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人の皮を被った化け物



「……これが、私の見聞きした一部始終です」



淡々とそう言ったレオの顔は、しかしとても苦しげに歪められている。


私がなんと言うべきか迷っていると、隣のシルヴィオが難しそうな顔で口を開いた。


「レオ、良く働いた。……よくぞ、ここまで働いてくれた。」

「いえ、あのような呪いをまともに受けてしまった身として、勿体ないお言葉でございます……」

「そうだな。レオのその心意気はありがたく受け取るものとして……もう少し、その身を大事にしてくれ」

「……は」

「私の足で、耳目で、旅の友なのだろう?……レオナルド、その身をまず第一に考えると心せよ。」


不機嫌そうに眉を寄せたシルヴィオを見て目を丸くするレオの姿は、人間なんだけどやっぱりどこか猫っぽい。


「……シルヴィオ様はレオのことを、それはそれは気にかけていらっしゃいましたよ。」


小さく笑って、もちろんわたくしも。と付け足すと、レオは少しばかり申し訳なさそうに笑った。


「以後、肝に銘じます。」

「そうしてくれ」


大きく頷いたシルヴィオが、その勢いのまま背もたれに寄りかかって天井を仰ぐ。


「しかし、精霊避けの呪いにヴァルデマールとの会合とは……まずいことになったな。考え得る最悪の事態だ」

「最悪の事態って……あの、そのヴァルデマールという方はどちら様なのでしょう?」


一人合点のいかない私に、レオが少し肩を竦めながら答えてくれた。


「ヴァルデマール・イグニシア。……イグニス王国の現国王で、我々精霊の間では人の皮を被った化け物だと言われています」


よりにもよって精霊達にそんなことを言わしめる人物とはどういった人なのだろう。

……たしかに私の知る世界でも、大きな権力を持った人間の横暴な話はよく目にはするけれど。


「……まあ、なんということでしょう。いったいどんな理由で、」

「ジュリア様。聞かない方が、知らない方が幸せなこともございますよ」


レオに誤魔化すような笑顔でそう言われて、私は思わず首を横に振った。


「いいえ、アドリエンヌは意図はどうあれわたくしのことを狙っていると言いましたもの。その口から名前の上がった国王もきっと無関係ではないのでしょう?」


ならば、聞かなければならない事だと思うのです。私がそう言うと、少し驚いた様子のレオが何かを確認するような目でシルヴィオを見た。


しばらくレオと視線を交わし、小さく頷いたシルヴィオが溜息を吐く。


「決して淑女へ話すような内容では無いので掻い摘んで話すが、端的に言えば精霊も人間も関係なく……全ての生が自分の為に存在していると思っている男だ。……女は欲の為に、男は金の為に、な。」

「……そんな」


そこでふと誰かさん親子を思い出して身震いがする。

……まるでそっくりではないか。この親にしてこの子ありなだけでなく、この王にして、となるとまたなんて大規模な話だ。


「ジュリア様。ヴァルデマールの統べる城や懇意にしているいくつかの領地には、数多の力を持った精霊が特殊な呪いによって縛り付けられているのです。……その大半が力を封じられているせいで、非道な情報はあまり外部に漏れませんが。」

「……そして、イグニス王国の民のほとんどが精霊の存在など知らないまま生かされている。自分が精霊の力の恩恵を受けているとも知らず、未だ見ぬ精霊を憎むものもいるくらいだ」


二人の話を聞けば聞くほど、ぎゅうっと胃が締め付けられる。

縛り付けられ、力を奪われ、長過ぎる寿命の終わりをただ待ち続けるというのは一体どれほどの苦痛だろうか。


「……助け、られないのでしょうか」


私が声を絞り出してそう言うと、シルヴィオは悲しそうに眉を寄せた。


「あなたはそう言うと思っていた。心苦しくはあるが……精霊避けの呪いは強力で、精霊の血を継ぐ私達も例外ではないのだ」


それに、迂闊に手を出せばすぐにでも民を巻き込む戦争が起こるだろう。と呟くシルヴィオの瞳は憂いの色に満ちていた。


……あれ?


「えっ、あの精霊の血って……ん?ああ、そうか……そうでした。なるほど、だからこの国の人たちがフィレーネレーヴを扱えるのですね!」


この国の興りがフィルと初代花姫から始まったもので、みんなが精霊と手を取り合って暮らしてきたのだとすれば。

私はここへきてやっと、みんながあの魔法を使える理由が理解できた。


「あれ、」

「……ジュリア?」


……あれあれ?

じゃあなんで、私に使えて、エドアルドには使えないんだろう。


アドリエンヌが使えないのはわかるとしても、フィレーネ国王の血を継いでいるはずのエドアルドはどうして。


私が一人首を傾げているうちに、レオとシルヴィオの間で話が進められていた。


「たしかにヴァルデマールとアメルハウザー領は懇意だからな……しかも今度の祝祭では貴賓として招く約束まである」

「厄介ですね……」

「ああ。問題はあの方……アドリエンヌとヴァルデマールの意図がどう合致しているかだが」

「しかし……そうなれば、あの方の口振りからするにシルヴィオ様もジュリア様もとても危険な状況になってしまうのでは」


そこではっとしたシルヴィオが少し考えてから得意げに笑う。


「それは心配ない。我が花姫様がとっておきの策を用意してくれたからな」

「……ジュリア様が、策を?」


シルヴィオがレオと別れてからの今までのあらましを説明すると、レオがそれは楽しそうに笑った。


「素晴らしい案でございます」

「そうだろう?知らせで混乱させ、素知らぬ顔で花嫁と花婿の列に紛れ……決まりごとが制定されたところでやっと私たちが姿を現す。全ての企みを潰し切れるかはわからないが、無事やり遂げればこの先の対抗策を得ることが出来る」

「それに祝祭の場で決まったことを覆そうとするものがどれだけ居るかで、フィレーネ王国における向こうの手の内をあぶり出すことも出来そうですね」


そう言って笑ったレオが、不意に自分のお腹を押さえた。


「どうした、」

「っ……まだ少し、呪いの影響が残っているようです。この感じは……あの方が戻られたものと、」

「なに!?大丈夫か、レオ」


勢いよく立ち上がったシルヴィオを手でどうどうとなだめて、レオが苦笑を浮かべた。


「大事ありません、少し嫌な感覚が残るくらいで」

「……今日はもう休め。知らせの配布もあることだ、これから忙しくなるぞ」

「はい、そうさせていただきます。……しかとお伝え出来て良かった。ナターシャ様にも、よろしくお願いいたします」

「ああ、」


レオをベッドに横にならせて、シルヴィオが私をエスコートして部屋を出る。

そこで少しだけ振り返ったシルヴィオが、顔をくしゃりと歪ませて、泣きそうな顔で笑った。


「……レオナルド、無事で良かった」



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