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お知らせの印刷会





翌朝私が目を覚ますと、天蓋の向こうからはすでにブルーナやリータの動き回る音が聞こえていた。


どうやらアドリエンヌとの話には中々の労力を必要としたらしい。

よく眠った実感にぐっと伸びをして鈴を鳴らし、朝食を済ませて着替えを終える。


今日は、今日こそはお知らせの写しを終えなければ。

ブルーナにお知らせを持ってもらい、衛兵と共に談話室へ向かう。


談話室の横に立つ衛兵はちょうど交替を終えたところで、昨日フィレーネ紙を渡した一人の姿も見えた。


「花姫様おはようございます!昨日はありがとうございました。」

「おはようございます。いいえ、……喜んでいただけましたか?」

「ええ、それはもう、娘の喜びようは凄まじいものでした!」

「ふふ、それは何よりです。本日もよろしくお願いしますね。」


娘との会話を思い出して優しく笑う衛兵とにこやかに挨拶を交わし、ブルーナに開けてもらった談話室へと入る。


今日は曇りではあるものの、比較的明るく思えるので幾分か作業はしやすそうだ。


「ディ・スオーノ。ディ・フェンデレ。」


ブルーナがいくつかのフィレーネレーヴを施したところで、よし、と気合を入れてお知らせの紙を受け取った。


テーブルに置かれた紙の束のひとつへそれをそっと重ねて、花石を握る。


今まで成功したのはあくまで数枚重ねた時だったけれど、そんなやり方では時間がいくらあっても足りない。

……一か、八か。


「まあ。ジュリア様、一度にそのような量は」


いくらなんでも、と止めにかかるブルーナを半ば無視して、手をかざした紙の束へ光のインクがどこまでも浸透していく様子を想像する。


強く光ったお知らせの線をしっかりと頭の中でなぞって、勢いのままに口を開いた。


「……すたんぷ!」


瞬時に青い光が増したと思うと、それはすぐに紙の束へ吸い込まれていく。


「ジュリア様……こ、これは……」


紙の隙間から漏れる小さな光が底の辺りまで達したところで、私は恐る恐る紙の束をどかしてみた。


前回までと違って量が多かったおかげなのか、幸いにして談話室のテーブルは無事だった。

一人でほっと安堵する私を不思議そうに見ながら、紙の束を解いたブルーナがすぐさま驚きの声を上げた。


「まあ、まあ。なんということでしょ……」


その声の響きに力が無く、慌ててブルーナを振り返る。


「し、失敗でしたか?」


問いかけながらブルーナの視線の先を見てみると、そこは綺麗に写されたお知らせでいっぱいだった。


予想通り、いや、予想以上にシルヴィオとナターシャの絵の線と、花模様のフィレーネ紙が引き立てあっていて、さながら一枚ずつが絵画のように思える仕上がりだ。


「ジュリア様、素晴らしいですわ!成功も成功、大成功でございます!」


ブルーナとわっと喜びに沸いたのも束の間、それはすぐに単調な作業に変わってしまった。

同じことを数回繰り返して印刷済みの紙の束が半分を過ぎた頃、談話室の外にいる衛兵から声がかかった。


「シルヴィオ様方がお越しでございます。」


ブルーナがシルヴィオとロベルトの二人を迎え入れると、談話室はすぐに甘い香りに包まれた。


「遅くなってすまない、ジュリア」


挨拶を交わしながら今にもぐうと鳴りそうなお腹をさっと押さえると、それを見たシルヴィオが屈託無く笑った。


「差し入れだ。お茶の用意を」


ロベルトが用意してくれたお菓子と、ブルーナの淹れてくれたお茶でほっと一息吐く。

思いのほか集中して頭も体力も使っていたのか、花の蜜が混ざった焼き菓子がこの上なく美味しく感じられた。


「しかし、もうこんなに写しを進めているとは。……さすがとしか言えないな。」

「いえ、まだまだこれからです」


夢中で口へ運んだ焼き菓子をお茶で流し込んでそう言った私に、シルヴィオが肩を竦めて笑った。


「簡単な昼食も用意してある。適宜休んで進めていくとしよう」


腹が減ってはなんとか、なのだろう?と言うシルヴィオに大きく頷いて作業を再開する。と、思ったよりもすぐにシルヴィオの動きが止まった。


「……これはなんだ、ジュリア」

「なにって、……あ」


シルヴィオが見つめているのは、一枚のお知らせの紙で。……そういえば、ナターシャとのお茶会の場で絵を描き足してもらったことは言ってなかったっけ。


「すたんぷ!」

「どうして私と、その、このような」


ひとまずやりかけの写しを終わらせてから話そうと思ってシルヴィオを横目に見ると、小さく、キスを、と問うように唇だけを動かされた。


キス、唇、という連想でシルヴィオの柔らかな感触を思い出して、かっと頰が熱くなる。

酷く動揺したせいか、線をなぞる青い光が半ばで消えてじわりと染み込んでいった。


「そ、それはその、ナターシャ様が、婚約のお知らせには婚約者も居なければと描き足してくださったものでして」

「母上……」


小さく溜息を吐いて目を伏せたシルヴィオに、何故だか胸がざわつく。

……嫌、だったのかなあ。


わけもわからず内心で落ち込みながら、今写したばかりの紙の束を見る。


「あっ!?」

「どうした!?」


途切れ途切れの線が写されてしまった紙束を呆然と見ていると、それを確認したシルヴィオがなんと言うこともない様子で笑った。


「なんだ、少し失敗しただけか」

「なんだとはなんです、私にとって失敗は大きなミスで……!」

「打ち消せばいいだろう?」

「……出来たらやってますよぅ!」


私の言葉に少し驚いた顔をしたシルヴィオが、ゆっくりと首を傾げた。


「これだけのことを成しておいて、まさか」


打ち消す方を失敗したのかと問われてゆっくり頷くと、難しい顔をしたシルヴィオにもう一度やってみるよう促される。


一呼吸置いて、手を置いた紙の束から写した線が消えるのをイメージした。もちろん、花石も光る。

ここまではいい、ここまではいいのだ。


「……ディ・スタンパ!」


しかし私が決まった詠唱の言葉を唱えると、青い光はやはり、すぐに霧散してしまう。


居た堪れなくなってシルヴィオを見ると、難しそうな顔が静かに唇を開いた。


「ジュリア。詠唱が違うぞ」



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