ウェディングドレス?
「……これ、消せるのかしら」
テーブルの線を直接なぞっても滲みもしない。
インクに比べて遥かに便利だというのは理解出来るが、一度印刷してしまうとその修正は難しいのだろうか。
「わ、わかりません……フィレーネレーヴを解除する時には必ず打ち消す詠唱をしますけれど、それで消えるかどうかは……」
言われてはたと気付く。そういえば私、まだ意図的に魔法を解除した事がない気がする。
……何せ、この国の詠唱で成功したものなど一つもないのだもの。
うーん?と悩む素振りを察してか、リータがメモ帳のようなものを開いて教えてくれる。
「ジュリア様。写しの効果を打ち消す時にはディ・スタンパという詠唱で解除することが出来るようでございます。……が、基本的にフィレーネレーヴは施した者にしか解除することが出来ませんので……」
気遣わしげな視線でこちらを見るリータの言葉に頷いて、頭の中でぱっとお知らせが消えるところをイメージしてみる。
「……やって、みますわね」
テーブルに手を触れながらすっと息を吸い込んで、リータが教えてくれた詠唱を唱えてみる。
「ディ・スタンパ!」
私の声に応えて握った花石が一瞬光るもそれは少しも動くことなく、ぱっと消えてしまった。
ぱっと消えて欲しいのは光じゃなくお知らせなのだけど。
……これもう何回も見た、失敗だ。
その証拠に、手の下にあるお知らせは消えも掠れもしていない。
「……どういたしましょう……」
はー困った、と自分の頰に手をあてて悩む。
こんな高くて貴重そうな家具に印刷だなんてブルーナにもしこたま怒られそうだし、何より自分で施したフィレーネレーヴをまともに解除できないようでは、リータにも幻滅されてしまうかもしれない。……うん、それはもっと困る。
私が一人でげんなりしていると、先程まで少し震えていたリータが、前触れもなくいきなりテンションを上げた。
「ジュリア様、この際は是非、このまま残しておきましょう!」
「え」
「ジュリア様のお力が大変に素晴らしいということがこうしてわかりましたもの、それだけでこの家具も本望というものでございましょう!?そして……これを、花姫様のお力の素晴らしさを、ずっと語り継いでまいりましょう……」
ふふ、うふふ、と笑いながらリータが宙を見てうっとりとしている。ちょっと怖い。
第一、こんな偶然出来てしまったような印刷をさもすごいことのように語り継がれるのはどうなんだろう。
他の言い伝えの花姫様と一緒に並べられるのを考えるだけで、なんだかとても恥ずかしい。
「コホン……リータ?」
出来るだけ穏やかな笑顔を心がけて、咳払いと共にリータをたしなめる。
「あ……し、失礼をいたしました!」
はっとしたリータが慌てて礼をしたのを横目に見て、そのまま諭すように言い聞かせる。
「ひとまず、これはわたくしとリータの……二人だけの秘密ですよ」
「ふ、ふたりだけのひみつ」
「ええ、秘密です。クロスは何か新しいものを引き直すとして……」
「で、ではわたくしがいただいて……いえ、片付けてしまってもよろしいでしょうか?」
……いまなんか私にとって良くない言葉が聞こえた気もするけれど、ブルーナに知られない為ならこの際なんでもありだ。
「では、早速!」
私がこくりと頷くのを見たリータが、手早くテーブルを片付けて意気揚々と新しいテーブルクロスを出して取り替えた。
こうしてクロスさえ変わってしまえば、ひとまず誰かに知られることはあるまい。
今後のテーブルセットは全てリータに任せることにすれば問題もないだろう。
ナイス証拠隠滅!と内心でガッツポーズをしながら、隅に避けられたお知らせを手に取る。
「印刷はわたくしがいくらでも出来そうなことがわかりましたし……あとは絵ですわね」
印刷済みのテーブルクロスを片付け終わったリータが戻ってきて、冷えたお茶を淹れ直してくれた。
ゆっくりと温かいお茶を飲んで、今まで私が読んだことのある漫画を可能な限りで思い出してみる。
お姫様ならではのきらきらしいドレスに、フラワーベール。……もしかしたら、なんとか形には出来るかもしれない。
「……よし、わたくしが描いてみましょう!リータ、新しい紙を頂戴?」
「まあ、まあ、ジュリア様!絵心までおありなのでございますか!?」
私の意気込みにいたく感動した様子で、急いで紙を持ち出してきたリータがじっと期待の眼差しを向ける。
その視線を気にしないように、深呼吸をしながら青いインクにガラスのペンを浸して、想像できるベールの形を描いていく。
一生に一度の結婚式で花嫁のベールがただの雨避けベールと同じものではつまらないし、時季で考えると夏の花が模様にもあったら可愛い気がする。
ぽんぽんと思いつくまま、ベールの裾に向日葵の模様を描き込んで、頂点の部分にも花飾りをつけておく。
……ううむ、我ながらこれは可愛く描けた気がする。会心の出来だ。
さて、次はドレスの絵を……あれ?
「……どうされました?」
ピタリと筆を止めた私に、リータが少し不思議そうに首を傾げた。
「どうしましょう。……わたくし、わたくしのドレスのデザインを知りません」