夢
ーーナターシャとお茶会をしたその晩、中々寝付くことの出来なかった私は、一人夢と現実の狭間をたゆたっていた。
何が現実で、何が自分で、何が夢なのか。
眠りの闇にとぽんと沈みそうになっては、ふわっと現実の暗闇に戻ってくる。
そんなことを幾度か繰り返しているうちに、私は久し振りに夢を見た。
現実の暗闇も、微睡みの闇も無く。
そこはどこまでも続く綺麗な花畑と、ふかふかな芝生。
たくさんのお花が風に揺れて、ひらひらと花びらが舞っていた。
『きれーなばしょ……』
わたしの言葉がどこまでも響くように広がって、その先で一人の男の子がしゃがんでいた。
『……ないてるの?』
わたしがそう聞くと、銀色の髪のきれいな男の子がびっくりした顔でこっちを見た。
『っぐす、だ、だれ!?』
『わたし?わたしは、じゅりだよ』
わたしはちゃんと自己紹介をしたのに、男の子はあわてて後ろに下がろうとした。
びっくりさせちゃったかな?
……でも失敗して、ぺたんと寝転がっちゃった。
『ねえ、きみは?』
『……ぼく、ぼくは、』
近くに行ってみたら、なんだか男の子は口をぱくぱくさせて困っているみたい。
『なまえ、わかんないの?』
わたしが手を出しながら聞くと、男の子が首を振った。
『う、ううん。……なまえ、はじめてきかれたから』
びっくりして、って言いながら、男の子がわたしの伸ばした手を取った。
『ありがとう、ぼくは、しるゔぃお』
『……しるび、お?』
『うん、ぐす……』
『しるびお、なんでないてるの?』
ぐしぐし言ってるのが気になって、わたしは起き上がった男の子の隣に座ることにした。
『けがしてる?』
聞かれた男の子が、小さく首を振る。
近くで見るうるうるした目はまっさおで、ラムネのビー玉みたいに綺麗だった。
『じゃあどうしたの?』
『……ぼくのお母さまじゃないお母さまが、ぼくをいじめるの』
『えっいじめられたの?いたい?』
胸のあたりをおさえて、男の子がとっても苦しそうに言う。
『うん……ここが、いたい』
『そんなのひどい!……みせて』
『え?なに、するの?』
わたしが触ると、不安そうな男の子がそっと手をどかした。
『だいじょーぶ、いたいいたいの、とんでけー!』
なでなでしてビューンと痛いのを飛ばすと、男の子はすぐにびっくりした顔で自分の胸をなでた。
『わ……すごい、すごいよ、いたくない!』
『でしょ!?』
『ねえ、どうやったの!?』
きらきらした目で聞かれて、それがまるでわたしのお母さんを褒められているみたいで、すごく嬉しくなった。
『うっふっふ。お母さんが教えてくれたの!こうしてなでなでしてとんでけってするんだよ!』
そう言ってぐーんと空に伸ばした手を、男の子にぎゅうっと握られた。
『ありがとう、じゅり!』
『うん、いたくなくなってよかった!』
手を繋いだまま、二人でにこにこと笑い合う。
しばらく好きな遊びの話をしたりしたけど、しるびおはあんまり遊んだことがないみたいだった。
お兄ちゃんがいるけど、そのお兄ちゃんも全然遊んでくれないんだって。
『……ねえ、じゅりは夢はある?』
『ゆめ?ゆーめー』
お菓子屋さんも美味しくて好きだし、お花屋さんも可愛くていいけど、もっと可愛いのがあった気がする。
『……あ、おひめさま!わたしおひめさまになりたい!』
『ほんと!?』
わたしがそう言うと、しるびおは今までで一番楽しそうに笑った。泣いてるより、こっちのがずっといい。
『ぼくは、ぼくはね、おうじさまになって、おうさまになりたいんだ!』
『わあ!そうなんだ!』
『ねえじゅり、ぼくのおひめさまになってよ』
しるびおの、おひめさま?ってどういうことなんだろう。
『どうやってなるの?』
『うーん。……お母さまは、お父さまとけっこんして、おひめさまになってた!』
『じゃあわたしも、しるびおとけっこんしたら、おひめさま?』
『きっとそうだよ!』
『そっかあ!じゃあわたし、しるびおとけっこんする!』
『やった!じゅり、やくそくだよ』
『うん!やくそく!』
二人のてのひらをぱちんと合わせて、秘密の約束を笑い合う。
花びらが風にのって、二人を祝福するみたいに踊っていた。
笑い声がどこまでも木霊して、やがて二人の姿が遠ざかっていく。
黒い髪の女の子と、銀色の髪の男の子。
わたしはだれで、しるびおはーー
「……シルヴィオ!?」