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それぞれの準備、メイド修行



「はい。では、また。」



そう言って笑ったシルヴィオはいつも通りといえばいつも通りだったけれど、なんとなく、少しの距離を感じたような。

あの距離は、一体何の距離だろう。


そんなことをぼんやりと考えながら、ロベルトに呼ばれていたリータと衛兵を供に部屋への道を歩く。


横切る窓からは階下に見えるレオが馬車の準備をしているのが伺えた。


そのまま部屋へ戻って、リータが淹れてくれたお茶で一息吐く。

ロベルトの淹れたお茶を標準とするなら、ブルーナのお茶は甘く、リータのお茶は香りが良い。


「あら、ブルーナは……」

「只今は、シルヴィオ様に呼ばれて席を外しております」

「……そう」


シルヴィオに呼ばれているということは、他でもないメイドの話だろう。……怒られるんだろうなあ、やっぱり。

溜息を飲み込んで、お茶をそっとテーブルに置く。


……そうだ、怒られるといえば。


私はティーセットを避けてテーブルクロスをめくった。たしか、このあたりに。


「……ジュリア様?」

「リータ。わたくし、写しのフィレーネレーヴを打ち消せるようになったのです」


ブルーナの居ない今のうちに、テーブルの印刷を消してしまおう。

首を傾げたリータに笑って、くっきりはっきりしたお知らせとベールの絵に手をかざす。


「ディ・スタンプ!」


私の想像と詠唱で、全ての線が光の粒となって消えていった。


「まあ!ジュリア様、素晴らしいですわ!……少々、残念ではございますが」


これでは語り継げません、と残念がるリータに微笑んでテーブルクロスを元に戻す。


無事、恥を語り継がせることなく消すことが出来たよ、シルヴィオ様!ありがとう!


内心で感謝をして、雨雲混じりの空を見上げる。

その夜は結局、ブルーナは戻らなかった。


……雷が落ちたのは、その翌日。

リータに着替えや朝食を用意してもらった後のことだった。


「ジュリア様。おはようございます。……わたくし、大事なお話がございますの」


顔は笑っているのに、目がちっとも笑っていない。


「おはようございます、ブルーナ……どのようなお話でしょう」

「その前に、リータ。貴女にはこの買い物を頼みます」

「かしこまりました」


ブルーナからメモらしきものを受け取ったリータが、一礼をして部屋を出て行った。

するとすぐに遮音のフィレーネレーヴを施して、ブルーナがにこりと笑った。


「シルヴィオ様から聞きましてよ。ジュリア様のお考えはご立派だと思いますわ。……けれど」

「はい……」

「何もメイドでなくとも!……貴女はご自分の存在がどんなものであるか、いい加減自覚なさるべきですわ!もし花姫様であることがわかってしまったらどうするのです!?それに、ただのメイドに扮したジュリア様を救えるものなど限られているのですよ」


まさしく、雷が落ちた。

ブルーナの言っていることは正しい。情勢も定かでなく、どこに敵が居るかわからない今、これは私のわがままでしかないのだ。


「……ですから。わたくしは決めましたわ」


しゅんとしてブルーナの話に頷いていると、不意に白い布が差し出された。


「……これは?」

「わたくしが昨夜縫い上げた頭巾とエプロンでございますわ」


手渡された布は素人縫製とは思えないほどきっちりと縫われていて、一晩でこれを仕上げたとは到底信じられない。

危険がある可能性に怒ってはいても、私のしたいことを肯定してくれる姿勢がお母さんそっくりで、私は頭巾を握ったまま少し泣きそうになってしまった。


「ありがとう、ブルーナ。……わたくし何とお礼を言ったら……」

「ジュリア様、お礼を言うのはまだ早いですわ。本題はこれからでございますもの。」

「……へ?本題?」


あまりにもぴしゃりとそう言われて思わず瞬きをした私に、ブルーナが胸を張った。


「わたくしは先程、決めたと言いましたでしょ?わたくしはメイド長の誇りにかけて、ジュリア様を誰にも気取られない立派なメイドとして鍛え上げることに決めましたの。」


ブルーナの目が燃えている。この場合は、熱意にと言うべきだろうか。


「それは……」


また勉強の日々か、とがっくり項垂れそうになる自分もいるけれど、突飛な発想を許してくれたシルヴィオに恥はかかせたくない。


ただの一般人だった私が、淑女として、花姫としての修行も乗り越えたのだ。

きっと、メイド修行だってやってやれないことはない。


「……望むところです、ブルーナ。」


まっすぐにそう言った私に、ブルーナが笑って頷いた。


「さすがジュリア様ですわ。では早速お召し替えを。」


頷きを返した私はブルーナにお仕着せと評された服に着替えて、纏めた髪を頭巾で覆い隠す。

それからエプロンをきちんと締めて、鏡に向き直った。

……おぉ、既にメイドさんっぽい。


それになんだか、久しぶりに自分だけで着替えをした気がする。


ちょっとした達成感で襟を正し、意を決してブルーナの元へ向かう。


「よし。……ブルーナ、よろしくお願いいたします」


漫画なんかで目にした、メイドさんの美しい礼を心がけて腰を折った。


メイドは淑女としての振る舞いは勿論のこと、その上で主人に仕える姿勢を保つことが大事だ、と思う。

……これは、ブルーナとリータを見てきた感想にも近いけれど。


私が顔を上げるとブルーナは満足そうな、それでいて、少し寂しげな顔をして笑った。


「ええ、わたくしの方こそ。時間も惜しいので、……敢えて、厳しく指導させていただきますわよ」



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