呪いの一部始終
「改めて名乗らせていただきたく思います。私の精霊としての名はレオナルド、貴方の意のままにお呼びください。私は貴方の足であり耳目であり……旅の友でございます」
そう言って顔を上げたレオとシルヴィオが、全てをわかり合ったような笑顔で頷き合う。
そんな二人の微笑ましさに頰を緩めていると、レオがこちらを見てもう一度礼をした。
「花姫様にも、改めてのご挨拶を。……混乱させて申し訳ありませんが、これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」
……そういえば、初めてレオと会った時はまだまだ淑女なんてものではなかったし、レナードと会った時には、わざと淑女を装っていなかったんだっけ。
ここはひとつ、ちゃんと淑女としての挨拶を返さねば。
だってこの世界で初めて挨拶をしてくれた人だもんね。礼には、礼を。
「レオナルド、……としてはお初にお目にかかりますね。改めてわたくしも名乗らせていただきましょう。わたくしは幾代目かの花姫、ジュリアと申します。……こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
ドレスをふんわりと膨らませて、小さな礼をして見せる。そうしてゆったり微笑んだ私を見て、レオが金色の目を丸くさせた。
「……いけない、いけない。……あの、ジュリア様はどうか今までと変わらずレオとお呼びください。」
「……どうしてですか、レオナルド?」
慌てて視線を逸らしたレオに小さく首を傾げて問うと、なんとも複雑そうな顔で何度も口を開け閉めする。
「ああその、その名で呼ばれると……恋に落ちてしまいそうです」
「…………へ?」
レオの予想外の言葉にぱちぱちと目を瞬かせると、私を庇うようにシルヴィオの腕が伸ばされた。
「なっ!……レオ、それだけはダメだ!」
「わかっています、わかっていますとも!……ですがこう、初めてお会いした時に比べてジュリア様の努力がわかるお姿だとか、きちんと私のようなものを認めてくださる姿勢だとか……」
「レーオーナールードー」
「はっ……そう、それにその、精霊はどうも名を呼ばれることに弱いのです。惹きつけられるといいますか。……ですから、ジュリア様。私のことはどうか、変わらずレオとお呼びください」
「……わ、わかりました。……レオ?」
面と向かって恋に落ちそうだなんて言われた上に、やたらと褒められて自然と熱くなる頰を覆ってそっとレオの名を呼ぶ。と、それを見た二人の表情がすっと真顔になった。
「ふう、……やっぱりジュリア様はいいですね」
「……本題へ入れ、レオナルド」
少しピリッとした空気に慌てて姿勢を正すと、シルヴィオの言葉に頷いたレオが空中に青い光を浮かばせた。
「ではまず、お二人と別れた後のことを」
レオがそう言うと、ふわふわと浮かぶそれは丸くなって、やがて何かを映し出した。
プリンチペッサの街を、ガラガラと音を立てる一台の馬車が駆けていく。
視界は馬車の屋根に跳んで、振動音と共に数人の話し声が聞こえる。
『……今日は祝祭の下見のつもりでしたのに、まったく余計なことを。お前達を商人として城に出入りさせるのも難しくなってしまったではありませんか』
『あ、アドリエンヌ様、申し訳ありません……しかしあの女、凄まじい力を使ってたんです。あれじゃあ本番だって、』
『そうです、俺なんかこんな有様で』
『だまらっしゃい!言い訳など聞きたくはありませんわ、見苦しい。』
『すみません……そ、それにしてもあの力は一体』
『……あの力はフィレーネ王国特有の精霊の力です。この国の血が流れる者にしか扱えないはずですけれど……ああ、忌々しい。あの者をどうしてくれようかしら』
『あ、あの女はエドアルド様の妻に据えて、ご子息の王位を確たるものにするのでは、』
『……ええ、ええ。そうでしたわね。そうでした。そうして病に臥せった王も、失態を元に立場を無くす第二王子も、第二妃もろとも居なくなってしまえば……あの国は間違いなくわたくしのものですわ。おーっほっほっほ』
揺れる視界が、大きな船の並ぶ港を映す。
『しかし、その為には……あの力は厄介ですな……』
『ふふん。わたくしにかかれば、その程度。なんでもないことですよ』
『というと、何か策がおありで?』
『もちろんですわ。我がアメルハウザー家に伝わる呪いを使えば、精霊など、ただの奴隷に過ぎませんもの。』
『ははあ、さすがはアンドレアス・アメルハウザー様のご長女様だ』
『……お黙りなさい』
『へっ』
『その名を二度と口にしないで。でなければ、お前の口をもう一度として聞けないようにしてさしあげます』
『で、でもご立派な父上では』
『あんなもの、父などではありません!……女だからという理由だけでわたくしが志した領主の道だけではなく、国内での縁談まで断った……あんなもの、』
話の途中でガタンと大きく視界が揺れたかと思うと、馬車が船の横に乗り付けられ声の主らしき五人が降りてくるのが見えた。
一人はゴテゴテ婦人ことアドリエンヌ、そしてあとの四人は街で私を捕らえようとした男たちだった。
『とにかく、いまは計画をしっかり煮詰める時です。ひとまずヴァルデマール様にお会いしなくては……、なんです?』
アドリエンヌがこちらを見ると、さっと動いた視界が馬車の屋根に固定された。
『どうされました?』
『あの、猫は……いつからわたくしたちの馬車に……』
『猫……?』
『……そういや、あの女にも赤毛の猫が付いてたな』
『っお前達、あの猫を捕らえなさい!』
アドリエンヌの甲高い命令の後で、屋根から船へ、船から屋根へとしばらくの逃走劇が繰り広げられた。
『……金色の目……間違いないわ。忌々しい、精霊め……我に近付くその身を焼き尽くさん、フォイア!』
狂ったように叫ぶアドリエンヌが一枚の紙を燃やして投げると、瞬く間に全ての視界が閉ざされた。
『……フン。随分手こずらせてくれたわね。さあ、お前達。急ぎイグニスへ戻りますわよ』
その言葉を最後に、空中に浮かんだ青い光が消えていく。
「……これが、私の見聞きした一部始終です」