血の繋がり
「ああ。そのまさか。……シルヴィオの兄であるエドアルドは、私の実の子ではない」
そう言って、アルヴェツィオが目を伏せた。
これまで薄々感じていた、違和感の正体がやっとわかった。兄弟で似ているようで似ていない顔立ち、金と銀の髪の色。
それぞれの振る舞いが母譲りだとしても、あまりに違う異質な点。フィルの言った血の繋がりと、最大の疑問だったフィレーネレーヴを扱えるか、否か。
内から押し寄せる重たい空気に、私はごくりと喉を鳴らした。
「そのことを知っているのは……」
「私とフィル、そして貴女だ」
……重たい。異国から嫁いで王妃の座を物にし、その人から産まれた、異母兄弟だと思っていた兄が、決して血の繋がらない兄だなんて。
「……どうして、それをわたくしに?」
掠れそうになる声を必死に張って、アルヴェツィオの伏せられた目へ問う。
「それは貴女が、唯一無二、未来を変革させる可能性を持つ花姫様であるからということに他ならぬ。」
私が思わず首を傾げると、すぐに言葉が続けられた。
「私の目には力を使った分だけ、定められた先の世界が映る。その結果を変えようと努力をしても、結果的に変えられぬ未来があった。……それが、隣国イグニスの王、ヴァルデマールの干渉であったのだ。」
「……アタシも無理に先を見るのはダメって止めたんだけど、ヴェティチャンは聞かなくって。よりにもよってイグニスの地で精霊の力を使って、それで呪いを受けてしまったの。」
「それだけの価値がある情報は知り得たがな」
「んもぅ、それでこんなに臥せってちゃ割に合わないわよ!人間の寿命なんてほんとうに一瞬よ、一瞬。」
フィルの口振りから察するに、アルヴェツィオはそれからずっと床に臥せっているということだろうか。
「……そこまでして、知り得た情報というのは……わたくしが聞いてもよろしいのでしょうか?」
「ああ、勿論のこと。アドリエンヌがヴァルデマールに推薦されてこの地に来たことはもう聞いたであろう?」
私が肯定に頷くと、アルヴェツィオも一つ頷いて、やがて話し出した声に少しの怒りが滲むのがわかった。
「アドリエンヌはヴァルデマールによって利用されたのだ。夢見た領主の可能性を父に奪われ躍起になっていたところに、自分に体を捧げれば、良いように取り計らってやると。つまり……エドアルドはヴァルデマールの血を継ぐ子供だということだ」
そのあまりの衝撃に、私は言葉を失ってしまった。
たしかに、たしかに話に聞いた振る舞いはそっくりだと思ったけれど。
だってきっと、この世界ではこの人と決めた人と結婚するまで異性に肌を晒さないのが当たり前のはずなのだ。少なくともブルーナはそう教えてくれた。
そんな世界で、自分の地位の為、まして他国の王へ嫁ぐために自分の体を許すだなんて。……そんなの、間違ってる。
私が思わず拳を握ると、アルヴェツィオが少しだけ視線を逸らした。
「私には、すぐに彼女を救う手立てが思い浮かばなかった。……もう、腹に子を抱えてしまっていたからだ。ヴァルデマールにその子の存在を知られれば、おそらくすぐに殺されてしまう……だが、ヴァルデマールの栄華が枯れ果てた時、その時にこそ、彼女と彼女の子を羽ばたかせねば、と。そう、思ったのだ。……だからこそ、私は一晩の眠りのフィレーネレーヴを施して、アドリエンヌを王妃として娶り守ることにした。」
「……そのことを、どうして……せめてナターシャ様にはお話ししても良いのでは」
「いいや。敵を欺くにはまず味方から、というであろう?」
「はい……?」
「……ナターシャやシルヴィオに話していない理由は、ヴァルデマールの目から皆を守る為でもあった。人の心が抱く正しさというのは、時に自らをも傷付ける凶器にも成り得る。私は私なりに、手の届く範囲で守ろうとした結果なのだ」
結局はイグニス王国との因果を変えられず、今もこうして問題を抱えてしまっているが。とアルヴェツィオは寂しそうに目を細めた。
「それでも、宿った子には何の罪もない。私は父として、真にエドアルドに接してきたつもりだ。シルヴィオと同じく、本当の息子だと思っている。……が、そう上手くはいかないものだな。ジュリア様、せめて父として、息子のしでかしたことを詫びさせてはくれまいか」
寂しそうな強面が力無くクッションにもたれてそう言っている状態が、なんとも歯痒くて仕方がない。
この人は間違いなくお父さんで、親の心子知らずとは間違いなくこのことだ。
……お父さん。
幼い私が友達と喧嘩をして、お互い傷つけ合った時、一緒に謝りに行ってくれたっけ。
その時お父さんは苦い顔で、ってお父さん?……あれ、お父さんの顔が普通に思い出せる。
そう、そうだよお父さん!
あの時一緒に行ってくれたけど、お父さんは絶対に何も言わずに、私が謝るのをちゃんと待っていてくれたんだ。
失われたパズルのピースがカチリとハマった感覚に勢いづいて、私の口から勝手に言葉が溢れ出す。
「嫌です!」
「……なに」
「わたくし、思うのです。罪人から産まれた子供には罪がないように、また罪人を産んだ親にも罪はないと。あくまで、罪は罪。しでかしたことの責任を取るのはその本人でなければなりません。ですから、わたくしは絶対にアルヴェツィオ様の詫びなど受け取りません!」
私がビシィッと胸を張ってそう言い切ると、途端にしんと部屋が静まり返った。
そうして、隣から小さな振動が伝わってくる。
「っく、くく……あーっはっは!ごめん堪えらんない!」
やがて吹き出したフィルの笑い声が響く中で、アルヴェツィオが少し可笑しそうに目を細めていた。
ああ、やっぱりあれが笑顔なんだ。……もっと、みんなとちゃんと話し合えたらいいのに。
そうしたらきっと、利用されたというアドリエンヌも、反抗心のあるエドアルドも、一人で闘うナターシャも、あんなに緊張していたシルヴィオも。……もしかしたらみんな、分かり合えるのじゃないだろうか。
「はー!花姫チャン最ッ高!」
一通り笑ったフィルが、私の背中を軽く叩いた。
「ほぅらヴェティチャン、アタシの言った通りの子でしょう?」
「ああ、そうさな。やはり、貴女はこの国に定まった未来を変えられる人だ。……そこで貴女にもう一つ、伝えておきたいことがある」
フィルへ向けて一つ頷いて、それからアルヴェツィオが怖い顔をした。
「私が身を犠牲にして知り得た情報のもう一つ。……それはヴァルデマール王が精霊の生き血を使って、本来の人間の寿命よりずっと生き永らえているということだ。」