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旅の友



「……レオが、目を覚ましました」



ロベルトの重たそうな口から出た言葉に、私は思わず息を呑んだ。


「それは本当か、……体調は」

「ええ。花の精霊様が仰るには、明日にはもう動き回っても問題無いとのことでございます」

「……そうか、」

「しかし、レオはすぐにでもシルヴィオ様とお話がしたいと聞かぬもので……」


その言葉を聞くなり、シルヴィオがすぐさま扉へ向かって踵を返した。


「シルヴィオ様、」

「……場所は」

「花の精霊様の離れでございます」


わかった、とひとつ溜息を吐いて出て行こうとしたシルヴィオの袖を、ぐっと引っ張って追い縋る。


「あの、わたくしも行きます」

「……そうだな。ロベルト、この談話室には厳重な鍵をかけておいてくれ。」

「承知いたしました」


ロベルトに扉を開けてもらい、シルヴィオと廊下へ出た。


「衛兵、ブルーナには花見に行く、と伝言を頼む。」

「はっ!」


扉の横に立つ衛兵にそのまま談話室を見張るよう指示を出して、シルヴィオと二人でお城のずっと奥へと進んでいく。


私の手を引くシルヴィオの手は少し汗ばんでいて、心なしか歩調も速い。


ざっと窓に降りつける雨は嵐のようで、その激しさで間近なシルヴィオの感情すらも探ることは難しい。


しばらく廊下を進み、初めて目にする大きな扉の前へたどり着いた。


そっと私の手を解放したかと思うと、そのまま花石を握って見せた。


「花姫様、花石に御手を」


そう言いながら片手を扉に触れさせ、シルヴィオに視線で促されて同じ体勢を取ると、突然それぞれの花石がパッと光った。


どんよりとした暗い廊下で突如として輝く光の眩しさに思わず目を閉じると、ふわりと自分の体が浮く感覚があった。


「っ……!?」


覚えのない感覚に慌てて目を開けた私の視界には、さっきまでとはまるで別の世界が広がっていた。


さあっと穏やかな風が吹くその場所を私は全く知らないはずなのに、どうしてだか知っているような気になってしまう。


「ここ、は……」


辺りには艶やかな草花が揺れて、広い池のような水面にはよく知った桜の花びらが流れていた。


足元には人が踏み固めたような道が出来ていて、その先には古き良き日本とも言うべき、大きな木造建築があった。


「……まさか」


ほんのさっきまで、これぞ西洋建築、これぞ西洋文化という建物に囲まれていたのに、私が今居る雅で風流なこの場所は、どう見ても。


「まさか、日本……!?」


そう言いながらばっと真横を見ると、シルヴィオがなんとも不思議そうな顔で首を傾げた。


「ニホン?……ジュリア様、ここがフィルの管理する離れです」

「と、ということは、ここが花姫様の……」

「ええ。お部屋の一部……にしては随分と趣向を凝らした造りだな……」


ぼそりと呟いた声に首を傾げると、シルヴィオが軽く肩を竦めて見せた。


「実は私も実際に目にするのは初めてなのだ。……わざわざフィルに会いに来る用向きも無かったからな」

「な、なるほど……」


この場所を見ていてなんとなく胸がざわざわするのは、私に流れる日本人の血がそうさせるのだろうか。


決して見知った場所ではないのに、懐かしさと、込み上げてくる温かさで胸がいっぱいになる。

……どことなく、古くからの縁を感じるような。


シルヴィオに手を引かれて、土の道を進む。

ドレスが汚れないように注意していると、不意にレオの声がした。


「……シルヴィオ様!ジュリア様!」


その声のした方を向けば、幾分か顔色の良さそうなレオが木造建築の一室から覗いていた。


建物の周囲を囲む長い外廊下に面したところにはいくつもの引き戸があって、レオの居る部屋以外にもたくさんの部屋があるように見えた。


「レオ!」


ベッドから立ち上がろうとしたのが見えて二人で慌てて駆け寄ると、レオが申し訳なさそうに眉を寄せた。


「申し訳ありません、わざわざ足を運んでいただいて……本来であれば私が出向かなければ、」

「そんなことは良い、レオ……」


首を振ってレオの言葉を遮ったシルヴィオが、続く言葉に迷ったように沈黙した。


「……体調は、大丈夫です。シルヴィオ様、ご心配をおかけしました」


ふっと笑って、レオが段になった廊下へ手をかざす。と、レオの手から放たれた青い光がはらりと散るように消えていった。


「いまフィレーネレーヴの結界を解きました。どうぞ、お二人ともお入りください。」


……いま結界って言った!?

これはいわゆる魔法結界ってやつ!?

いや、むしろ精霊の結界か!?とぐんと上がりそうになるテンションをぐっと堪えて、和室にベッドというなんとも今時な組み合わせの室内に踏み込む。


……どうやら靴はそのままで良いらしい。そこに違和感があるのは、恐らく私だけなのだろう。


促されるままシルヴィオとソファーに並んで腰掛けると、レオの金色の瞳がすうっと細められる。


「お二人とも……まずは、申し訳ありませんでした。私の正体はご存知の通り、精霊であり……元は猫の姿をしています。騙すような真似を、」

「待て。」

「……シルヴィオ様」


ぴしゃりと言葉を遮ったシルヴィオが、厳しい目でレオを見る。


「騙す、と言ったか?」

「……はい。私はずっと昔から貴方を見守るよう、フィレーネより申しつかっておりました。……結果、このような、貴方を騙してしまうような事態に……」


表情の変わらないシルヴィオとレオのやりとりに一人あわあわしていると、シルヴィオが難しそうな顔をしながら頬杖をついた。


「何か、勘違いをしていないか」

「……勘違い、ですか?」

「私の足と背後を任せたのはレオで、旅の友はレナードだ。……一体、私は何を騙されていたというのだ?」


まさか、私への忠心に嘘があったのか?と問われたレオが慌てて首を横に振る。


「滅相もございません!」

「……ならば、私は何も騙されてはいないだろう?」


シルヴィオがニヤリとした笑みを浮かべて、それからふと思い出すように自分の顎へ手をあてた。


「それに、私は……レナードと話せたらどんなに楽しいだろうかと、幾度思ったか。……謂わばひとつ、夢がかなったようなものだぞ」


だから騙したなどという言葉は二度と口にするな、とシルヴィオが笑った。


「……シルヴィオ様、……ありがとう、ございます……。」


しばらくぼうっとシルヴィオを見つめて、レオが眩しそうに笑った。

そうして、意を決したように唇を開く。


「……本題の前に、一つだけよろしいでしょうか」

「なんだ?」


すっとベッドの上で姿勢を正して、レオが胸に手をあてる礼をした。


「シルヴィオ様、改めて名乗らせていただきたく思います。私の精霊としての名はレオナルド、貴方の意のままにお呼びください。私は貴方の足であり耳目であり……旅の友でございます」



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