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お茶会の始まり



「……此処は、どなたの部屋でしょう……」



部屋が、見違えている。


眠る前まではたしかにいつも通りで、テーブルや棚に花が飾ってある程度だったのに。


「何を仰います。間違いなく、ジュリア様のお部屋でございますよ。」


そう言うブルーナの背後には、今やあらゆる場所にたくさんの花が飾り付けられていて、その様子はまるで誰かのお誕生日会のようだ。


「そう、そうよね……その、なんと言いますか、少々派手なのではないかしら」

「まあ、まあ!花姫様のお部屋に王妃様をお呼びするのですよ、うんと飾り付けなくてどうします?」


眠気の残った頭で必死に言葉を選んだつもりが、逆にブルーナのやる気を焚きつけてしまった。

飾られた花々は部屋の雰囲気を損ないすぎることもなく、かと言って下品でもない。たしかに全体のバランスは良く、綺麗ではある、が。


「……そ、それにしても限度が」

「いえ、いいえ、ジュリア様!王妃様と花姫様のお二人を囲む花々ですもの。これくらいでなくては!」


掃除を終えたらしいリータが、そう言いながらなんとも清々しい顔で笑った。


「ええ、ええ、たしかに綺麗ですけれど……」

「ふふ。朝に摘んだものですのよ。お茶会をなさるお二人に相応しく、とても瑞々しいでしょう?」


ブルーナとリータが、張り切ってお互いの仕事を報告し合う。それがまたいつにも増して楽しそうで、私は静かに口をつぐんだ。


この親子がこうなってしまえば、私にはどうすることもできまい。……もう、何も言うまい。


朝食を済ませてすっかり閉口した私を、鼻唄でも歌い出しそうな程楽しそうに飾り立てて、二人が満足そうに笑う。


「ジュリア様、本日のドレスも本当によくお似合いですわ」

「ええ、決してこの部屋に眠っていたドレスとは思えないほど……まるで咲きほこる花そのもののようでございます……」


ほう……と感嘆の溜息を吐く二人に促されて自分の姿を見る。


淡い黄色のドレスは全体にレースの花があしらわれていて、ふわりと広がったスカートの内側が緑色なのか、裾にかけて淡いグラデーションが出来ていた。

ふと髪型に目をやると、ドレスと似た黄色い花々が髪の毛にも編み込まれていた。


……いささか私を飾る花も多いような気がするが、王妃様とのお茶会と考えるとこれが普通なのだろうか。


「お茶もお菓子も、ナターシャ様のお好みで揃えましたわ!きっと気に入っていただけるはずでございます」


軽い昼食を勧めながら、興奮気味のリータが教えてくれる。


「……そうでした、すっかり任せっきりでしたね。お茶会が無事に終わったあとで、二人にも何かご褒美を用意出来ると良いのだけど」

「そ、そんな、ご褒美だなんて」

「滅相もございませんわ、ジュリア様!」


慌てて首を振る二人の顔には、余程の早起きをしたのか、うっすらと隈が見える。


改めて考えると、私はこの国に来てからみんなにお世話になりっぱなしだ。……何か、お礼が出来ないだろうか。


「何が良いかしら……」

「何も必要ございません、わたくし達はただ、自分の仕事をしただけのことでございます」

「そう……二人が、そう言うのなら」

「ええ、ええ。ジュリア様のお気持ちだけで、大変嬉しく思いますわ」


本当に心からそう言っている、というのが伝わってくるような笑顔で、ブルーナがリータと頷き合う。

……あ。そういえば、ブルーナとナターシャには何か関係がありそうだったな。


「……いっそナターシャ様にご相談してしまおうかしら」

「なっ……そ、そのようなことは」


ぽろっと漏らした私の言葉で驚くほど動揺した二人へ、少しからかうように笑って肩を竦めて見せる。


「冗談ですよ。」


何と言っても、今の私には財力もない訳だし。ナターシャに相談しても、その結果この国の資金が使われてしまうとすれば意味がない。


フィレーネ王国は王政だからこそ、民を第一として、皆から生活状況に応じた税を徴収し人を雇って道の整備や建物の修復などを行なっている。

この国に生きる全ての者の為なればこそ、余剰が生じた際には、祝祭での祝い金という形で税を返すこともあるとか。


ちなみに王家で使われる資金は主に外交と治安維持の為で、最初は王家を慕うものから寄付という形で寄せられたらしい。

しかし今日では、寄付金を元に種々の設備を増強して、他国との取引も盛んになり輸出入の税収入だけで全ての資金をまかなっているそうだ。


繰り返すが、今の私は異世界から来た一文無しだ。

いくら伝承のお姫様と騒がれてもこの国のお金をほいほい使う訳にはいかないし、かといって特段お金を稼ぐ方法も思いつかない。


……せめて、何か記念に残るような、喜んでもらえるようなものでも作れたら良いんだけど。


ひいふうみい、とお礼をしたい人物を指折り数え始めたところで、外の衛兵がナターシャの来訪を告げた。


ハッとして顔を上げると、いつの間にかテーブルの上には綺麗なティーセットが並べられて、その中心には目にも鮮やかで美味しそうなお菓子たちが用意されていた。


これぞ、準備万端。お茶会の始まりだ。


頭の中で一人呟いて、ブルーナへ頷きながら席を立つ。


「どうぞ、お入りいただいて?」


ふわりと広がるスカートを正して、扉が開くのを待った。


「……失礼いたします。」


ブルーナに付いて部屋へ入ったナターシャが、淡い青と薄い灰色の中間を取ったような滑らかな質感のドレスを少し広げて、膝を落とした礼をする。


「ジュリア様、不躾なお誘いでしたのに、お受けいただいたこと。本当に嬉しく思います。……寛大な貴女のその御心に、どうか良い花の導きがありますよう」


そう言って、ナターシャがふんわりと笑った。

相変わらずシンプルな形のドレスなのに、ナターシャが手に取るだけで何倍にも美しく見える。


「ナターシャ様にも、どうぞ良い花の導きがありますよう。」


ふふ、と応えるように笑って、同じように礼を返す。


「……わたくしも、ナターシャ様とお会い出来ることを心待ちにしておりましたの。ですから、こうしてお迎え出来たことを、とっても嬉しく思っていますわ」

「あら、まあ。ふふ、このお部屋もわたくしの為に準備してくださったのでしょう?素敵だわ」


席を促して、しばらくにこにこと淑女らしい挨拶を交わしていると、不意にナターシャが真面目な瞳をした。


「……ところで、ジュリア様。わたくしお願いがあるのですけれど」

「まあ、どのようなお願いでしょう?」


私が問いかけると、リータが淹れてくれたお茶を一口飲んで少し顔を綻ばせる。


「ロベルトの味だわ。……ありがとう、リータ。ブルーナも。」

「も、勿体無いお言葉でございます」


二人へ順番にお礼を述べると、私へ向き直ったナターシャが含みのある笑顔で言う。


「人払いをしてくださるかしら?」



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