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旅の出発と新しい名前



「……失礼いたします、シルヴィオ様」



静かに扉が開いたかと思うと、中から顔を出したのはロベルトだった。


「おや、……ひとまず中へどうぞ」


少しだけ驚いた顔をして、しかしすぐに笑みを浮かべたロベルトにブルーナと共に招き入れられる。


ドキドキしながら踏み込んだ部屋には、なんとなく見覚えがある。というか基本の間取りは自室と一緒だし、王様の部屋にあったものと同じような、細部までこだわりの伺える質の良さそうな家具が置かれていた。


考えてみれば王様の部屋も男の人の部屋か、……でも王様は王様だし男の人の部屋としてはノーカン?


なんてことを考えながら部屋をぐるりと見た私は、ゆるりと首を傾げた。

どこを見ても部屋の主人が居ない。


「……シルヴィオ様は、どちらに?」


私が問うと、ロベルトが困ったように笑った。


「シルヴィオ様はジュリア様をお迎えに出た筈なのですが、……入れ違ってしまったのかもしれませんね」


入れ違う、ということは違う階段を使ったのだろうか。私の部屋と王子の部屋は棟こそ同じだが、階層が分かれている。


「まあ、なんてこと……リータが対応する前にお止めしなくては」

「ああ、私が行きますよブルーナ」

「いいえ、貴方には荷造りがありますでしょ?わたくしが急ぎ行って参りますわ」


そう言って一礼したブルーナが、足早に部屋を後にした。


「……ジュリア様、お茶でも飲まれますか?」


しんと静まった部屋で、ロベルトが敢えて朗らかに問いかけてくれる。

私は少し悩んで、それから首を横に振った。


「あ、いいえ……今はメイドですもの。よろしければ御手伝いをさせていただけますか?」

「……そうでしたね。ジュリア様のメイド振りはブルーナも褒めるほどですから、是非お願いするとしましょう」


私の顔を意外そうに見て、それからにこりと微笑んだロベルトが衣装部屋へと案内してくれた。


目に見えて高そうだったり、身分を表すような煌びやかな服も並ぶ中に、初めて会った時に着ていた服も見つけられた。


……あの時、目の前に現れたのがもしもシルヴィオでなかったら。

私は今頃どうなっていたのだろう。


「今は詰め直しの作業をしておりました。ここ数日のものを出して、こちらの今日明日の分のお召し物を……ジュリア様?」

「あっ、申し訳ございません。……つい、この国に来た時のことを思い出してしまって」


慌てて詰め込む作業を手伝いながら私がそう言えば、ロベルトが懐かしそうに目を細めた。


「もう一月になりますか。……私は以来、ジュリア様に感謝しか申し上げられません」

「感謝、ですか?」

「ええ。ジュリア様がこの国を訪れてからというもの、シルヴィオ様はとても良い方向へ変わられました。笑顔も増え、以前に増してご公務を励まれるようにもなり。確かに幼い時分から非常に勉強熱心な方ではございましたが、何か、今までとはまた違った……自信のようなものを身につけられたと言いますか……」


