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季節の変わり目



「……駄目、なのか?」



シルヴィオの問いに、更に頭をひねる。


白紙に青い線、この青を緑に……。

うーん、なんだっけあの、三色で色を作るやつは。

青と、赤と……黄色、そう、黄色だ!


しかし、それがわかったところで肝心の色を混ぜる方法がわからない。


むむ、せめてこのインキが薄い色だったら何とでもなったのに。

濃い色もバーンと染められたらなあ。……ん?


「あれ?」

「どうした?」

「……紙って、淡い色ですよね?」

「そうだな?」

「紙なら、染められますよね……?」


インキは無理でも、と付け足すと、問われたシルヴィオの目がまあるく見開かれた。


「た、たしかに道理ではある、あるが……。知らせに使うような大量の紙を染めるとなれば、それに見合っただけの材料と、とんでもない集中力が必要になるぞ」


増して全てを綺麗に染めるとすれば、並の人間ならそれこそ膨大な時間がかかる。と釘を刺されてしまった。


「……いける気がするんですけどねえ」


シルヴィオが髪色とマントを染め上げたのを、この目で実際に見たのだ。やってやれないことはない気がする。


「問題は材料の方でしょうか。……材料?材料、あ。」


記憶の中の、色を染め変える光景を思い出す。

たしかシルヴィオはあの時、庭に生えた葉や草を素にして染色をしていたはずだ。……それも、お城サイズの広大な庭の。


「……今度は何を思いついた?」

「まさしく打って付けの場所があるじゃないですか!」

「……ジュリア?」


ぱっと目を輝かせた私とは対照的に、一体何をするつもりなのかという視線が四つ、こちらを向いていた。


「お庭にたくさんの紙を撒いて、地の草花から直接染色をするのです!」

「……ジュリア様……」

「ジュリア……一体あなたは自分が何を言っているか、わかっているのか。」

「わ、わかっているつもりです。地から直接染色を行うなら、草花を傷付けることなく、且つ一度にたくさんの紙を染められますよね?」

「……それは」


我ながら良い思い付きだと思う。

染色は本来、元になる材料をすり潰したり消費をすることが前提だけれど、この方法なら

何も消費することなく、たくさんの紙に色を付けることが出来るはずだ。

だって、紙も元は植物だもんね。きっとよく吸い上げてくれる気がする。


名付けるならばこれは、盛大な色移り作戦というところだろうか。


「たしかに、たしかに理屈は通っている。通っているが……大量に撒いた紙を広く染め上げるなど、どれだけの集中力が必要になると……」


完全に呆れたような様子のシルヴィオが、ふと言いかけた言葉を止めた。


「……いや。そうか、そうだったな」

「シルヴィオ様?」


不意にがしがしと頭をかいたシルヴィオが、滑りの良い髪をかき上げながら諦め半分といった表情で笑った。


「アレをやってのけたのだ。要らぬ心配だったな。」

「……アレ?」

「アレとはなんです?……一体何をなさったのですか」


訝しげなブルーナと、私の花石を視線で示したシルヴィオを交互に見る。

花石を示すということはフィレーネレーヴの話で間違いないはずだけど、一体どれのことを言ってるんだろう。


「お答えくださいませ、シルヴィオ様」

「ブルーナ、それは出来ぬ相談だ。何せ、私は借りを返さねばならないからな」


そう言って肩を竦めたシルヴィオを見てやっと思い出す。

プリンチペッサの街、大規模なフィレーネレーヴ、海を見ながらかぶりついたぺったんこのパン。……お姫様抱っこと、シルヴィオに好きだと言ったことも。

つい昨日のことなのに、次々と色々な事が起こり過ぎて、もうずっと前のことのように感じる。


フィルが言っていた、元いた世界の記憶を失いやすくなるとはこういうことだろうか。


「ジュリア様、一体何を、」

「……それは、婚約者だけの秘密です」


未だぽっかりした記憶の穴に足を取られそうになって、慌ててふるふると首を振る。

怪訝そうなブルーナに一つ笑って、窓の外を見た。


「お庭で染めるにはやっぱり天気の良い日がいいですね」


生憎、今日は曇り空だ。


「……今は時季の移り変わる時だからな」


どうやらこの国でも季節の変わり目は天気が安定しないことがよくあるらしい。


シルヴィオが、何気なく教えてくれる。


芽吹きの時季であるプリマヴェーラの変わり目は、冬のイヴェールの影響で暖かな雨が降る日が多くなり、やがて全ての雪を溶かすと心地の良い晴天が続く。

ヴェルーノの変わり目は、プリマヴェーラの暖かな風と相まって雲を生み出し、数日続く雨が降ることもある。その雨が大地を潤し、太陽が成長を促す時季に変わる。


「ちょうどそれが今だな。……じきに雨が降る日も多くなるだろう」

「そんな、それじゃあ紙を染めるのは」

「機を待てば難しくなる。それに民への配布を考えると、そう日数はかけられまい」


むう、と唇を尖らせて、ブルーナの淹れてくれたお茶を飲みながら曇った空をじとっと眺める。


てるてる坊主みたいなものを作ったらなんとかならないだろうか。

……なんとなく、試しにやってみるだけの価値はある気がする。


「……ちなみに、どうやって配布するんですか?」

「領地ごとに人を雇って、配布を依頼するのだ。経済を回すのにも雇用は大事だからな」


なるほど、たしかに全ての領地に配って回るのは骨が折れるどころでは済まなそうだ。

……私はまだ領地のこともよく知らないけど。


「……そういえば、祝祭は全部の領地で行われるんですか?」

「ええ。全領地といえど、馬車を使って一日から二日あれば届くような範囲でございますもの。この国で一番広いプリンチペッサの街で主祭が行われ、その状況は精霊様のお力をお借りして、全領地に同時に伝えられるのですわ」


……全領地に同時に?

て、テレビの生中継とかインターネットのライブ配信みたいな!?精霊様すごすぎない!?


「そ、その精霊様っていうのは、もしかして」


思い当たる精霊は一人しかいない。

この時季は忙しいと言われていた人物を想像しながら、視線でシルヴィオに問いかけてみる。


「……ジュリアの思った人物で間違いない。」


こくりと頷いたシルヴィオが、少し難しい顔をしながら、すっと立ち上がった。


「さて。そろそろ私は失礼する。……ブルーナが戻ったということは、ロベルトも私を探している頃合いだろう」

「……あ、シルヴィオ様、本当にありがとうございました」


テーブルを離れる礼をしたシルヴィオが、私の手を取って微笑む。


「なに、私の花姫様の為だ。」


ちゅ、と指先に軽い口付けをして、ふとシルヴィオが真面目な顔をした。


「ジュリア、人の手配はしておくが……祝祭までは時間もない。あと数日のうちに紙を染めて、更に写しを行わなければ到底間に合わないぞ。」

「あ、ありがとうございます!」


まずてるてる坊主を作って、晴れの日に紙を染めて、シルヴィオの描いてくれた絵を転写する。それが依頼した人たちの元に届いて、配られてやっとみんなが仕立て始め……と考えると本当に時間がない。


「……頑張ります」


そう言いながら指折り日数を数えていると、ブルーナに扉を開けてもらったシルヴィオがなんとも楽しそうに笑った。


「あなたならどうにかすると信じている。……晴れの日には私も呼んでくれ。」



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