警戒すべき対象
「さあ、父上と何を話したか聞かせてくれ」
……うーん、何を話したか、といえば。
難しい顔のシルヴィオに問われて、私は何と言うべきかを悩んだ。
聞いたことをそっくりそのまま全て話すとすれば楽は楽だけれど、それはきっと私の役目ではない。
……だってやっぱり、家族間のことは家族で話すべきだよねえ?
尚も悩みながら、かいつまんで話すことにした。
まずはアルヴェツィオが精霊の目と呼ばれる力を持っていたこと、力の意図とそれが故に臥せっていたこと。
「……父上が精霊の目を……」
「はい。なんでも対峙した人の未来が映るとか……」
「ああ、そうか。それで……」
「シルヴィオ様?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
何かを納得した様子で頷いたシルヴィオへ、精霊の目を手放したアルヴェツィオがこれから無事回復することと、その回復を待ってイグニス王国に捕らわれた精霊達の解放を共にする約束をしたことを話した。
「……待て、どうしてそうなる」
「シルヴィオ様と共に街に行った時、私が飛ばした花びらが浄化の力を持っていたみたいで。……その力があれば、精霊避けの呪いを解くことが出来るそうなんです」
私がそう言っても、難しそうな顔のシルヴィオが一人首を傾げた。
「何故、あなたがそのような危険な目に合わねばならないのか。」
何でと言われると、どこまで話して良いものか。
……精霊の血の話をすると、エドアルドのことも話さなければいけなくなってしまう。
うーん。私の口から話すべきでないことはなんとしても避けたい。
思考を巡らせて、パッと思いついた言葉で説得にかかる。
「せ、正義感からです!」
「……正義感?」
シルヴィオの訝しげな視線に悩んだ末に、ヴァルデマールが不老不死よろしく精霊を利用して生き永らえていることを話した。
「私はやっぱりそんなことを許せません!……そこで、捕らわれた精霊を解放すればヴァルデマールが力を失って……みんなが、救われるはず、なんです」
……あれ?ほんとうに?
力を失って、それからヴァルデマールが消えたとして。王が倒れたら、あの国は、イグニス王国はどうなるのだろう。
よくある、悪者を倒して平和を取り戻すような冒険譚のその先には、一体何が存在するのか。
語られるストーリーはいつだって主人公のもので、倒された側の話はあまり聞かない。
問題がありそうなイグニス王国にだって当然人が生きて、それぞれの日常を送っている。
今の王の在り方こそ、聞いた話でしかわからないけれど。
その王が倒れたら、そこに住む人々は、何を思うのだろうか。
私のこの両手に、幾千の人々の生活がかかっているのかもしれない。
そう、思えば思うほど。
……権力とは、何と重たいことか。
「ジュリ?」
不意に私を呼んだ声に、ドキリと心臓が跳ねる。
そうして我に返った私を、シルヴィオが心配そうに見つめていた。
「……シルヴィオ様」
「うん?」
深呼吸をして、まっすぐに思ったことをぶつける。
「私、イグニスという国を見てみたいです」
百聞は一見に如かず、だ。
何も知らないまま見も知らぬ人の生活を憂うより、まず、実際にその世界を見てみなくては。
私の言葉を聞いて見開かれた瞳が、不意にすっと伏せられる。
「駄目だ。」
シルヴィオがゆるりと首を振って、どうしてと問おうとした私へ小さく言葉を付け足した。
「あなたが何を思ったかはなんとなくわかるが……少なくとも今は、駄目だ。例え旅行船が出ていようとも、祝祭を控えた今どんな危険があるか分かったものではない。」
あなたは少し自分の存在の尊さを自覚しろ、と言うシルヴィオの手が、力強く握り締められていた。
「いつどこでどのように、あなたを狙うものが出てくるかわからないのだぞ。……それに、兄上がアーブラハムと連絡を取っていないことも気にかかる」
「……たしかに、そうですね」
計画の一員であるなら、やっぱり知らせない筈が無いもんね。
とすると、エドアルドは警戒すべき対象からは少し外れることになるのだろうか。
「そういえば、エドアルドが想っていた人って……フィルのことだったんですねえ。私びっくりしちゃいました」
「ああ。私も、兄上があの姿をしたフィルに会っていないことに驚いた。……何故、だろうな。」
あ。しまった、そうか。
フィルがあの姿を取るのは直系の血を継ぐ者と国に関する話をする時だけで、その血を継いでいないエドアルドとは単純に話す機会も無かったからで……ってこれは説明できないやつだ!