言いながら準備を終えたトランクを閉めて、ロベルトが優しい目でこちらを見た。


「それは全てジュリア様のおかげなのだと、私は思っています」


……私のおかげ。果たして本当にそうだろうか。

最初に会った日、街の人たちの前で堂々と話をしていた姿はまさしく王子様だったし、それを見る街の人たちもシルヴィオを王子として信頼しているみたいだった。

確かに、最初の印象と今のシルヴィオとでは全く違うなと思うことはあるけれど。


「……それに、貴女と出会われた日、シルヴィオ様の喜びようは凄いものでしたよ。天蓋から漏れ聞こえた喜びの声は今でも思い出せます」


ロベルトが、ふふっと悪戯っぽく笑うのを初めて見た。顔の造りや所作からしてまさしく紳士というべき人の悪戯じみた笑いは、これまた品が良い。

思わずぱちぱちと瞬きをした私に、しーっと合図するように人差し指を自分の唇にあててみせた。


「このことはどうかご内密に。」


ひえ。紳士が内密、その言葉で瞬時に妄想を始めようとする私の頭では、もうただただ頷くことしか出来なかった。

ブルーナとロベルトの出会いは絶対少女漫画的展開に違いない。勝手にそう豪語する私の脳内に、突然ノック音が響いた。


「……戻られたようですね」


先に扉へ向かったロベルトがそう言うと、私を振り返って笑う。


「準備はよろしいですか?」


その問いかけに頷いて、持っていた荷物を横に置いて少し身形を正す。

ゆっくりと開かれる扉に合わせて、丁寧な礼をした。


「すまない、待たせ……た……」


私の姿を見るなり目を見開いたシルヴィオへ、にこりと笑って挨拶をして見せる。


「お帰りなさいませ、シルヴィオ様。お帰りを心よりお待ち申し上げておりました」


そのままぼうっとこちらを見ていたシルヴィオが、閉められた扉の音でやっと我に返った。


「ただいま、帰った。……驚いたな、まさかここまでとは」

「ふふ、ブルーナに熱い指導をしていただきましたからね」


予想通りの驚きをもらって満足げに笑う私を見て、つられたシルヴィオも楽しそうに笑った。


「その話は道中で聞かせてもらおう。……では、行こうか」


シルヴィオの後ろにブルーナ、そして荷物を持った私とロベルトが続いて、馬車のある裏門へと向かった。

正門を使わない理由はやはり、私が居るからだろうか。


裏門へ着くと、馬車の準備をしていたらしいレオが、不意にこちらを見て嬉しそうな顔をした。


「……おや、おやおや!見かけないメイドだと思えば、」

「レオ。」


そのままテンションを上げて何かを言いかけたレオが、シルヴィオに強く名を呼ばれて咄嗟に口を閉ざした。


「申し訳ございません。……荷物はこちらにお願いします」


しゅんとしたレオに促された通り、荷物を渡して積み込んでもらうと、ブルーナとロベルトが馬車の横で立ち止まった。


「わたくし達は当日の準備がございますのでこれで、……この先のこと、どうかよろしくお願いいたしますわ」

「……ああ、任せておけ」


そう言ったシルヴィオが、ちらりと私を見た。


「何に代えても。」

「……旅の無事を、共に願っております」


静かにそう言うロベルトとブルーナの二人に頷いたシルヴィオが馬車へ乗り込み、レオに手伝ってもらって私も馬車へ乗り込んだ。


少し、ほんの少しだけ不機嫌そうなシルヴィオから目を逸らして馬車の外を見ると、ロベルトとブルーナが揃って礼をしていた。


「いってらっしゃいませ」

「……行って参ります」


私が笑ってそう言ったのを合図に扉が閉められ、yがてゆっくりと馬車が走り出す。


向かいに座ったシルヴィオは、景色が変わり始めてもまだ難しい顔をしていた。


……もしかするとレオにエスコートを取られたことを怒っているのだろうか。いや、しかし、一メイドの身分で一国の王子に手を取られる訳にはいかないのだ。


「……あの、」


どう話しかけたものかを迷って、私はここ数日のメイド修行について話すことにした。

大変だったことや、楽しかったこと、その時のブルーナの様子を話しているうちに、シルヴィオの顔も少し柔らかくなった。


「……よく励んでくれた。しかし、」

「しかし、なんでしょう?」


まさかやっぱりレオとのことを、と身構えると、シルヴィオがなんとも困ったように口を開いた。


「貴女の名を、どう呼べば良いのだろうか」


……私の、名前。たしか前にもこんな話をした気がする。しかも、ここで。


馬車で名前の話をすることへの既視感と、シルヴィオはこの道中ずっとそれを考えていたからあんな顔をしていたのだと思い至って、私は思わず笑ってしまった。


「なんだ、そんなことでしたか。私はてっきり、レオにエスコートされたことを怒っていたのだとばっかり」

「……それも、少しはある。」


……あるのか。藪蛇だった。


「それに、そんなことではない。貴女の名前を知っている者は少ないとは言え、用心をしておくことに越したことはないだろう?」

「たしかに、そうですねえ……」

「それで考えたのだが、ジュリ……ジュリエッタ、というのはどうだ?」


音も似ているから混乱しないだろうし、この国ではよくある名前の音なのだとシルヴィオが言う。


ジュリアにジュリエッタ。まるでお伽話の主人公のようなきらきらしい名前ばかりで、純日本人の私としては少しおかしくなってしまった。


「……駄目か?」

「いいえ、それでいきましょう!」


折角シルヴィオ様が考えてくれたのですから、と笑った私にシルヴィオも安堵した様子で笑った。


「ではよろしく頼む、……ジュリエッタ」



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