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フィレーネ紙の価値



「お見事。」



ロベルトの言葉を合図に今にも拍手をしそうな衛兵達の賛辞も受け取って、少しだけ首を傾げてみせる。


「わたくしはただ思ったことを言ったまでです。そう、褒められたことではありませんわ。……そんなことよりも貴方達、お怪我はありませんか?」


私がそう聞けば、やや目を潤ませた衛兵達が何度も首を縦に振って頷いてくれる。


「そう。それは何よりです。……よく守り通してくれました。」


そう言ってありがとうと微笑む私に、衛兵達は揃って自分の胸元に手をあてる礼をしてくれた。


この段階で計画の要である紙そのものを奪われていたとすれば、後々に訪れるその皺寄せはとても大きなものになってしまう。


あのアドリエンヌと正面から向き合って尚、逃げずに留めてくれた二人の功績はいかばかりだろうか。


「何か、ご褒美をあげられると良いのですけれど……」

「め、滅相もございません!我々はただ、与えられた任務を遂行したに過ぎませんので……っ!」

「……貴方達、家族はいらっしゃいますか?」

「家族、でございますか?」

「わ、私には父母の他に妻と娘が居りますが……」


体を張って国中のみんなを守ってくれる衛兵の一人一人にも、当然家族は居て。

国という大きな枠組みの中でも、決して見逃してはいけないのはこういうところだと思う。


「では尚更です。貴方達の守るべきものは、たくさんあるのですから。……ロベルト、こういう時には何が良いのでしょう?」

「は。……そうですね。兵の間では、特別な紋章入りのコインを渡したりすることはございますが」

「コイン、ですか……」


この国の通貨は三種類のコインだというのは教わったけれど、まだ実物は見たことがない。

本にあった絵では三種類それぞれに違った花が彫り込まれていて、コインの材質によって彫られた花も、価値そのものも違うようだった。


たしかそれは金貨、銀貨、銅貨の順で、一番価値の高いコインが薔薇のように花びらが多く、二番目がチューリップのような膨らんだ花、三番目が桜のような花びらの少ないものだったはずだ。


……しかし、そのコインは元より、私には彫るべき紋章も無い。

どうすべきか考えあぐねていると、衛兵の一人がとても遠慮がちに声を上げた。


「……あの、おこがましいことだとは、重々承知の上で、ひとつよろしいでしょうか」

「なんでしょう?」

「よ、よろしければ、花姫様の染められたフィレーネ紙を一枚いただけないでしょうか」

「はっ!それは私も是非いただきたいです!」

「……フィレーネ紙、ですか?」


予想外の言葉に思わずきょとん、と目を丸めてシルヴィオを見ると、それに気付いたシルヴィオがふっと笑った。


「あれは知らせとして配るものだが、その前の状態のフィレーネ紙が欲しいということだな?」

「は、仰る通りでございます」


それでも尚小さく首を傾げた私に、衛兵は慌てて言葉を付け足した。


「娘が、ですね。花姫様にとても憧れておりまして……」


何と言ったものかと悩みながら言葉を探す、その父の顔が、なんだかとても懐かしく感じられた。

そういえば私も昔、お姫様になりたいと駄々を捏ねて、父を困らせたことがあったっけ。


……お父さんあの時、こんな顔してたのかな。

ちくりと胸を刺す痛みにはっとして、まだ言葉を探す衛兵に笑いかける。


「わかりました。それで喜んでいただけるのでしたら。ロベルト、お願い出来るかしら」

「ええ、只今。」


ロベルトと頷き合ってフィレーネレーヴを解除してもらうと、意外にも談話室の扉が内側から開かれた。


「……お待ちしておりましたわ」


そう言って複雑そうな表情を浮かべたブルーナが出てくると、手に持ったフィレーネ紙を衛兵達へ手渡してくれる。


「ジュリア様、こちらの守りは彼女にお願いをしておりました。」

「ブルーナ、」

「……少々、無茶をなさいましたわね。お腹も空かれたことでしょ?」


私がお礼を言う間も無く、さ。ひとまずお部屋に戻りましょ、と笑うブルーナに頷いて、シルヴィオへ向き直る。


「シルヴィオ様」

「……ええ、私は母上に報告に参りますので、本日はこの場にて。」


そうして談話室にフィレーネレーヴを施し、シルヴィオとロベルトの二人と別れて自室へと戻った。


昼食を食べながら、ふとフィレーネ紙の価値について考えてみた。

新しい染め方で二つとして同じデザインは無く、伝承の花姫手ずから染め上げられた紙。

……もしかすると、紙じゃないものを染めた方がもっと価値があるかもしれない。


何かしら普段から使えるものを染めることが出来れば、お礼として渡すにも相応しいものが出来る気がする。


私が一人頭の中であーでもないこーでもないと試行錯誤を繰り返すうちに、外はあっという間に夜になっていた。


今日のうちに少しでもお知らせの写しを進めるはずだったのに、私はいつの間に寝る体勢を整えたのだろうか。

……十中八九、ブルーナがなんとかしてくれたに違いない。


「おやすみなさいませ、ジュリア様」


就寝の挨拶をしてこの場を去ろうとするブルーナに、手短に今日あったことのお礼を述べて、それから私はすぐに眠りについた。



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