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私の出来ること



「聞いたぞ、プリンチペッサでの大規模なフィレーネレーヴのことを。……あの力はまさしく、不浄を洗い流す浄化の力であった。」



……浄化の力、浄化?

たしかにプリンチペッサの街では四人の男たちを相手に膨らんだ悪意を、光の花びらに変えて空に飛ばしたけれど。

あれがまさかそんな力を持っていたとは。

……けれど。


「……どうして、それを?」


アルヴェツィオを前にしたシルヴィオの横顔を見るに、あの時のことをシルヴィオが話したとは思えない。

レオにしても、シルヴィオに仕えている身としては話す筈がない。と、思う。


「私はこれでも王であるからな。情報を集めるのは仕事の内なのだ。」


そう言って、目を細めたアルヴェツィオが少し首を傾げた。


「戦わずとも、あのフィレーネレーヴをイグニスの城で行うことさえ出来れば。……さすれば呪縛は洗い流され、精霊達は解放される。そうなれば後のことは全て協力してくれるであろう。」

「……なるほど、それならたしかに。わたくしにも出来そうですね」


どんなお城かはわからないけれど、フィレーネレーヴの花びらを飛ばすだけで良いのなら、きっと気楽に出来る。


思い浮かべた自分の想像に頷いていると、不意にアルヴェツィオが眉間に皺を寄せた。


「ううむ。だが……」

「花姫チャン、問題はその城にどうやって入るかなのよ。そう易々と城へ招き入れてくれることはないでしょうし。」

「え?……そうか、精霊はお城の中でも秘密裏に隠されているんでしたね……」

「うむ。臣下にも存在を知らせていないとはいえ、城自体の警備は万全の筈。余程の強い想いであれば塞ぐ壁をも突き抜けて届くであろうが……。精霊達のいる場所がわからない以上は城のあちらこちらでフィレーネレーヴの重ねがけをする方が建設的だろう。その時間を稼ぐ為にも、誰かが共に行ければ良いのだが……イグニスの城となると我々には分が悪い。」


そこで突然、アルヴェツィオがひどく咳き込んだ。


「だ、大丈夫ですか!?」

「……ああ、失礼。私がこの呪いを受けた場所こそ、件のイグニスの城の一角だったのだ。おそらくあの城は……精霊由来の力を扱った者に、ただちに呪いがかけられるようになっている」


……それっていわゆる魔法トラップみたいなものかなあ。

ということはいざ発動したらすぐに勘付かれてしまうのだろうか。


「……もしや、ヴァルデマールはアルヴェツィオ様の呪いのことを?」

「いいや、知りはしない。私が受けた呪いは衰弱だ。徐々に抗う力を奪うもの……疑うべくもなく、あの城に閉じ込められた精霊達に向けてのものだろう」

「そんな、それを治す方法は……」

「それはもうわかっている。私の……精霊の目を手放せば、快方には向かうのだ。長いこと呪いを受けていたせいで、時間はかかりそうだが」


目を押さえながら静かにそう言ったアルヴェツィオが、ふと私を見た。


「……あの時、あなたが訪れる未来までをも知り得ていたならば。ここまで臥せる前に手放せていたかもしれないな」


そうして目を細めたアルヴェツィオに、ぎゅうっと胸が締め付けられた。

……この人もきっと、ずっと闘ってきたのだろう。身の内から溢れる呪いと、そして、この国を脅かす未だ見えざる敵と。


フィルと花姫様が手を取って興った国で、代々の王様たちから受け継いだ平和を、アルヴェツィオとナターシャが背中を合わせて闘い、守っている。


そんな、国だからこそ。

人々の笑顔の花が街に溢れたあの光景は、今も鮮明に覚えている。

そんな、人たちの為に。


……私の、出来ること。


「わかりました。……わたくしで出来ることでしたら、フィレーネ王国の為に尽力いたします」


ぎゅっと手を握りしめてそう言うと、一瞬驚きに揺れたアルヴェツィオが固く目を閉ざした。


「……ありがとう。ジュリア様。貴女がそう言ってくれるのなら、私もやっと、この力を手放せる。……フィル」

「ヴェティチャン……いいのね?」

「頼む。」


フィルが応えるように頷いて立ち上がり、アルヴェツィオの頭にそっと手をかざす。


「汝、精霊の目を持つ者よ。……その力に、永遠の別れを。」

「……」


アルヴェツィオが小さく何かを呟くと、その瞼から金色の光が揺らめいて、やがて砂の粒のようにさあっと消えてしまった。


しばしの間の後で少し顔色の良くなったアルヴェツィオが、それはそれは深い溜息を吐いた。


「……ああ、こんなにも違うものか」


すうっと開かれたアルヴェツィオの瞳は、先程までとは打って変わって透き通るような緑色をしていた。どこかでこんな色の海があった気がする。


「……人の目で見る世界は。」

「ヴェティチャン、気分はどう?」

「とても良い気分だ。……ジュリア様、この国では私以上にヴァルデマールの城を知るものは居ない。……だからこそ私が、貴女と共に行く。」

「えっ!?」


私が思わず驚きの声を上げると、アルヴェツィオが少し肩を竦めて見せた。


「私はもう決めたのだ。ただ貴女に頼むだけというのは王の名が廃る。……回復し次第にはなってしまうが、私は何があろうと、大事な息子の嫁を守ってみせるとも」


そ、そんなまさか、冒険に飛び出す勇者一行のパーティーに王様が加入するなんてこと、ある?

いやまあパーティーって言っても、無論、私しか居ないのだけど。


「そんな、たしかに、心強くはありますけれど……いや、いやいやその前に貴方にはやるべきことがあるはずです!」


大きくかぶりを振って、アルヴェツィオの緑の目をまっすぐに見る。


そう、そうだよ。

敵に立ち向かうのにまず大事なことは。


「……貴女の言う、やるべきこととは?」

「まず回復を第一に、それから味方をもっと増やしましょう!だって……貴方にはちゃんと話すべき人たちが、家族がいるでしょう?」


ナターシャも、シルヴィオも。それぞれの憂いを、私はもう知っている。


アドリエンヌとエドアルドのことは、まだよくわからないことの方が多いけれど。

善も悪も、その感覚自体、自分の立つ場所からの景色で大きく変わってしまう。


……だからこそ、ちゃんと話をしなければならないと思う。


諦めず、正しさを武器にせず、落ち着いて。

私の父と母が、いつだってそうしてくれたように。


「花姫チャン……」

「……そうさな。貴女の言う通り。せっかく共に在れる者とは、……共に闘わねばな。」


目を伏せてしみじみとそう言ったアルヴェツィオが、深く頷いた。


「じゃあ全てのことは祝祭の後に回しましょう。まずは例の計画の行方を確かめないと」

「うむ。私も回復を急ぐ。」


フィルが話をまとめてフィレーネレーヴを解除すると、すぐに扉の向こうからシルヴィオの声がした。

もしかして、話をしている間ずっと待っていたりしたのだろうか。


「……あらぁ。花姫チャンのことがよっぽど心配だったのねぇ。」


……心配?

一国の王アルヴェツィオと、精霊であるフィルの二人が居て、一体何を心配するというのだろう。


立ち去ろうとした私が小さく首を傾げたのに気付いて、アルヴェツィオが微笑ましげに目を細めた。


「ジュリア様、ひとつ言い忘れていた。……私の息子を、よろしく頼む。」



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