不届き者
「……いい加減にせよ。寛大な私でもお前の無礼を許すのはここまでだ」
苛立った声で言いながら、外側からぐっと扉の取っ手が押された。
あ、しまった、油断した!と思った時にはガチャリと扉が開いて、条件反射で咄嗟に押し返す。が、しかし、力を入れるタイミングが一歩間に合わず、内扉だというのにエドアルドに押し負けてしまった。
「なんだ、開いているではないか。……お前は無理に開かれるのが好みなのか」
扉が開け放たれると、心の底から私をからかうような笑みを浮かべたエドアルドと目が合った。
「そんなわけがないでしょう、……それ以上入り込むなら人を呼びますよ」
エドアルドの飢えた獣のような赤い目に、震える足で数歩後ずさる。
「ほお、一体誰を呼ぶというのだ?」
にんまりとした不愉快な笑みを絶やさないエドアルドが、後ずさった私を見て好機とばかりに部屋の中へ踏み込んでくる。
「……出て行って頂戴」
「断る」
駄目元で男の背後にある扉へ目がけて走り、ぱっと頭に思い浮かんだ名を叫ぶ。
「っ……だれか、シルヴィオさま」
「おっと」
しかし、エドアルドはその勢いを軽々と片腕で抱き止め、まるで計ったようなタイミングで私の目の前で扉が閉められた。
「捕まえた」
顔を見なくてもわかるほど非常に愉快そうな声が降ってきて、……吐き気が、する。
「離して……っ」
腕の中でもがきながら、なんとかエドアルドを突き飛ばせないか試みたところで握った花石が青く光っているのに気がついた。
一体、いつから光ってたんだろう。
……でも、これはチャンスだ。
エドアルドも私の光を放つ花石に目を留めて、それと同時に体の動きまでもが止まっている。
「……それは、っくそ!」
悪態を吐きながら、離れようともがく私の腕を掴んで花石から無理矢理離させた。
そうして、そのまま腕を扉に押し付けられる。
「……っ!」
「忌々しい力だ……何故お前がその力を手にしている……?」
とても苦い顔をしたエドアルドにまるで仇のように睨まれるだけで、自然と呼吸が苦しくなる。
「っな、なんのことです」
「この石だ、この石を誰から与えられた」
「……どうしてそんなことを」
「答えろ。さもなくば……このまま嫁にいけない体にしてやってもいいのだぞ」
これは脅迫だ、問いかけなどでは決して無い。……シルヴィオにあれほど、あれほどこの男には注意をしろと言われたのに。
そこで思わずシルヴィオの顔が思い浮かんで、ぐうっと息が詰まる。
少し面影がある気がするなんて、気のせいだった。
目の前にいる男は、ほんの少しもシルヴィオに似ていない。
「誰からだ」
「……し……シルヴィオ様から、」
「あの愚弟か……私より劣っている筈なのに、フィレーネレーヴなどとふざけた力を使いこなしている忌々しい男め……」
……あれ?
この国ではその人の素養に合ったフィレーネレーヴがどんな人でも使えるはずじゃなかったっけ……?なんでふざけた力なんて言うんだろう。
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃあ、ない。
どうにかしてこの状況を打破しないと。
頭の中で必死に現状を打破する為の策を練っていると、ふとエドアルドの赤く鋭い目が私の胸元で留まった。
「……おい。何故……この光は消えない?」
「え?」
言われて私が下を見ると、花石がじんわりと点滅するように青く光っている。
「お前、一体何をした!?」
エドアルドの赤い目が瞬時に警戒の色に見開かれて、突然私を部屋の中へと突き飛ばした。
「うわ……!?」
勢いに押されて靴のヒールが絨毯の長い毛足に引っかかる。
そのままバランスを崩した私は、床にへたり込むように尻餅をついた。
「っいた、た」
すると突然、背後で眩い青が光った。
吹き込んだ風と共に私の視界の端を扉らしき破片と、エドアルドが転がっていく。
「……え、え?」
ゆっくりと扉の方へ振り向くと、廊下から差し込む明かりも手伝って、こちらからは全く表情の見えないシルヴィオが立っていた。
逆光だけど、ものすごい怒りのオーラみたいなのが見える気がする。
「お怪我はありませんか、兄上」
白々しくそう言いながら、シルヴィオが扉の破片を避けて部屋の隅に転がったエドアルドに近付いていく。
「き、きき貴様、一体何をしたかわかっているのか!?」
「ええ、兄上。兄上が私の婚約者と歓談の折、不届き者が現れたと報があり……こうして馳せ参じたのです」
「な、何を」
「……違うのですか、兄上」
私にはシルヴィオの背中しか見えないが、遠回しにエドアルドを非難するその声は、恐ろしく冷たい。
「どうやら不届き者は……逃してしまったようですが。どこへ逃げたかご存知でしょうか」
ギリギリと唇を噛みながら黙り込んだままのエドアルドへ、問いかけたシルヴィオが手を差し伸べる。
「……結構!」
ばっと差し出された手を振り払って、エドアルドが勢いよく立ち上がった。
「兄上?」
「っ……私は知らぬ!」
「そうでしたか。では今以上に警備を強化することにいたします。……兄上はまだ、私の婚約者に用事がおありで?」
自分の体をはたきながらシルヴィオから視線を逸らしたエドアルドの顔が、なんとも悔しそうで、少し、ほんっの少しだけ辛そうに見えた。
……どうして辛そうだなんて思ったのかはわからないけれど。
「フン……もう帰るところだ」
座り込んだままの私を再び忌々しそうに睨みつけて、壊れた扉を蹴飛ばしながらエドアルドが廊下へ向かっていく。
ほんとに何をしにきたんだ、この人。
不意に、シルヴィオが背筋の寒くなるような、物凄く綺麗な笑顔でエドアルドの背中に声をかけた。
「ああ、兄上。もし、もしも不届き者を見かけたら……次は無いとお伝えください」