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フィレーネ紙



「……シルヴィオ!?」



がばっと起き上がって叫ぶと、天蓋の布の向こうから慌ただしく駆け寄ってくる気配がする。

隙間から見える光は朝のものだった。


「ジュリア様!?どうなさいました!?」


すわ何事かと心配に揺れる声の主はリータで、私は慌てて取り繕う。


「い、いえその……少々夢見が悪かったのです。大事ありませんよ」


混乱する精神を落ち着ける為にも、手櫛でさっと髪を整えてからリータに身支度をお願いする。


……夢、夢か。

私は一体何でまたあんな夢を?

ま、まさか私、夢に見るほどシルヴィオに会いたい、……とか?


いやいや、そんな。まさか。

……それにしても、可愛らしかったな。


きっとシルヴィオを小さくしたらあんな感じのはずだし、ひょっとすると私の想像力って天才的なんじゃなかろうか。


そんなことを考えながら朝食を済ませて、ここ数日の日課となったてるてる坊主を作る。

もう慣れたものだ。形も大分美しくなった気がする。


窓に五つ目のてるてる坊主を並べて、睡眠不足のぼーっとした頭で外を見た。


階下に見える花や草葉が雨粒できらきらと光って、モコモコとした雲を浮かべる空も心地よい。


まるで今朝見た夢のような……って、うそ、晴れてる!?


「ジュリア様!?」


私が思わず窓を開け放つと、五つのてるてる坊主が暖かい風に吹かれて飛んだ。


「こ、これは……ヴェルーノの訪れですか!?」


風に吹かれる髪を押さえながらリータを振り返ると、しばらくの無言の後でようやく頷いてくれた。


「は、はい、おそらく、……まだもう少しの間天候は落ち着かないかとは思いますが」

「そうですか、では急がねばなりませんね。リータ!」

「っはい!?」

「急ぎ、シルヴィオ様に連絡を。それと手の空いたものはみんな、持てるだけの白紙を持って裏門のあるお庭へ集まるように伝えて頂戴!」


私の指示で慌てて部屋を出たリータを見て、何の騒ぎかと掃除を中断したブルーナにも指示を出す。


いつの間に用意したのか、紙をまとめる為の紐をいくつも抱えたブルーナと衛兵と共に、私は裏門へと向かった。


いつもしんとしている廊下にはがやがやとした声が響いていて、それは私の目指す先から聞こえていた。


「……まあ」


庭へたどり着くと、短時間でよくこれだけ集まったものだと思うくらいの人数が丹念に白紙を並べている。

その中心にいる銀髪が、こちらを向いて笑った。


……くう。私はよりによってなんで、いま、今朝の夢を思い出すんだ。

夢は夢!今は紙をちゃんと染めないと。


「皆、静まれ!花姫様のお越しだ」


シルヴィオの一声で、さっと人々の口が閉ざされる。

お仕着せを着ている人が大半なので、おそらくみんな仕事を中断して集まってくれたのだろう。


隣へ立ったシルヴィオと視線で頷き合って、庭全体を見渡して口を開く。


「みなさま、よく集まってくれました。ヴェルーノもこうして微笑む良き日、力を貸してくれたみなさまに感謝します。……どうか良い花の導きがありますように」


淑女の礼をひとつして、集まってくれた人の顔を順番に見て微笑む。


たったそれだけで、人々の口から感嘆の息が漏れた。


……ふー、祝祭の挨拶の練習もしといてよかった!

