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詠唱の打ち消し



「ジュリア。詠唱が違うぞ」



シルヴィオの顔をまじまじと見つめて、思わず瞬きを繰り返す。


「え、でも写しを打ち消す詠唱はディ・スタンパだと……」

「ああ、そうだな。」


そう言ったシルヴィオがしばし私と紙の束を見て、やがて一人納得したように頷いた。


「……そういうことか。あなたは自分で気が付いていないのだな」

「……はい?」

「今まであなたが成してきたフィレーネレーヴの詠唱は、私の知る限り独特な言葉や発音のものだったはずだ。」


言われて初めて、今まで使うことの出来た魔法を思い起こしてみる。

その場の勢いだったり、かっこつけたかったりと理由は様々だが、わりかしオリジナリティの高い文句ばかり唱えていたような気がする。


「……言われてみれば、たしかに」


たしかに、この国に元からあった詠唱では一つも成功していない。

あの時点ではほとんど聞き慣れない発音だった上に、見たことのない魔法ばかりでいまいちイメージが湧きづらかったからかもしれないけれど。


「先ほどあなたが唱えたのはたしか、スタンプ……だったか?」

「……あ。」

「普通はスタンパ、一音違いだな」


少し視線を巡らせたシルヴィオに指摘されてやっと、今まで打ち消せなかった理由が理解出来た。まさかたった一文字の違いだったとは。


「くう、判定が厳しい……!」

「ジュリア。一音違いといえど、それは大きな違いだ。……一度放った力を打ち消す以上は、必ず同じ詠唱をしてその事象を否定しなければならないからな。フィレーネレーヴの種類によっては、倍の労力が必要になることもある」


だからこそ、詠唱は皆で決まったものを扱ってきたのだが。と言って肩を竦めたシルヴィオに、少し申し訳ない気持ちでしゅんとする。

事ここに至るまで打ち消すことなど想像もせず、大分自由に唱えてきてしまった。


「……とはいえ」

「はい……」


……これはやっぱり、今からでもちゃんとしろって怒られる?


そうして恐る恐る見上げたシルヴィオの顔は、私の予想に反してとても楽しそうに笑っていた。


「とはいえ、だ。ジュリアの柔軟な発想には驚かされることも多いからな。あまり型にハマりすぎるのも良くないのかもしれない」

「そうですわね。わたくし、先ほども驚かされたばかりですもの」

「ええ、確かにこのフィレーネ紙の案も、大変素晴らしいものでございました」

「……そう、そうですか?」


もしかして、いや、もしかしなくても褒められてる!?と私がぱっと表情を明るくすると、不意に額をトンと指先で小突かれる。


「その代わりきちんと自分で記憶して、把握しておかなければならないぞ、ジュリア。」

「……はい、以後気をつけます」

「よし。では早速試してみるといい」


失敗した紙の束を視線で示され、私は今までと同じように花石を握って手をかざす。

想像するのは、失敗した全ての線が消えるところだ。


……今度こそ。


「ディ・スタンプ!」


私の詠唱に応じて握った花石の光がパッと飛び出して、紙の束の光と合わさってシュワシュワと消えていく。


……うん、手応え、あり!


全ての光が消えたところで紙の束を隅々までチェックしてみる。

いくらじっくり見ても、フィレーネ紙にはただ一つの線も残っていなかった。


「やっ……りました!やりましたよ、シルヴィオ様!」


思わずガッツポーズをしそうになったのをなんとか堪えて、パチパチと小さく拍手を繰り返す。


「……ああ。問題無く打ち消せているな。」


しかし嫌に大げさだな、と言いながらシルヴィオが笑って頷いてくれる。


私の中では大げさも大げさだ。

だってこれでやっと、ブルーナに発覚させることなく、あのくっきりはっきりしたテーブルのお知らせを消せるのだから!


