嵐、襲来
「どうしましょう。……わたくし、わたくしのドレスのデザインを知りません」
そういえばドレスの仕立てをする時のやり取りはブルーナとリータに任せていたんだっけ。
「リータはご存知?」
「も、申し訳ございません……祝祭で着用されるご衣装の意匠は、わたくしは把握してございません……」
しゅんとしてそう言うリータに頷きながら、ふとナターシャの言葉が思い出される。
……たしか、あれはシルヴィオがデザインしたとかなんとか言ってたような。
「……仕方ありませんわね……時間がかかってしまうのが惜しいけれど、シルヴィオ様に予定の確認を」
「承知いたしました。……あの、皆さまへのお知らせは写しを行うだけでございますが、お仕立てにはどうしても時間がかかってしまいますので……よろしければ、ジュリア様が描かれた図案を元にマウラに依頼をいたしましょうか?」
おずおずとそう言ったリータは、私が描いた紙を見たそうにそわそわしている。
「……そうですわね、お願い出来るかしら」
その様子がちょっと可愛くて、微笑みながらベールを描いた紙を差し出す。
「ええ、ええ、お任せくださいませ!」
すると感激に感激を重ねた様子のリータが、手にしたその紙を見て言葉を失った。
「ジュリア様、これは……」
「……リータ?」
私としてはものすごく会心の出来なのだが、どこか問題があったのだろうか。
黙り込んだリータを不安げに見ていると、不意にプルプルと震える手がぎゅっと握り込まれた。
「す、すす、素敵でございます……!このようなベールを纏える花嫁はなんと、なんと幸福なのでございましょう……!!」
本気で目を潤ませたリータが丁寧に数枚の紙と重ねてテーブルに置いた。
「ジュリア様、是非この写しを作成してくださいませ!マウラに渡すだけではとても勿体無く思います」
リータの勢いに負けてそうかしら、と問うと、これまた勢いよく頷かれてしまう。
「そうでございますわ!マウラに一枚、わたくしに一枚、シルヴィオ様への説明用に一枚と、少なくとも三枚は必要でございます!」
リータがあまりにも力強く言うので、仕方なしに紙の上に手をかざす。今度はちゃんとクロスをめくっておくことも忘れない。
たしかにリータの言うことも一理あるしね、うん。
「……すたんぷ!」
再び私の詠唱に応えて、青く光った線がじんわりと下へ沁みていく。
光が消えたところでぺらりと紙をめくってみると、私の想像通り数枚の紙を突き抜けてテーブルまで印刷されてしまっていた。
「これは……いつか何とかするとしましょう」
苦し紛れにぽつりと呟いた声はリータには届いていないのか、渡されたベールの絵をとても大切そうに抱えている。
「では、こちらはマウラに依頼して参ります!……と、急ぎシルヴィオ様のご予定も確認して参りますね!」
「ええ、お願い」
颯爽と部屋を出て行くリータを見送って、印刷された跡をそっとクロスで隠しておく。
「これでよし……」
いつも誰かが側にいるからか、しんと静まった部屋はとても新鮮な感じがする。
一息つこうと窓の外を眺めながらお茶を飲んでいると、不意に廊下へ繋がる扉が叩かれた。
その叩き方が、なんだか今まで知り合った誰とも違う気がして、訝しげに扉を見る。
……なんとなく、嫌な予感がした。
「……リータ?」
念の為にとリータの名を呼びかけてしまったことを、私はすぐに後悔した。
「否、私だ」
扉の外から聞こえた声の主は忘れもしない、第一王子であるエドなんちゃらのものだった。
……声だけでも大分偉そうな感じがする。
「おい、そこに居るのだな。……花姫とやら、早く扉を開けないか。この私がわざわざこうして出向いているのだぞ」
……どうしよう、どうしよう?
リータはさっき部屋を出たばかりだし、ブルーナはロベルトと祝祭の話し合いに出ている。
何より、今、この部屋にはブルーナのフィレーネレーヴが施されていないのだ。
「おい。早くしろ」
くう。リータを送り出したのは迂闊だった。
今、無理に扉を開けられれば、きっとすぐに入り込まれてしまう。
……いや、いや。ここは気丈に振る舞わなきゃ。
震えそうになる自分の喉を叱咤して、無理に声を出す。
「……どちら様かしら?」
「だから私だと、」
「執事もメイドも介さず、突然淑女の部屋を訪ねてくるような殿方など、わたくしは知りません」
敷かれた絨毯に助けられながら足音を殺して、気休めに手で扉を抑える。
自分を奮い立たせる私の胸元で、シルヴィオから貰った花石がきらりと光った。
……いざとなれば、あの蔦で捕まえるのもアリだろうか。
「そうか、お前には名乗っていなかったな。私はエドアルド、第一王子だ」
そんなこと知ってますけどー!?
知っててわざと言ってるのがお分かりにならないの!?
「第一王子である私がこうして訪れてきたのだ、誠心誠意持て成すのが姫の礼儀であろう」
一体全体何言ってるのこの人ー!?
思わず口をついて出そうになる全力のツッコミを抑えて、至って冷静に言葉を返す。
「あら、お言葉を返すようですが……礼儀を欠いているのはそちらではなくて?」
「……なに?」
「わたくしは、ろくに確認もせず部屋を訪れるような方と会うつもりはございませんの。どうぞ、帰ってくださる?」
一息にそう言ってしまってから、しまったと口をつぐむ。
強引な男だとシルヴィオに言わしめたのだ、逆上させれば何をされるのかわかったものではない。
それに、今この人何しにきてるんだ?
「……ほお……私に向かってそんな口をきく女は初めてだな」
「そうでしょうね」
……あ。やばい、つい声に出ちゃった。
扉を一枚挟んだ向こうで、くっくっとくぐもった笑い声が聞こえる。
「ここを開けろ、女」
「わたくしは女という名ではございません」
「では名を教えよ」
「お断りいたします」
ええい、ままよ。
喧嘩を売ってきたのは向こうの方だ。
片手で扉を押さえながら、もう片方の手で花石に触れる。
いざとなれば、いざとなれば今の私は魔法だって使えるのだ。あの時の私とは違う。
「……いい加減にせよ。寛大な私でもお前の無礼を許すのはここまでだ」