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閑話休題、王子様の絵心



「ジュリ。謝るのは、あなたではないだろう?」



シルヴィオが言う言葉の意図を察して、私はすぐに、以前ブルーナに言った台詞を思い出す。


そう、そうだ。私はあの男に、エドアルドに絶対、絶対の絶対ごめんなさいとギャフンを言わせるのだ。


新たに決意を固めて、シルヴィオの顔を見上げる。


「……では、シルヴィオ様」

「うん?」

「助けていただいてありがとうございました!」


にっこり笑顔でお礼を言った私に、ふっと微笑んで、シルヴィオが一つ頷いた。


「よろしい。私はその言葉が聞ければ充分だ。」


さっきまでのエドアルドとの時間はたしかに恐ろしかったはずなのに、こうしてシルヴィオと話すだけで、こんなにも前向きになれるものなのか。……不思議だ。


なんだか、本当に。かっこよくお姫様を助けに来てくれる王子様みたいだよ。

……いや、うん、実際本当に王子様なんだけど。


私が一人でそんなことを思っているうちに、本を積んだテーブルセットの椅子にシルヴィオが座っていた。


いつの間に移動したのか、少し手持ち無沙汰な様子で手近な本を捲っている。……今は公務の仕事も忙しいはずなのに。


「……シルヴィオ様、お時間は大丈夫なんですか?」

「ああ、何とかする」

「何とかするって」


私の問いかけにも、どこか生返事だ。

シルヴィオの顔を探るようにじいっと覗き込むと、なんとも居心地悪そうに言葉を絞り出した。


「……リータかブルーナが戻るまでは傍にいる。……いや、居させてくれ」

「でも……私の心配をしているんでしたら、」

「違う。いや、違わないが、……私があなたの傍に居たいのだ」


すいっと視線を逸らしたシルヴィオの頰が少し赤らんでいて、思わず漏れそうになる笑い声をぐっと押し隠す。


「ご心配ありがとうございます……じゃあ、ちょうどいいので、シルヴィオ様が考えたドレスのデザインを教えていただけますか?」


言いながらシルヴィオの隣に腰掛けると、少し驚いたような瞳と視線が合う。


「む?なぜだ」

「ええとその、祝祭の時、私の髪を隠すのにベールがいいと思ってこんなものを描いたんですけど」


テーブルの端に避けてあった紙の一枚を取り出してそっと渡すと、それを見たシルヴィオが感心したように頷いた。


「ふむ……これは美しいな。雨避けのベールにしてはいささか機能性が足りない気もするが」

「はい、これはその……国中の花嫁さんにも身につけて欲しくて。こういうものを、私の国ではウエディングベールっていうんですけど」


リータに一度説明したおかげで、こじつけはもうお手のものだ。


「なるほど。……国中に、か……しかし今からではとても知らせの写しが間に合わないのでは、」


そう言いかけたシルヴィオの視線の先には、ウェディングベールの描かれた複製済みの紙が置いてある。言葉を皆まで言うことも無く、シルヴィオが軽く肩を竦めた。


「詠唱をことごとく失敗したのにも関わらずこれが出来るのか……あなたの力の使い方にはまだまだ研究の余地がありそうだな」

「……え、どうして私だと?」

「ああ、わかるとも。何せリータが写しが苦手なことは知っているからな」


シルヴィオがリータのことを言いながら懐かしむように笑ったのを見て、不意に私の胸がちくりと痛んだ。……ん?なんで?


「とにかく、国中に知らせる為にはまずドレスの意匠を知らねばということか。……よし」


さっと一枚の白紙を取って、シルヴィオがガラスのペンを動かしていく。

その手つきは見るからに手慣れていて、複雑なドレスの形を繊細に描いていった。


「すごい……、絵もお上手なんですね!」

「ああ、幼い頃に母上が教えてくれたのだ。」

「へえ……ナターシャ様が……」


シルヴィオの手であっという間に形になったドレスは、ふわりとしたレースが重なったスカートにたくさんの花が描かれている。

肩から手先までを覆う部分もレースのようで、その一部分が花の形になっていた。


「こんな感じだな。……どうだ?」

「っ……綺麗……とっても、綺麗です!」


ううむ。一色で描かれた絵なのに、これを着たら絶対に可愛いことがわかる。……それに、私が描き上げたベールよりもずっと絵が上手い。

これをベールの絵に描き写すのは骨が折れそうだなあ。


「む……待て、ジュリ」

「はい?」

「皆への知らせの為にドレスを知りたいと言ったが、当日着用するものを国中に知らせるのは愚策ではないか……?」

「……あ。」


すぐにベールを布教させようとするあまり、これが当日の服装のお知らせになってしまうことなんて微塵も考えてなかった。

くう、危うく策士が策に溺れてしまうところだった……!


「……でも、どうしましょう」

「また別のベールとドレスを描けばいいだろう」

「うう、私もシルヴィオ様みたいに絵が上手かったらそうしてますよう。……そうだ、いっそのこと描いていただけませんか?」


駄目元でちらりとシルヴィオを見ると、なんかちょっと満更でもなさそうな顔をしている。お?押せばいける?


「……いや、私はそんな絵師のような真似は」

「シルヴィオ様」

「うん?」

「わたくし、シルヴィオ様しか頼りに出来る方がおりませんの……わたくしのお願い、聞いてくださいませんか……?」


ちょっと漫画みたいなぶりっ子成分を入れ込んで、上目遣いにか弱そうなご令嬢を演じてみる。困ってる感を演出した手を自分の頰に添えることも忘れない。


目が合ったまましばしの間が空いて、やがてシルヴィオが深い溜息を吐いた。


「……わかった、わかったからそれはもうやめてくれ」


はい!と潔く返事をして、シルヴィオの前に新しい紙を用意する。

ガラスのペンを浸したのを見て、ふと思いついた。


「シルヴィオ様、そのインクって青色しか無いんですか?」

「インク?……ああ、インキのことか。これは花石の小さな欠片を使用しているのもあって、青色しかないのだ。……青だと何か不便があるのか?」

「いえ、不便というか、折角時季の色が緑なので……お知らせも緑色で描けたら素敵だろうなって。シルヴィオ様の髪を染めたみたいに、インキの色も変えられないですかね?」

「……ふむ、そういうことか。しかし淡い色から変えるならばともかく、この青をどう染める?」


シルヴィオの言葉にうーん、と唸って考えてみる。

色、インク、塗料、絵の具。……なんかあったよね、色を作る方法って。


なんだっけ、なんだっけなあ。

思い出せそうで思い出せない思考の海を泳いでいると、不意に部屋の扉が叩かれた。


その音に思わずびくりと揺れた私を見て、シルヴィオが少し痛そうな顔をした。


「失礼いたします、ジュリア様。ただいま戻りましたわ」



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