王子様のメイド
「ジュリ。これからしばらく、私は祝祭の最終確認を兼ねて各領地へ赴かなければならない。……おそらく次に会えるのは祝祭の前日になるだろう。出来れば今、詳細な確認をしておきたいのだが。時間は許すか?」
今日のメインイベントのはずだった新しいドレスの試着も終えたし、予想外に飛び込んできた王様兼婚約者の父と会うという、大きな大きなイベントも終えた。
特段この後の予定も埋まっていないので、私は静かに頷いた。
「良かった。本当なら各領地のことも、あなたに実際に見て、知って欲しいところだが……。」
そう言って少しだけ溜息を吐き出したシルヴィオが、またも難しい顔をした。
「以前にも言った通り、いくつかの領地にはイグニスで生まれ育った人間と婚姻を成した者が在る。……故に、向こう側の協力者が居ないという保証もない。」
そういえば、アドリエンヌの話を聞いた時にそんなことを言っていたっけ。
……でも、もしかするとこれはチャンスというやつではないだろうか?
イグニス王国に赴くのが難しい今、フィレーネ王国内でイグニスで育った人たちの話が聞けるのだとすれば。
「……待て、ジュリ。今何を考えた」
「え?……えーと」
「まさか、イグニスを知る良い機会だなどと思わなかっただろうな?」
「そ、それはその」
「……図星か」
難しい顔でぐっとこめかみを押さえたシルヴィオは、そのままなんと言うべきか迷っているようだった。
……説得するとしたら、今しかない。
大きく息を吸い込んで、思っていることをまっすぐに告げる。
「シルヴィオ様。私はこの国に来て以来、深く知ることで勝手に抱いてしまった印象を大きく変えることが出来るのだと知りました。……シルヴィオ様のことだって、そうです。初めに会った時と今ではまるで違う」
「……ジュリ」
「だからこそ正しく敵を見極めなければ、闘うものも闘えません。果たしてイグニスという国を形作る、人そのものが悪いのか。それとも国の要として君臨する王様こそが悪なのか。……私はそれを知らないと駄目だって、心から思うんです」
言い切った私に、ひどく戸惑った様子のシルヴィオが何度か口をパクパクさせた。
「……いや、駄目だ。危険過ぎる。第一、お披露目の前に花姫様が各領地を訪れるなど……」
言いながら首を振って否定するシルヴィオを見て、ふと考える。
仮に花姫様として行くのが問題だとするなら。
……ひょっとして変装しちゃえば、問題ない?
祝祭当日だって変装をするのだし、そこまでの一週間くらい変装をしても何ともないのではないだろうか。
シルヴィオは祝祭の最終確認だと言っていたし、何かそこに上手く付いて行ける変装は。
「あ」
「あ?……ジュリ、何だその良いことを思いついたという顔は」
的確に指摘されて、思わずにんまりと頰が緩む。
「わかります?」
「……」
しばしの間の後、深い溜息と共にそのさらっさらの髪の毛をかき乱して、それから諦めたようにシルヴィオが座り直した。
「なんだ、……今度は何を思いついた」
祝祭の最終確認という仕事に追われる人間のサポート役といえば、これしかない。
頭の中で想像したのは、エドアルドに付き従う女性の姿だ。
「私、シルヴィオ様のメイドになります!」
「…………は!?」
驚き過ぎたシルヴィオの顔は真顔で、なんだかちょっと面白い。
「髪を纏めて、深く被った頭巾の中に隠して……それで、お仕着せも着てしまえばわからないと思うんですよねえ」
「それはたしかに……あ、いや違う。一体どうしてメイドに」
「……だって、その、シルヴィオ様がまたご飯を食べるのを疎かにしそうな気がしたので」
聞いたシルヴィオが、まさしく予想外の言葉だと言わんばかりに目を丸めた。
……咄嗟の思い付きではあるけれど、これは本心だ。
不意に天井に目を向けてしばらく一人で考え事をして、そうしてシルヴィオが静かに口を開いた。
「……決して正体を知らせず、隣国を知る為の策としては、たしかに。誰もメイドが花姫様だと思い至るわけがないからな。……しかし肝心のお仕着せはどうする?今から仕立てるのは難しいぞ」
うーん。お仕着せ、お仕着せ。
そうか、あの服もみんなちゃんと仕立てるものなのか。……いや、当然か。
ブルーナやリータに借りるという手も無くはないが、第二王子のメイドが借り物のお仕着せだというのはさすがに変だ。
お仕着せ。……お仕着せ?
なんか聞き覚えがある言葉だなあ。なんでだっけ?
何か少しでもそれっぽい服があれば良かったのになあ。
とはいえ、あの部屋にはお仕着せみたいなドレスなんて無かったし、諦める他ない……ん?待てよ。
まるで、お仕着せのような、服……。
「あります!」
「……あるのか」
勢いよく宣言した私に、半ば呆れ気味のシルヴィオが肩を落とした。
「初めてこの国に来た時に着ていた服ですよ!あれは、そう、ブルーナにお仕着せみたいだって言われたんです……!それなら使えますよね!?」
メイドとして連れて行ってくれますか?と興奮しながら問う私を見て、くしゃりと顔を歪めて笑ったシルヴィオが頷く。
「あなたはほんとうにどこまでも私の発想の上をいく人だよ。……わかった、ただし一日だけだ。祝祭に人手を割いている今、あなたを守る為の人員的余裕はほとんど無いからな。」
「わかりました!」
やった!これでイグニスの人と話が出来る!
地味な服、万歳!
私が喜んで頷くと、少し言いづらそうな様子のシルヴィオがゆっくりと視線を逸らした。
「……本来は、祝祭前日にあなたと街で一泊する予定だったのだが。その更に前日からメイドに扮したあなたを迎え、仕事をしながらでもイグニスの者に話が聞けるよう調整しよう」
そのまま思わず頷きかけて、耳に残った言葉で慌てて思いとどまる。
「はい。……はい?私と一泊、とは?」