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閑話、とあるメイドの視点





ーーわたくしの仕事はメイド。

幸運にも第一王子であるエドアルド様にお仕えすることが決まってから早数年が経ちました。


お母様もお父様も、当時はそれはそれは反対したものです。


だって、エドアルド様のお噂はあまりにも浮いていて、そして異質であったのですから。


……けれど、わたくしは今尚、とても幸せなのです。


ふわりと揺れる金の長髪は大変に美しく、エドアルド様の御髪を梳いている時間は、わたくしにとって何よりも幸せな時間なのでございます。


ええ、わたくしはエドアルド様を密かにお慕いしております。


……初めてお会いした、幼い頃よりずっと。


エドアルド様の、何物をも見通すようなあの赤い瞳。

わたくしは一目見てからずっと、あの瞳に捉われてしまっているのです。


この気持ちはずっと、口には出せないものだけれど、わたくしはそれでよかったのです。


「おい、エミリア」

「はい、エドアルド様」


聞きました?

エドアルド様はもうずっと、他の女性を名前で呼ぶことなど久しく無いというのに、わたくしのことは名前で呼んでくださるのです。


わたくしが彼の御名前を呼び返すだけで、まるで夫婦のようではありませんか。


「今日はあの方を見かけたか」

「……ええ、本日は王とのご面会のはずでございます」


あの方、……エドアルド様があの方と呼ぶのは、なんとも見慣れぬ服を着た長い銀髪の女性のことです。


以前約束もせず王へ会いに行った折、偶然見かけた女性らしいのですが。

エドアルド様はそれからずっと彼女に夢中のようでして。


既に整っている身なりをわざわざ正しているのを見るに、すぐにでも彼女の元へ向かうのでしょう。


「今日こそはあの方を私の手中に……付いて来いエミリア」


ああ、いじらしい独り言を話される姿もまたなんと可愛らしいのでしょう。


こんなにも愛らしい人なのに、初めの出会いからずっとなびかない彼女の気が知れません。


廊下の先に見えた彼女の後姿に、エドアルド様が急いで駆け寄っていきます。


「……ああ、やっと会えた。私はずっと貴女に会いたくて、」


エドアルド様が幾度口説かれても、彼女は全く良い顔をいたしません。


これまで見てきた女性達はすぐに彼を受け入れて、そうして、彼が持つ権力への欲を見せて捨てられてきたというのに。


彼女もまた、すぐにそうなればいいと思っていたのですが。わたくしの計算違いでした。


「あらごめんなさい。何か約束をしていたかしら……アル、」


なんとももどかしいことに、エドアルド様をそう呼ぶのは彼女ただ一人だけなのです。


馴れ馴れしく呼ばれたエドアルド様は毎度満更ではない様子で彼女を誘いますが、今日もまたサラッとフラれてしまいました。


……それもそのはずです。

ああ、可哀想なエドアルド様。


「今日も王様がお呼びなのです、貴方とお話をする時間は取れそうにありません」


……だって彼女は、他でもない王のお気に入りなのですから。


「私のことはどうか諦めて」


そう言い切った彼女と別れたエドアルド様の元に、どこからか一羽の火を灯した鳥が訪れました。

エドアルド様が手を出すと、その鳥は燃え崩れて一枚の紙に変わります。


この国のフィレーネレーヴではありません。けれど、エドアルド様の元には度々この鳥がやってきます。


急ぎその紙を見たエドアルド様は、すぐにどこかへ行かれてしまいました。

わたくしのことも忘れて、どこへ行くというのでしょう。


今はたしか、あのように急いで逢瀬に向かう類の女性は居なかったはずですが……。


ーーああ、あの美しく燃えるような赤の瞳が、わたくしだけを見てくれたなら。


ええ、ええ。わかっています。

……夢を見ることは自由ですものね。


エドアルド様の自室を整えるべく歩き出したわたくしの髪を、廊下を飾る鏡が映しました。


皆の憧れである黒に近しい紺色の髪。

わたくしの暗い紺の目には、エドアルド様は太陽のように映るのです。


初めてのお城で迷って泣きじゃくる、幼いわたくしの手を取ってくださったあの時からずうっと。


……けれど、花姫様の黒い瞳には、どう映っているのでしょうか。


第二王子シルヴィオ様の寵愛を受けて、そればかりか、第一王子であるエドアルド様からもその存在を真に求められて。


……出来ることなら、わたくしだって。


「いけません、仕事をしなくては」


……ええ、わたくしも昔は、いつか誰かの唯一の花姫に、と憧れた頃がありました。


現実は残酷なものです。

エドアルド様がエドアルド様である限り、わたくしは決して、愛しい人の花姫にはなれません。


今、あの方が欲しているのは王のお気に入りの名も知らぬ女性か、黒を纏う伝承の花姫その人なのですから。


一貴族の出といえど、わたくしなど眼中に入るはずもないのです。

……それは、お城で初めてお名前を聞いたあの日から、すでに決まっていたことでした。


廊下を歩みながら、ふう、と溜息を吐いたところで、遠くから何かが壊れるような音がいたしました。


エドアルド様が向かった方向で何かあったのでしょうか、少し急いでそちらへ向かいます。


たしか、こちらは花姫様のお部屋がある場所のはず。

わたくしのいる廊下の向こうで、静かな言い争いも聞こえる気がします。


近寄るべきか悩んでいると、ふと、足元に一枚の紙が落ちているのを見つけました。


「……感心しませんね」


こんなに目立つ場所の掃除が行き届いていないとは。

わたくしはそれを仕方なく拾い上げて、開いたままの紙を見ました。


一体誰の落し物でしょう。


ーーエドアルド、季は近付いています。

ヴェルーノの訪れを待ってはなりません。

一刻も早く、何をしても、姫を手に入れなさい。

でなければ、お前の未来は無いわ。

わたくしはわたくしで備えます。

アドリエンヌーー


「……これは」


はっと顔を上げると、花姫様のお部屋から、少し薄汚れた様子のエドアルド様が出てくるところでした。


……ああ、なんと健気なお方。

幼き頃からずうっと、あの方には逆らえない可哀想な人。


どうして、あの方の愛でなければならないのかしら。

求めてくだされば、わたくしはいつでも。


「……と、こうしている場合ではありませんわ」


誇り高いエドアルド様のことだもの。

先回りをして、素知らぬ振りでお召し替えをお勧めしなければなりません。


ああ、忙しい。


ーーわたくしは今日も、この気持ちに蓋をします。


わたくしがきちんと仕事をする限り、エドアルド様はわたくしを必要としてくださるのだから。





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