお使い



「ではよろしく頼む、……ジュリエッタ」



シルヴィオの呼びかけに頷いたところで、私たちの後に正門から出発した衛兵達の乗る馬車が先を追い越していくのが見えた。


「……何かあったのでしょうか」

「うん?……ああ、何かも何も、もうすぐリーヴァ領に入るからな。私が視察する場所に危険が無いか確認に向かったのだ」


リーヴァ領、もといリーヴァの街はたしか十の領地のうちで最も水に恵まれた街だったはずだ。

隣の領地の山から流れる水が川として海まで繋がり、その水路をうまく利用することで栄えてきたらしい。


街中にも至る所に水路があって、その景観の美しさから他国、特にイグニスからの観光客が多く訪れている。


本の挿絵で見ただけだったけれど、それでもとても美しい街だった。

ちょっとした観光気分で内心わくわくする私を見て、なんとも複雑そうな顔のシルヴィオが溜息を吐いた。


「知っているとは思うが、祝祭前のこの時期は、どこの者とも知れぬ旅人が多い。……くれぐれも気は抜くなよ。」

「はい、承知してございます」


祝祭はいわば国を挙げての祝日のようなもので、招かれた客人以外は滞在することを許されない、というのが暗黙の了解となっているらしい。

その為、飾り付けられた街の観光に忙しくなるのが祝祭までの一週間なのだ。


「リーヴァに着いたらすぐに仕事を済ませるから、その間にジュリエッタは近場で昼食を調達してきてくれ。」

「……はい、かしこまりました」


昼食の用意ならばわかるけれど、調達とは。

少しだけ首を傾げた私に、シルヴィオが笑った。


「案ずるな、危険の無いよう目は光らせておく。……さあ、着くぞ。」


そういう意味で疑問に思ったんじゃないんだけどな、と思いつつ、私は降り立った地に息を呑んだ。


晴れた日差しを反射する綺麗な水路があちこちから繋がり、煉瓦の街を背景にして人の乗った小舟がいくつも揺られている。

そのどこを見ても美しい花々が飾られていて、まるで本当のお伽話の世界に迷い込んでしまったようだった。

……いや、それは最初からか。


「やあやあ、ようこそシルヴィオ様!」


シルヴィオが馬車を降りたところで、やけに陽気な男性の声がした。

一礼してそちらを伺うと、凛とした印象のある白い髪の男性がシルヴィオと握手を交わしている。


「叔父様、お久しぶりです」


にこりと笑ってそう言ったシルヴィオが、私に行け、と視線で合図を出した。


そう促されれば、メイドとしては従わざるを得ない。得ない、けれど。

……気になる。


親しげな様子もそうだし、何よりおじって言ったよね?