シルヴィオがこれ以上考えてしまう前に、なんとか誤魔化さなければ。
私は敢えて目の前の焼菓子を手に取って、なんでもないことのように首を傾げた。
「何故、でしょうね……?」
焼菓子を千切って口に運ぶと、難しそうな顔のシルヴィオにじいっとその様子を眺められる。
うう、食べづらい。
「……何か知っているな?」
思わずギクリと肩が揺れてしまって、後悔をしてももう遅かった。
「何を聞いた?」
……くう。もう誤魔化せないか。こうなったら勢いで通すしかない。
そっと焼菓子を置いて、姿勢を正して向かいに座るシルヴィオを見つめた。
「とても、私の口からは言えません。このことは家族でちゃんと話すべきことです。王様にも……アルヴェツィオ様にもそう言いました。」
「……いつだって私の言を先回りする父上が、まともに話をする筈が」
そう言いかけたシルヴィオの表情はどこか諦めにも似ている気がして、アルヴェツィオが少し恨めしくなる。
精霊の目の力の使い方を、あの人は大きく間違えていたのじゃないだろうか。
「私が……聞くべきでないことか?」
すっかりしょげた様子のシルヴィオに、私は思わず声を荒げた。
「っいいえ!きっと、いや絶対に回復したアルヴェツィオ様からお話があるはずです!もしもなければ私から喝を入れます!!だから……だから、それまで私を信じて待ってみてください……!」
勢いのままにそう言って、目を丸めたシルヴィオと見つめ合う。
「あなたが、父上に喝を……?」
「……あ。い、入れますとも。」
静かにそう問われて、私は後戻り出来ない事実に頷いた。……我ながら王様に喝を入れるってマジか。
少しの間があいて、シルヴィオが小さく笑いだした。
「あなたが、あの父上に喝を……っふ、ふふ……あなたはほんとうに……」
シルヴィオが笑ってくれたことに安堵しながらも、あまりに可笑しそうに笑うので少し唇を尖らせて問う。
「ほんとうに、なんです?」
「……いいえ。」
首を振って、それからお茶を飲んだシルヴィオの顔は、あの時の緊張が嘘だったみたいにいつも通りに落ち着いていた。
「あなたを信じて、父上の話を待つとします」
「ええ、そうしてください。……あと、シルヴィオ様もちゃんとご飯を食べてくださいね!」
微笑むシルヴィオに頷きを返して、ロベルトが用意してくれた昼食をすすめる。
私はもう昼食を済ませていたので、私の前には簡単な焼菓子とティーセットが用意されていた。
「この時間に昼食とは……お忙しいのでしょう?」
ティーカップを傾けて問うと、シルヴィオがわずかに苦笑した。
「そうだな、祝祭までわずかと思うと……つい公務を優先させてしまう。……いただきます」
それにあなたと摂れない食事は味気なく感じてしまって、と付け足すシルヴィオが少し寂しそうに笑った。
その笑顔の意図が別にある気がして、私はなんとも声をかけられないままで。
やがて昼食を食べ終えたシルヴィオが、やや重たそうに唇を開いた。
「ジュリ。これからしばらく、私は祝祭の最終確認を兼ねて各領地へ赴かなければならない。……おそらく次に会えるのは祝祭の前日になるだろう。出来れば今、詳細な確認をしておきたいのだが。時間は許すか?」