リータと二人で協力してどれだけ隠すことに努めてきたか……。

一人しみじみとそんな事を考えていると、少し言いづらそうな様子のシルヴィオが一枚のお知らせを手に取って見せた。


「きちんと成功したところで、……この知らせだが」

「消しませんよ!?」


さっと両手で印刷済みの紙の束を庇うと、それを見たシルヴィオがすいっと視線を逸らした。


「……いや、そうか。ジュリアはそれでいいのか?」

「それで、というのは?もうこれだけ写しちゃったので、今から変更なんてとてもしたくないのですが……」


やっぱり嫌だったのかな、という考えが過って言葉尻が弱くなってしまう。


「……ブルーナ、どう思う」

「まあ、まあ。婚約のお知らせですし、ねえ。……それにこんなにも美しい絵なんですもの。やましいことを考える方もそういない筈ですわ」

「ええ。……むしろ策としては、お二人の親密さが感じられてより有効かと」


三人の会話に何か含みがある気がして、私はただ一人首を傾げた。


うーん。頰にキス、何か覚えがある気がする。

……なんだっけ?


「母上の考えることはよく……いや、そうでもないか。」


思い出せないまま、そう言うシルヴィオを見ると、その顔にはもうあの時感じた寂しさは無さそうだった。

……ちゃんと、親子で良い話し合いをできたのかな。


「わかった。母上の描き加えた通り、これで全て写そう。……正直、時間もないからな」

「はい!」


シルヴィオの顔は特段嫌そうでもなく、至って真面目にそう言って作業に取り掛かった。


ロベルトとブルーナも少しずつではあるもののみんなで手分けをして進めていき、昼食を摂る頃にはその大半を写し終えていた。


「……もう一息だな、少し休憩をしよう」


シルヴィオの一声で簡易な昼食の場が設けられ、サンドイッチを手に残りの紙の束を眺める。


「よし、あとはこれだけか。無事間に合いそうだな。……早速ではあるが、夕刻には手配した馬車が到着するはずだ」

「では明日か明後日には、この素敵なお知らせが配られるのですわね……!」


うっとりとお知らせの紙を眺めてそう言うブルーナはなんだかいつものリータみたいで、やっぱり親子なんだなと少し面白くなった。

……親子といえば。


「そういえば、ナターシャ様は何か仰ってましたか?」


飲んでいたお茶を置いて問うと、シルヴィオも同じようにカップを置いた。


「そうか、まだ伝えていなかったな。まず表向きの動きとして、アーブラハムに注意と謝罪をさせるべく後程母上がここに来られる。」

「……なるほど?」

「そしてこちらの策としてそれまでに粗方の知らせは運搬を終わらせ、その上で敢えて残した紙をアーブラハムに運ばせることになった」

「それは大丈夫、なんでしょうか。」


さすがにまるごと奪われることは無いにしても、ここをこじ開けようとしたアドリエンヌと密なやり取りがあるのは間違いないのだ。


「だからこそだ。束ねる紐に仕掛けをして、アーブラハムによってどれだけの紙が奪われるかを確かめる」

「そういうことでございましたか。ではわたくしは敢えてアーブラハムに隙を見せることにいたしましょ」

「そうだな、ロベルトもそうしてくれ」

「承知いたしております」

「わ、私は……」


自分がどうすべきかを問おうとしたタイミングで、外に立つ衛兵がレオとリータの来訪を告げた。

ロベルトが二人を迎え入れると、昨日に比べてずっと元気そうなレオの姿に安堵する。


なんだか珍しい組み合わせだな、と思っていると二人が譲り合って口を開いた。


「昨日はありがとうございました。お知らせの運搬用の荷馬車が続々到着しておりますので、私はそのご報告に」

「わたくしはマウラ……いえ、仕立て屋からの手紙を受け取って参りましたので、ジュリア様に急ぎお知らせをと思いまして」


裏門で偶然会って、どうしても進む方向が同じだったので一緒に参りましたと二人が笑う。


リータが仕立て屋のことを親しげに呼ぶのもそうだが、なんだかレオと笑い合っているのも微笑ましい。

私のメイドになってから、リータがより楽しく過ごせているのだとしたらそれはとても嬉しいことだ。


にまにまとレオとリータの二人を眺めていると、昼食を終えたシルヴィオが立ち上がった。


「思ったより早く着いたな。アーブラハムに気取られる前に、残りの写しを急ごう」



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