髪の色からして、もしかするとナターシャの兄弟なのだろうか。


後ろ髪を引かれながら、私は渋々近場のお店に入ってみることにした。


店に入るなり焼けたチーズの匂いに囲まれて、そのあまりの香ばしさですぐにお腹が空いてしまいそうなくらい良い匂いだ。


これは紛れもない、ピザだ。いや周りの雰囲気からいうとピッツァと呼ぶべきなのかもしれない。


店内はざわざわと賑わっていて、席に着いている人はどの人も幸せそうにピッツァを頬張っている。


「いらっしゃい。お嬢さん、ちょいと今混み合っててね。ここで食べるには少し待ってもらうんだが、良いかい?」


不意に話しかけてきたふくよかなおじさんが、レジらしき場所の列を差し示した。


「ああいえ、わたくしは……その、持ち帰りたいのですけれど」

「ああなんだ、そうだったのかい。それならここで聞くよ。注文はどうする?俺のオススメはこのカプリチョーザだ」


そう言って教えてくれたのは具沢山に盛り込まれたピッツァで、メニューの文字を見るだけで美味しそうなのがわかる。


「じゃあそれを……」


目算した衛兵の人数分までを考えて注文すると、おじさんが少し驚いた顔をした。


「お嬢さん、その枚数じゃ結構重いが大丈夫か?一体何人分必要なんだい?」


私が指折り数えて言うと、おじさんが愉快そうに笑った。


「それなら三枚もあれば十分だろう。俺の特製ピッツァは食べ応え重視だからな!んじゃ、そこで座って待っててくれ!」


袋ごと預かっていたので実際には初めて触ったコインを、子供のお使いのように数えながら手渡し、一仕事終えた気分でおじさんに促された椅子に座った。


先程までざわざわとしか聞こえなかった音が、距離が近くなった分だけそれぞれの言葉になって耳に届く。


「ああおいしい!やっぱりリーヴァのピッツァは最高だわぁ」

「リーヴァに観光出来て良かったねぇ。街もお花も素敵だし!」

「おいしかったー!ママ、次はどこへ行くの?」

「なんでも今回の祝祭は、伝承の花姫様がお披露目されるらしいぞ」

「あら、伝承の花姫様って実在したのねえ」

「聞いた?伝承の花姫様だって。イグニスにもそんな人が来てくれたらいいのに。」

「イグニスの場合はもう王様が伝承みたいなものじゃない。ずっと代替わりしていないし、継ぐお子もいらっしゃらない……あの方は本当に人間なのかしら」

「シッ……そんなこと、告げ口でもされたら家財没収だけでは済まないわよ……!」

「大丈夫よ、ここはフィレーネ王国だもの。……この国には自由を求めてきた、仲間しか居ないはずだもの」

「そう、そうねえ……私も結婚してフィレーネ王国に移住したいわ。良い人いないかしら」


すぐ後ろで交わされる、イグニスから訪れてきた人たちの会話を振り返ってしまいそうになったところで、箱を抱えたおじさんが私を呼んでくれた。


……助かった。


咄嗟には何を言ってしまうかわからないし、何より知らない人にいきなり話しかけられたら、あの人たちも警戒してしまうだろう。


本音を言えば、もう少し暮らしぶりだとか詳しいことを聞いてみたかったけれど。


静かに立ち上がった私は、おじさんに丁寧にお礼を述べて、大きな三つの箱を抱えて店を出た。


もう仕事は終えたのだろうか、それともまだ途中なのか、遠目には判別がつかないが、白い髪の男性と談笑をするシルヴィオの姿が目に入った。


どうするべきか悩んで、ひとまず馬車へ足を向けると、急に私の視界に影が差した。


「……おや。シルヴィオはこんな愛らしい子に雑用を押し付けたのかい?」


私が驚いて距離を置くより早く、箱が取り上げられて手にかかる重力が突然無くなった。


「運ぶのを手伝いましょう、シニョリーナ」

「あ……ありがとう、ございます?」


第二王子をシルヴィオ、と呼び捨てたことから知り合いなのだと決め付けて、とりあえずのお礼を言って声の主を見る。


にっこり笑顔を浮かべたその人は薄い黄緑色の髪をしていて、変装で髪色を変えた時のシルヴィオに少し似ている気がした。


「ここで良いのかい?」

「はい、大丈夫です。おかげでとても助かりました。……あの、失礼ですが貴方は?」


箱を馬車に運び込んでくれたことにありがたくお礼を言いながら問えば、問われた男性がすっと私の手を取った。


「愛らしいシニョリーナ、私などの名を問うより、まず貴女の名前が聴きたいな。」


……な、なんだろうこの、まさしくチャラついてますという動作は。


シルヴィオにも初めに同じことをされたはずなのに、それとは比べようも無いくらい、軽い。

きっとこの人は誰にでも同じことをしているんだろうな、と察して私は笑顔を取り繕った。


「申し遅れました。わたくしは……」


言いかけたところで、私とチャラついた男性の間にさっと人が割り込んだ。


「私のメイドを口説くのは止してくれ、ジャン」



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