内心で安堵しながら、人々が退いて広い範囲が白に染まった庭を見る。


……挨拶以上に、これは失敗できないぞ。


ぐっと花石を両手で握って、青い光の中で想像する。


一面に広がった白が、接した色をすっと吸い上げるところを。

大丈夫、植物同士、仲良くなれるよ。


私の想像が端に見える紙まで広がった時、花石から出た青い光がぶわっと膨らんでいく。


「どうかその力を貸して、コローレ・スポイト!」


私がそう呟くと、ぱあんと弾けた光が庭全体に降り注ぎ、白い庭がみるみる緑に染まっていく。


晴れ晴れとした庭に、わっと人々の歓声が上がる中、シルヴィオだけが曇った顔をしていた。


私が袖を引っ張って首を傾げると、それに気付いたシルヴィオが一枚の紙を取って、耳元で囁く。


「ジュリア、全て緑に染まったわけではなさそうだが……良いのか?」


言われてじっくり見ると、たしかに緑に染まってはいるが、所々に花の模様が出来ていた。

まるで庭を切り取ったカラーコピーのようで、全ての紙はそれぞれに模様が異なっている。


「すごいぞ、花姫様のお力は本物だ……」

「なんて素敵な紙なのでしょう」

「こんな紙、わたくし今まで見たことがありませんわ!」


シルヴィオの心配をよそに紙を手にした人々の感想は好評で、今更私の想定と違うなどと言える雰囲気でもない。


「ジュリア様、この紙にもお名前をつけてはいかがでしょう!?」


うっとりしたリータがいくつもの紙をまとめながら、興奮した様子でそう言うと口々に賛成の声が上がっていく。


……名前、名前。

そこでふと、ベールに名前をつけた時のナターシャの喜ぶ顔が思い浮かんだ。

よし、この際統一してしまおう。


「そうですね、では……みなさまと、この尊い大地の力をお借りしましたので……新たに、フィレーネ紙と名付けましょう」


まるで最初からそのつもりだったかのように振る舞いながら笑うと、紙を集めてくれる人達から盛大な拍手が起こった。


「シルヴィオ様、フィレーネ紙はこれより特産物として売買されるのですか!」

「わたくし、是非買わせていただきますわ」

「私も是非!」


思わずシルヴィオと顔を見合わせて、ぱちぱちと瞬きをする。


これがお金になるだなんて考えてもなかったけれど、この好評ぶりを見るに、収入を得るには中々良い策な気がする。

そうすれば、きっとみんなにお礼も出来るし。


「……これは、私達の婚約の知らせとして皆に配布を行うつもりだ」


そう言い切ったシルヴィオににこりと笑いかけて、先の言葉を引き継ぐ。


「けれど、みなさまに望まれるのであれば、わたくしは是非、このフィレーネ紙を広めて参りたいと思います」


ぎょっとした目でこちらを見るシルヴィオに肩を竦めて見せると、シルヴィオも仕方なさそうに肩を竦めた。


「花姫様がこう仰っているのだ、今度の知らせは宣伝でもある。丁重に扱うように。……皆、集めた紙は談話室に運んでくれ」


そうして人々の手で談話室に運び込まれたフィレーネ紙の束は、もはや壁のようだった。


束の間の晴れはもうどんよりとした空模様に変わって、写しをすると決めた私の心も曇っていく。


「……凄まじい量ですね」


呆然と紙の壁を見つめる私に、シルヴィオが軽い調子で笑った。


「晴れを呼べても、この量には音をあげるか」

「……やれます!」


私がむっとして腕を組むと、シルヴィオが更に楽しそうに笑う。


「ひとまず昼食を済ませてからにしてはどうだ?その後であれば私も手伝おう」

「……ほんとですか!?」

「ああ。それまでに仕事を片付けてくる」


そういえばリータが写しが苦手なこと以外、他に誰が得意だとかそんな話は聞かなかった。まさかこんな近くに写しを行えるものがいたとは。

……でも、自分も忙しいだろうに。


不意に、談話室の扉が叩かれた。


「噂をすれば。……リータかブルーナが迎えに来たのではないか?」


シルヴィオが扉に向かうと、意外にも外から聞こえた声は。


「失礼をいたします。ロベルトでございます」

「……どうした?」


扉を開けて迎え入れたロベルトは、いつにも増して嫌に真面目な顔をしている。


「……レオが、目を覚ましました」



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