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害意を持つ者



「……レオナルド、無事で良かった」



私は敢えて二人の表情を見ないように顔を伏せて、こくこくと頷いた。


「ええ、本当に」


そうして来た時と同じように土の道を進んで離れの扉へと向かう。

来た時には気付かなかったけれどお城側の扉とはデザインが違って、こちらは歴史を感じる門扉のようになっていた。


門と言っても、やはりお城にあるものとは造りも色合いも違うので、どうしてもこの空間が地続きの世界のようには思えない。


……精霊の血を継いだ者が扱える力、最初の花姫が授けた力、力の伝道師フィレーネ・レーヴ。

この関係はたしかに繋がるけれど、私の中で未だ繋がらないことがいくつかある。


シルヴィオはこの離れを保管庫だとも言っていたし、またここに来ればわかることがたくさんあるのだろうか。


なんとなく修学旅行の帰り道のような気持ちで振り返ると、心地の良い風がお別れをするように草木を揺らしていた。


「……」


無口なシルヴィオと共に、花石を握って門扉に手をかける。眩い光と一緒に、やっぱりふわりと体の浮く感覚があった。


これはもしかすると、空間全体にレオの使っていた精霊結界みたいな効果があるのかもしれない。

また今度詳しく聞いてみようと思った時には、既に薄暗い廊下に戻っていた。


どれくらいの時間が経ったのかはわからないが、変わらず窓の外は嵐のようだった。


「戻られましたか、お帰りなさいませ」


声の主はちょうど扉の横にいて、思わずびっくりして振り返るとそこにはロベルトが立っていた。


「ああ。ただいま戻った。母上に連絡は」

「済んでございます」

「……花姫様、大事な用が出来てしまいましたので、例の作業は明日にさせていただいてもよろしいですか」

「ええ、もちろんですわ。わたくしは先に進めて参ります。……ナターシャ様によろしくお伝えくださいませ」


そのあとは特別言葉を交わすでもなく、談話室までの道程をシルヴィオに手を引かれて歩いていく。


ふと廊下の先から聞き覚えのある甲高い声と、ふくよかさを感じる口調の男性の声が聞こえてきた。


嫌な予感がしてシルヴィオの顔を見るとその表情はやはり強張っていて、どうにか回避しようにも目的の談話室まではもう目前だった。

そして、よりにもよって二人の声が響いていた場所は。


「このわたくしが開けろといっているのですよ」

「そうでございます!アドリエンヌ様がこう仰っているのに、ならぬとは何事か」

「で、ですが、こちらは今花姫様がお使いになられておりますので……」


慌てた声は守りを指示された衛兵のものだ。


「この城で王妃のわたくしに隠れてコソコソと何をしているというのです」

「か、隠れてなどは」

「フン、埒があきませんわ。そこを退きなさい」

「な、何を……!」

「こんな扉くらい、っきゃあ!?」

「アドリエンヌ様ぁ!?」


一瞬廊下が明るくなったと思うと、すぐに甲高い悲鳴で満たされる。


ロベルトを先頭に談話室に着いた私たちが目にしたのは、少し焦げ付いた扉と、その前で尻餅をつくアドリエンヌの姿だった。


「ご、ご無事ですかアドリエンヌ様ぁ!?」

「これが無事に見えるのですか!?早く助けなさいアーブラハム!」


あわあわと助け起こされて、アドリエンヌの鋭い目がこちらを向いた。


「あらあら、まあ。黒髪に黒い瞳……花姫様とは貴女のことですわね。……わたくしに挨拶も無しに一体何をなさっているのかしら」

「あなたのご興味の及ばないことですよ、第一王妃様。」


すっと私を庇うように立ったシルヴィオが少し強張った笑みで言うと、事もなげにアドリエンヌが首を傾げた。


「あら、居たのですね。第二王子。わたくしの目にも入らない貴方には聞いておりませんわ。」

「な、」

「わたくし貴方の声が嫌いなの、貴方には聞いていないのですからその口を開かないでくださる?」

「……お言葉ですが、アドリエンヌ様こそどのような用向きでしょうか」


アドリエンヌの言葉に揺れたシルヴィオが口を開くより早く、ロベルトが穏やかに笑って問う。


「私が見たところ、けして穏やかではないようですが」


問われたアドリエンヌは、ロベルトが視線で示した焦げた扉を一瞥して鼻を鳴らした。


「フン、この国に訪れたばかりの花姫様が危ない真似をなさっていないか確認してさしあげようとしたまでです。……わたくしは善意でしたのに、扉にこのような仕掛けをするだなんて」

「それは申し訳ございません。私は害意を持つ者がこの扉を無理に開けようとした時に発動するよう施したものですから……てっきり、何か他意があるものと」


決して引かない姿勢で笑うロベルトに、アドリエンヌが目に見えて狼狽えた。


「っな、まさか、そんな……おほほ。何かの間違いでしょう!?」

「……間違い、かもしれませんね」


ひとつ頷いたロベルトが敢えて逃げ道を作ってそう言うと、アドリエンヌはこの場を去るでもなく途端に調子を上げて私を睨みつけた。


「そうでしょう、そうでしょうとも。さあ、この部屋で何をなさっているのかしら!?事と次第によっては、花姫様といえど許されなくてよ」


……一体この人はどうしてこんなにも上からものを言えるのだろう。

明らかに扉に危害を加えた証拠もあるし、何より私たちがそれを見ていたというのに。


それに、それにだ。

その目つきが、言動があまりにもエドアルドそっくりで。


「……アドリエンヌ……様」


小さく名を呼び返したところで、ふと夢で見た幼いシルヴィオの泣き顔と、ナターシャの話を思い出す。


……ああ、虫酸が走る。


滲み出そうになる嫌悪感を令嬢スマイルで素敵に隠して、少しばかり首を傾げて見せた。


「ごめんなさい。わたくし、自己紹介もされていない方のことを覚えることは難しくって……どちら様でした?」



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